第21話
海斗と健も耳に挟んだことのある小さな事件たちだ。
たしかその頃はまだ暗黒ギフトを受け取っていなかった。
「でもこれって、実際に起こったことを書いてるだけじゃないか?」
健が怪訝そうな表情で言った。
確かに。
過去に起こった出来事なら、学校へ言って話を聞けばいくらでも入手することができる。
「お嬢様はこの通り体が悪く、1年以上前から学校には行けておりません」
そう言ったのは黒スーツの男だった。
少し機嫌を悪くしたのか、ムッとした表情で健をにらみつける。
健は萎縮したように縮こまってしまった。
「学校、俺たちと同じ学区なんだ?」
海斗が聞くと梓は頷いた。
それなら学校に来ていないということは嘘じゃない。
梓の姿を学校で見たことはないからだ。
海斗は再びメモ用紙に視線を落とす。
そこに書かれているのは梓が学校に来られなくなってからのことばかりだった。
「でも、友達に聞いて知ってるとか……」
海斗はすべての可能性を消すために、おずおずと言葉を続けた。
いくら学校に来ていなくても、友人の1人くらいはいるはずだ。
だって、1年以上前までは学校に来ることができていたのだから。
しかし、梓は左右に首を振った。
「いいえ、私に友達はいないの」
その言葉に悲壮感はなかった。
悲しんでいる様子もなく、ただ淡々と、過去の出来事を思い出す。
「私に友達はいない。私のせいで、いなくなった――」
今日は学校に行くことができそうだ。
小学校3年生がもうすぐ終わるという季節、梓は一週間ぶりに学校へ向かってい
た。
学校まで送っていくという執事の申し出を断って1人で家を出た。
毎日毎日家と病院の往復ばかりでうんざりしていたから、1人で外の空気を思いっきり吸いたかったのだ。
心配性な執事はそれでもしつこくついてきたけれど、登校班の集まりが見えてくるころにはどうにか家に戻すことができていた。
登校班はすでに7人ほど集まっていて、近づけば近づくほどに緊張が高まってきた。
学校に入学してからしばらくの間は体調もよくて、毎日この通学班で学校へ向かっていた。
けれど最近体調の悪化が著しくて、通学班で登校するのも久しぶりのことだった。
「お、おはよう」
思わず声が裏返ってしまう。
振り向いた6年生のお姉さんが優しく微笑んだ。
「梓ちゃんおはよう。今日は体調いいの?」
「は、はい!」
緊張してどうもぎこちなくなってしまう。
そんな梓を見て6年生のお姉さんはクスクス笑った。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら、こっちにおいで」
手招きされて近づいていく。
本当は一番前を歩くのが6年生。
次が1年生から順番に並んでいるのだけれど、いつも梓は6年生のお姉さんに手を
繋がれて歩いていた。
登校班に慣れていないということもあるけれど、万が一途中で体調が悪くなったりしてはいけないからだ。
6年生のお姉さんは優しくて、梓に歩調を合わせてくれる。
会話が途切れないのは、梓の体調変化にすぐに気がつけるようにだった。
学校に到着するころには梓の緊張はすっかり解けていた。
「それじゃ梓ちゃん、頑張ってね」
そう言って6年生の教室へ向かうお姉さんの背中を名残惜しく見送る。
どうせならもっと一緒にいたい。
学校がもっともっと遠かったらよかったのに。
そんな事を考えながら3年生の教室へと向かった。
この学校では5年生6年生の教室が3階。
1年生2年生3年生の教室は1階にあった。
だから学校内でお姉さんに会うことも滅多にない。
それは梓にとって少しさみしく感じるところだった。
「おはよう……」
3年2組の教室に入り、誰にともなく声をかける。
しかし梓の声は小さくて誰にも届かない。
もう少し大きな声で挨拶してみようか。
そう思って口を開いた途端、梓の真後ろで「はよー!」と、元気な男子の声が聞こえてきた。
梓は思わずビクッと体を震わせた。
振り向くとクラスのリーダー的な存在である男子生徒が登校してきたところだった。
わっとクラスメートたちが男子生徒の周りに集まってっ来て、梓は慌ててその場を離れた。
今日はちょっとタイミングが悪かったみたいだ。
梓は自分にそう言い聞かせて、席についたのだった。
☆☆☆
休憩時間になっても梓は1人だった。
机の上に落書き帳を取り出して、意味もなくクレヨンでグルグルと丸をかき続ける。
面白くもなんとも無い。
「ねぇ、一緒に遊ぼう!」
そんな声がしてパッと顔を上げても、誘われているのは梓の隣の席の子だった。
梓の気持ちは暗く沈み込み、また落書き帳に視線を落とす。
普段なかなか学校に来ることができない梓はまだクラスに馴染むことができずにいた。
体育の授業は毎回見学が許されていて、それを妬む子も少なくはなかった。
「いいよね梓ちゃんはいつも体育休めて」
「ほんと、疲れちゃうよねぇ」
そんな風に嫌味を言われることもある。
梓だって走り回ることができるならやってみたい。
水泳の授業だって受けてみたい。
けれどそれは言えなかった。
『じゃあやってみなよ』と言われるのがオチだ。
梓がどうして体育を休むのか、学校を休むのかわかっているのに、納得はできていないみたいだ。
先生たちも一生懸命やってくれているけれど、幼い子どもたちに理解させることは難しい。
梓は先生に贔屓されているのだと思われていた。
久しぶりに学校に来ることができて嬉しかったけれど、梓の気持ちはどんどん沈んでいってしまう。
6年のお姉さんと同じ教室で授業を受けることができればいいのに。
そんな風に思っていたある日のことだった。
「こんな時期だけど、転校生を紹介する」
担任の先生につれて来られたのは1人の女子生徒だった。
その子の親は転勤族と言って、色々な地域に引っ越しをしながら仕事をする人らしくて、今回はこの街に引っ越してきたらしい。
「どうして制服なんですか?」
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