第20話
「なにも変なものは入れていません。どうぞ召し上がってください」
さっきのメイドさんが2人の会話を聞いていたようで、クスクス笑いながら言った。
2人は同時に顔から火が出る思いだった。
耳まで真っ赤になりながらお礼を言い、クッキーと紅茶を口に運ぶ。
想像通り、どちらも絶品だった。
つい手が止まらなくなり次から次へとクッキーを口に運ぶ。
ものの5分ほどですべて食べきってしまった。
「ふぅ、美味しかった!」
「お腹パンパンだな」
ソファに背中をもたれさせて満足していると「それはよかったです」と、声がして顔を向けた。
いつの間にか黒スーツの男が戻ってきている。
その姿を見た瞬間2人は背筋をのばした。
美味しいものをお腹いっぱいに食べてくつろいで、自分たちの目的を忘れるところだった。
「今日はギフトについて聞きに来られたんですか?」
男は前のソファに座りながらそう聞いてきた。
「そうです」
海斗は真剣な表情になって頷く。
この秋吉家と海斗たちのつながりはそれしかないのだから。
「どうしてギフトを持ってくるんですか?」
「私はただある人に頼まれてギフトを運んでいるだけです」
「ある人に頼まれて?」
海斗と健は同時に眉を寄せた。
この男が自分の意思でやっていることではないらしい。
では、そのある人とは誰だろうか。
その人こそ、未来人なのかもしれない。
「はい。お会いになられますか?」
その質問には海斗は目を見開いた。
この男が下っ端だとすれば、相手はラスボスみたいなものだ。
そのラスボスに会えるんだろうか。
「もちろんです」
海斗が頷くと、男は音もなくスッと立ち上がった。
「ではご案内します。お嬢様のお部屋へ――」
☆☆☆
どうやら未来人は女性らしい。
男がお嬢様と言った時点で2人はそう理解した。
そしてこの男は屋敷に雇われているだけの存在だということもわかった。
男について階段を上がり、一番奥の部屋へと向かう。
ただそれだけなのに広い屋敷内だ、たどり着くまでに数分かかってしまった。
こんな屋敷内に暮らしていると、ただ生活しているだけでいい運動になりそうだ。
そんなことをボーッと考えている間に目的の部屋に到着していた。
男がスーツを引っ張ってシワを伸ばし、それから部屋をノックした。
その様子から男の緊張がこちらにまで伝わってきて、海斗と健は背筋を伸ばした。
お嬢様とは一体どんな人だろう。
脳内で中世ヨーロッパの服を着て大きなソファに分反り返って座る、傲慢な女性を思い浮かべる。
顔は吊り目で鼻はとんがり、いかにも性格が悪そうなタイプだ。
「お嬢様、お客様でございます」
ドアの向こうへ向けて声をかけると、すぐに「どうぞ」と返事があった。
その声は意外と涼やかでキレイなものだった。
そういえばギフトに入っている手紙の文字も、キレイだったなぁ。
そんなことを思い出している間にドアが開いていた。
中からラベンダーの香りがフワリと漂ってくる。
いい香りだな。
そう思って男に続いて足を踏み入れたとき、大きなベッドの上に座っている1人の少女の姿を見た。
少女は白いパジャマ姿で、そこから伸びている手足は恐ろしいくらいに細い。
小さな顔に大きな目。
唇は潤いを持ってぷっくりと膨らんでいるものの、頬は青白い。
想像していたいじわるそうなお嬢様とは大違いで、海斗は絶句してしまう。
なにより驚いたのはお嬢様が自分たちより幼く見えたからだった。
「こんにちは、2人とも」
少女は嬉しそうに挨拶をする。
2人は男に促されてベッドの横まで移動して、「どうも」と、短く返事をした。
わざとぶっきらぼうにしたわけじゃない。
相手が自分よりも年下だったことに驚いて、うまく言葉が出てこなかったのだ。
「私の名前は秋吉梓よ。今5年生なの」
梓の声がキレイなことにも驚いたし、同い年だったことにも驚いた。
しかし、梓のことを学校で見たことはなかった。
もしかしてここは学区が違うんだろうか?
「俺は西村健」
健が一歩前に出て梓へ向けて手を突き出す。
「よろしく」
梓はニコニコと微笑みながらその手を握った。
握手した瞬間健の頬がニヤけるのを海斗は見逃さなかった。
ムッとした海斗は同じように「深谷海斗」と挨拶をして梓と握手を交わした。
その手は少し力を込めれば折れてしまいそうなほど細くて、頼りないものだった。
同級生の女子生徒の手を思い出してみても、もう少し太さがある。
ここに入ってきたときから感じていたが、梓は病気なのかもしれない。
細く華奢すぎる体をしているから、とても小学5年生には見えないのだ。
そう思うと胸のあたりがチクリと傷んだ。
「2人共、私の予知夢に付き合ってくれてありがとう」
まだなにも言っていないのに梓からそう切り出されて、2人はすぐには返事ができなかった。
手紙を書いているのは未来人だと思っていたから、予知夢と聞いてもすぐには理解ができなかったのだ。
「予知夢って、未来に起こる出来事を夢に見ること?」
少し考えてから海斗が質問する。
梓は微笑んだまま頷いた。
「うん。こういうヤツだよ」
梓はベッド横にあるドレッサーに手を伸ばし、その中から数枚の紙を取り出して2人に見せた。
『○月○日、女子生徒が階段から落ちる。昼休憩中、3階の階段』
『✕月✕日、男子2人が大きな喧嘩、ケガをする。2時間目が終わった休憩時間中。廊下』
それらはすべて過去に学校内で起こった出来事だった。
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