第22話

男子生徒が手を上げて質問した。



この学校には制服がない。



けれどその子は紺色の制服を来ていたのだ。



それをみた梓は目を輝かせた。



なんて可愛い制服なんだろう!



紺色の制服には、袖口に赤いラインが2本入っていて胸元のリボンも同じ赤色だ。



密かに制服に憧れていた梓の心は躍った。



けれど、その姿は他の生徒たちからは異質なものにうつったみたいだ。



転校生は毎日服を選ぶのが面倒だから制服を着てきたと説明した。



だけどそれは私服が当たり前である学校では理解されなかった。



ただの面倒くさがりだ。



ズボラだと指を刺されるようになった。



転校生はすぐに制服を着てくることをやめたけれど、それでもヤジは止まらなかった。



転校生であること。



転校初日から自分たちとは違う制服を着てきたこと。



それで一躍悪い意味で有名になってしまったのだ。



最初転校生にヤジを飛ばしていたのは男子だったけれど、それはすぐに女子にも電波した。



特に女子たちは群れをなしてエスカレートしやすい。



あっという間に転校生に対する態度はイジメと呼べるものになっていた。



その頃梓は調子がよくて毎日のように学校に来ることができていたけれど、未だにクラスで1人ぼっちだった。



誰かと話したい。



誰かと遊びたい。



そんな気持ちばかりが膨らんでいく。



勇気を出してあの転校生に話しかけてみようかとも思った。



けれどクラスメートからイジられている彼女に話しかける勇気がでなかった。



そんな、ある日のことだった。



女子生徒たちが転校生を取り囲んで怒鳴っている。



らくがき帳を取り出して絵を書きながらも聞き耳を立てていて梓は、昨日転校生が掃除当番だったのに、忘れてしまってそのまま帰ったのだということがわかった。



転校して間もないし、きっと誰も教えてくれなかったのだろう。



仕方のないことだと梓は思った。



けれどそのときの女子たちの結託力は凄まじかった。



転校生を教室中央に座らせて理由を問い詰めて謝罪させる。



誰々さんに迷惑をかけた。



誰々ちゃんにも迷惑をかけた。



そう言ってはその1人1人へ向けて謝らせた。



さすがにやりすぎではないかと思った。



誰かに報告したほうが良いかも知れない。



担任の先生か、他の先生でもいい。



このままじゃ可愛そうだ。



勇気を出して席から立ち上がったとき、輪の中にいた女子生徒が振り向いた。



梓と視線がぶつかり、動きを止める。



「そう言えば昨日は秋吉さんも掃除当番だったよね? 体が弱いのに、残って掃除してくれたよね?」



そう言われて梓は戸惑った。



確かに昨日掃除当番で、体調もよかったから最後まで残っていた。



だけど普段は色々を融通をきかせてもらって、休んでばかりだ。



「え、うん。昨日はそうだったけど……」



「なら、秋吉さんにも謝って」



他の女子生徒がキツイ口調で言った。



転校生が梓の前まで引っ張り出されてくる。



その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていて梓の胸は傷んだ。



ここまで弱っているんだからもう許してあげたら?



そんな言葉が喉まででかかる。



だけどなにも言えなかった。



これだけの人数を敵に回してしまったらどうなるか、見ていたからわかっていた。



それに今まで友人がおらず一人ぼっちだった梓は寂しかった。



みんなと一緒に遊びたかった。



「ほら、膝をついて謝って」



クラスの1人にそう言われて転校生は梓の前で膝をついた。



これは土下座だ。



こんなの遊びじゃない。



それでも梓はなにも言えずにただただ泣きじゃくる転校生を見つめていた。



「ごめんなさい」



涙で濡れた声。



それを聞いた瞬間、クラス内にドッと笑いが起こった。



みんな心底楽しそうにしていて、梓には信じられなかった。



これのどこが楽しいんだろう。



どうしてこんなヒドイことができるんだろう。



胸がチクチクと傷んで仕方がなかった。



「よかったね梓。これで許してあげる?」



肩を抱いてそう質問されて、梓はぎこちなく頷いた。



「う、うん」



「そっかー。やっぱり梓は優しいね! よかったなお前!」



いつから自分は梓と呼び捨てにされるようになったんだろう?



梓にはわからなかったが、この日から変わったことは確実だった。



梓が直接なにかをしたわけじゃないけれど、クラスメートたちが梓をちゃんと認識するようになった。



そして転校生になにかを仕掛けるときには必ず梓も呼ばれるようになったのだ。



こんな風に仲良くしたいわけじゃない。



こんなのは違う。



そう思っていたはずなのに、みんなと一緒に笑い合うことが楽しかった。



ずっとずっと遊びたいと思っていた子と仲良くなることもできた。



気がつけば梓はいつでも誰かと一緒にいた。



もう1人で落書き帳を開くこともない。



時々落書き帳を開いてみると、そこには他のクラスメートと一緒に書いた転校生への罵倒が綴られるようになった。



梓たちはそれをわざと転校生の机の上に広げて置いた。



本人に見せるため。



そして男子たちに気づかせて囃し立てさせるために。



いつしか梓にはイジメ仲間が沢山できた。



1人を犠牲にして、梓は思い通りの日々を手に入れたのだ。



「梓、今日も体育休み?」



「うん。一応ね」



梓は面倒くさそうに返事をする。



体のためになにかを我慢するなんてダルイ。



そんな印象を残すためだ。



「そっか。じゃあ見ててね、私点数入れるから!」



「うん。頑張って!」



友人がバスケットコートへと走り出ていく姿を見て、梓はホッと胸をなでおろした。



なんでもないフリをしているけれど、実は今朝から体の調子がおかしかった。



久しぶりに学校を休もうかとも考えたのだけれど、せっかく仲間ができて楽しい毎日を送っているのにもったいないと思ってしまった。



でもやっぱり、体の調子はおかしかった。



少し歩くだけで息切れがするし全体的に重たい。



これ以上は無理かもしれない。



総判断した梓はそっと体育館を後にしたのだった。

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