第16話 ハロ・ゲインの結論
「馬鹿げた事だって!」と、ハロ・ゲインは気色ばんだ。
「この俺の狂気じみた1週間は、決して無駄な時間では無かったと思っている。
よくよく考えてみたんだ。人類のみが、なぜ、高度な知能を授かったのかってね」
「で、その結論は出たのかい?」
「ああ。しかし、俺の出した結論は、実に、暗い暗いものだったのだ。
確かに人類は神から知能を授けられた唯一の生物かもしれない。それは、本来は喜ばしい事であったろう。
しかし、過去何千年の歴史を振り返って見ると、その知能のせいで、原爆や水爆と言う残虐な兵器を造りだし、戦争を拡大し、公害を生み出し、薬害を生み出している。決していい事には使われてこなかった、と言う冷厳な事実があるだろう……」
「だから、今は、まだ人類は暗中模索の中にいるんだよ。
つまり、まだ神の領域に至っていない人類は、これから神を目指して進歩していくのさ。
悪名高きヒトラーはどういう意味でさっきの言葉を言ったかは分からないが、この俺のように、さも楽観的に考えていけば、そんなに真剣に思い詰める事も無いと思うが……」
「いや、俺の結論では、結局、人類の知能は、蛸が自分の足を食べて生き延びるように、その知能をうまく使って、何とか、今までその寿命を延ばしてきたに過ぎないのだ。
つまり、人類は滅亡するために、いや滅亡する運命の元、ワザワザ神から高度な知能を授けられたのだよ。そして、その終わりの日も実に近いのだ」
「それは、あまりに、いきなり話が飛躍し過ぎるのでは……。
果たして、人類が知能を授かったと言う話からどうして急に人類滅亡への話となるんだ!俺には、どうしても理解できない。戦後、流行ったヘンリー・C・ロバーツの本のノストラダムスとかの予言集にでもかぶれたのかい。ハロ、君らしくもない考えだなあ……」
「いや、これが俺が出した最終結論だ。
今、人類が知能を授けられた話から急に人類滅亡に話が飛躍したように思えるかもしれないが、その結論に達するまでには実に口では言えない程の膨大な思考の過程があったのだが、その説明をするとすれば非常に長くなるからここでは辞めておくが、極簡単に言うならば、俺の頭の中で一種のワープが起きたとでも解釈してくれたらいいのだ。
さっき、エドワードも言ったように、神は、人類を作った時に一つの選択肢を与えたのだよ。
人類がその知能を有効に使うのか、滅亡に向かうのに使うのか?と。
そして、人類は己の知能におぼれ滅亡の道を選んでしまったのだ。
それを暗示する話が、最初の人間のイヴが知恵の実のリンゴを食べた事によりエデンの園から追放されたと言う『旧約聖書』には秘められていたんだよ。
多分、人類は、今世紀末か来世紀中には「全面核戦争」により、必ず滅亡するだろう。だから、俺は今日限りで大学は辞める事にする」
「やめて、一体、どうする気なんだ。ヒッピーにでもなるのか?」
「いや、コンピュータ・ソフト会社を設立する。本当は、ハードのほうも手がけたいのだが、今のところ資本金の目途がつかないのでね。ソフト関連ならそれ程の資本もいらないだろう。勿論、最終的には両方を手がけるつもりだが……」
「ハロ、それは少し矛盾する話なんじゃないか?もし君が言うように、本当に人類が滅亡するのなら、そんな会社を興す事より、自分の好きな事をやって人生を面白く生きて行くのが本筋だろうが……」
「確かになあ……。このままでは、どうしようもない事は事実だ。
しかしだ、ここに人類を滅亡から救う、唯一の方法があるんだよ。
それは、コンピュータのAIを使って全人類をコントロールする事なんだ。
つまり、全ての人間の大脳にマイクロ・チップを埋め込み、全人類の、思考や行動を管理し制御する。
そうすれば、もはや、無益な戦争や民族紛争、カルト教団による殺害、人種差別、テロ行為、その他の全ての人類が抱えている問題が一挙に解決するのだ。
こうする事によってのみ、神によって既に定められた「全面核戦争」が回避できるのだよ。
そのためにも俺は大学を辞めるのだ」
「うーん、話はそれなりに分かったが、本学、始まって以来の天才のハロが大学を辞める事まではないと思うが……卒業してからスタートしても十分じゃないのか?」
「時間、時間が無いのだ。なあ、エドワードや、君のお父さんは、政界や軍にも顔が利くんだろう。是非、この俺の計画に賛同してくれる人間を一人でも多く味方につけてくれるよう動いてくれないか?政界も、財界も、そしてできれば軍関係も含めてだ」
「ハロがそこまで思い詰めているとは思わなかった。
まあ、それは分かったが、一体どういう手順で、全人類をコンピュータで支配しようと言うのだい?」
「それは今のところ、まだ暗中模索の段階だが、それなりの目算はあるのだ。
そして、徐々に徐々に、俺達の計画は進んで行かねばならない。そうでなければ、新約聖書のヨハネの黙示録の話は、現実のものとなってしまうだろう……」
「しかし、医学や薬学を専攻している俺から言わせてもらえば、今の話にも実は大きな問題があるんだぞ。
それは口では、簡単にマイクロ・チップを全人類の大脳に埋め込むと言うが、所詮、機械と人間の大脳と、どのようにして、その何というか、神経系統等を接続すると言うんだ!
そんな実験が成功したという話は今まで聞いた事も無い。ましてや、そのマイクロチップを利用して、いずれは全人類をコントロールするための実験など、医学界の方で、倫理的にも絶対に許可しないだろう。
そんな考えこそ、まさに先ほどのヒトラーやナチスの考えと同じでは無いのかい?ハロは、俺に、ナチスや全体主義者になれとでも言うのかい?」
「そうは言っていない。ナチスは単なるアーリア人種の幸福の事しか目指していなかった筈だ。だから一国のみによる国家社会主義を標榜したのだ。
しかし、俺は、全人類を幸福にするために動くのだ。ヒトラーやナチスと一緒にしてくれるなよ。
それに今のエドワードの質問に対するいいアプローチのアイデアが俺にはあるのだ」
「ハロ、そのアプローチのアイデアとは?」
「それは簡単な話さ。いいかい、現在、年をとって若い時ほどの勢いの無くなった男性諸君が沢山いるのはエドワードも知ってるだろう。強精剤やドリンク剤が馬鹿ほど売れるのもそのためだ。
いいかい、ここに目を付けるのさ。つまり、あの長さも、あの太さも、あの持続時間も、あの射精感覚も自由にコントロールできる人工臓器を作りだすんだ。簡単に言えば「人工男根」だよ。
しかし、ここでの最大の課題は、その人工臓器、つまり「人工男根」の中に配置した各種センサーから感じた感覚を、如何にしてか、大脳への神経細胞と結合・接合するかなのだ。
このセンサーと大脳との神経縫合さえうまく可能にさえなれば、無上の射精感覚等が得られる事になるんだよ。
とても、市中に出回っている危険ドラッグの比では無いほどの無上の快感が得られると言うふれこみで研究をするのだ。
しかもこの実験なら、医学界もそうそう文句が言えないだろう。そして、これが成功すれば、次なるステップとしての超大型コンピュータの開発、そのコンピュータの名前はそうだなあ、『新約聖書』のヨハネの黙示録から名付けて『666(ケモノ)』(ビースト)と名付けるのはどうだろう。どうだい、もの凄くいい名称だろう。
俺は、この名称に、ゾクゾクする感じを受けるのだ。
そして、その超大型コンピュータが完成した後に、いよいよ全人類へのマイクロ・チップの埋め込みとそれによる全人類の完全制御。
それが可能となればその時こそ真の世界平和、つまり神が支配する神話の世界が来るのだよ。これでどうだい」
ここで、エドワード・アップルパイがどう返事したのかは定かでなかった。
急に、身震いして大神優子の催眠が解け始めたからだ。
私は、前もってICボイス・レコーダーを用意していたので、この奇想天外な会話を一言一句記録する事ができた。
それにしても、あまりに奇妙な会話である。……そもそも、被催眠中に、時間も場所もすっ飛ばして、意識がトリップする事など果たしてあり得るのだろうか?
それに、この話が、万が一、真実の一部でも語っているとすれば、既に、数十年前から、「人工男根」の原案は考えられていた事になる。決して、私が考えていたような、あの変人の大神博士が最初の発案者では無かった事になるのだ。
そして、それをもとにしてのコンピュータによる全人類支配計画の最初の原案が数十年前から練られていたのだとしたら……。
湯川がかって言っていたように、あくまでテロ対策を名目に超大型量子コンピュータ『666(ビースト)』を開発し、それを使っての「マイクロチップ埋め込みによる全人類支配計画」(いわゆる「アカシック・レコード計画」)自体が、この壮大な計画の一端だと考えるのが一番妥当な考え方ではなかろうか?
もしかしたら、あの2025年末に引き起こされた『ドラッグ・ハプニング』の事件も、実は、全て含めて最初から計画されていたのではなかろうか?
確かに、大神博士は自分の子供の優子さんの両性具有に対応するために、人工男根の研究をした事になっているが、もしかしたら、その事実につけ込んだ、もっと大きな陰の組織とその組織による陰謀があったのかもしれないのだ。……そうだとしたら、私は、大きな考え違いをしていた事になる。
そして、今まで、私は、単なる偶然で人工男根を装着された事になっているが、それらの全てが、今の話のように、壮大で綿密で緻密な計画の元に実行されたものであったとしたら……。
とすれば、私が、後藤綾ちゃんの陵辱殺人事件を引き起こしたのも、敢えてリモコンをレベル10まで惹起させて、この私を使っての人工男根装着者への理性剥奪の人体実験だったかもしれないのだ。
つまり、今まで、私が単純に変人や変態と思っていた、大神博士自体が、もっともっと大きな陰の組織に、その論文等を利用されていただけかもしれないのだ。そうであれば、今までの一連の話は、根底から話を再構築しなければならないのだ。
……そう、大神博士自体も、自らの実験結果を利用されていた哀れな実験動物と言う事になってしまうのだ。
勿論、大神優子の話には、何の根拠もない。単なる本人の空想か妄想かもしれない。
しかし、あまりに辻褄が合い過ぎるではないか?
私は、藤沢先輩に、大神優子が夢うつつで話した内容についての信憑性を訪ねてみた。
かような超常現象を研究したいがために敢えて市井の心療内科クリニックを開業した藤沢先輩の事である。何らかのオカルト的な回答をされると感じたからだ。
しかし、藤沢先輩は、大神優子の話のタイムトリップの真実性は、30%程度であると言い切った。
何故なら、このような話で前にも似たような例を体験して、この時は日本国内の事ゆえ、実際に現地に足を運び、ほぼ事実と相違が無かった事を挙げられたのだ。
「何度も言いますが、大神優子さんの話は30%程度しか信じられないでしょう。これ以上の確信は、私はここでは断言できません。
最大の問題は、私は、彼女を2歳から3歳児程度の頃までしかの年齢退行催眠をかけなかったのに、今の彼女の話では約数十年以上も前にまで意識がタイムトリップしているからです。これは、私の催眠療法の年齢枠を超えている。もしこれが真実なら、正に真なる超常現象と言うべきできしょうが……。
無論、前にもこういう経験は私もしていますから、これを超常現象の一環として、とらえる事も簡単にできるのですが、そうとも言い切れない面もあると考えているのです」と、藤沢先輩は、いかにも専門家らしい冷静な見方をしていた。
更に、藤沢先輩は、補則的な説明もしてくれた。
「何故ならば、彼女の前半の所の話は、マッシュルーム社の現会長でもあるハロ・ゲインの創業秘話にも、あい通じる所があるからですよ。
このハロ・ゲイン現会長の成功談は、繰り返し繰り返し、色々な雑誌やメディア、ネット、SNS等で、世界中に喧伝されています。
それに、ハロ・ゲインは熱烈なキリスト教原理主義者(キリスト教ファンダメンダリスト)としても有名です。
特に、彼女が話したアップルパイ社のエドワードとハロ・ゲインの会話自体、『コンピュータ神話への道:ハロ・ゲイン自伝』の最初の所に、ほぼ全く同じ会話がなされた事が記されているんですよ。
私もその自伝を読んでハッキリと覚えていますからね。
要するに、誰でもある程度知っている話の、組み合わせとも言えるのじゃないですか?
言い換えるなら、大神優子さんがハロ・ゲインの自伝『コンピュータ神話への道:ハロ・ゲイン自伝』をかって読んでいて、その記憶から自分でこの物語を想像で作り出した。
つまり彼女自身の創作である可能性であると考えたほうが十分説得力があるのです。
そして、ただ、私の催眠中にそれが突如出現しただけかもしれない。
だからこの話の信憑性は超常現象やオカルト的に考えても、相当低いと言わざるを得ないのです。この事から私は彼女の話の信憑性は30%程度だと考えているんだと言ったのです」と、そう言われたのだ。
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