第19話
トラックがクラクションを鳴らしてすぐ真横を通り過ぎる。
すべての出来事が一瞬の間に起こり、けれどそれはスローモーションのように見えた。
ハトが飛び立った方向は、車道とは逆方向だった。
トラックがクラクションを鳴らしたのは一瞬ハトが視界に入ったから咄嗟のことだろう。
そして海斗は下級生の腕を握りしめた状態で動きを止めていた。
「はっ」
追いかけてきた健が息を吐く音で止まっていた時間が再び動き出したようだった。
海斗は下級生たちへ視線を向ける。
3人組はキョトンとした表情で海斗を見上げていた。
無事だ。
ケガひとつしていない。
それを確認した瞬間、海斗の体から力が抜け落ちていった。
その場にヘナヘナと座り込む。
未だに心臓は早鐘をうち、全身に汗をかいていた。
それでもそんなこと気にならなかった。
「ハトをイジメちゃいけないよ」
最後に一言、海斗はそう告げたのだった。
どうにか事故を防ぐことのできた2人は秋吉の屋敷へと向かったみることにした。
あの男が未来人であるかどうかも気になるし、今回みたいな危ないことはもう二度とごめんだった。
今回のような時にはあの男本人が動くべきだと、直談判しに来たのだ。
「海斗がチャイム押せよ」
大きな屋敷の前まで来て、健が海斗の背中を押す。
「健が押せよ」
同じように海斗は健の背中を押し返す。
「海斗が押せってば」
「健が押せよ」
お互いの背中をぐいぐい押しながら、文字通りの押し問答をしていると、カチャッと音がして玄関が開いた。
2人は同時にピシッと背筋を伸ばす。
玄関から出てきたのはあの黒スーツの男だった。
男はまっすぐに2人に向かって歩いてくる。
2人は引きつった笑顔を浮かべて「こ、こんにちはー」とぎこちなく挨拶をした。
未来人へ向けて、敵意はないことを一生懸命に伝えたのだ。
男は無表情のまま門の前までやってきて、2人の前に立った。
その身長は夜に見たときよりも高く感じられて、2人は一気に緊張した。
随分と見上げなきゃ黒スーツの男の顔を確認することはできない。
もしもこの男を怒らせたらどうなるだろう?
そう考えると背筋がゾッと寒くなった。
「なにか言えよ」
引きつった笑顔を浮かべたまま健が海斗の脇腹を肘でつつく。
その感触に海斗は思わず「ひっ」と声を上げてしまった。
男の視線が海斗へ向かう。
ゾクリとするほど冷たい視線に全身が凍りつく。
けれどここでなにも言わずに立ち去るわけにはいかない。
相手は海斗の家がどこにあるかも知っているのだ。
「あ、ああ、あの」
声が震えて何度も噛む。
泣きそうになりながら海斗は男を見上げた。
どうしよう、次の言葉が出てこない。
手紙について思いっきり文句を言ってやるつもりでここまで来たのに、勇気はすっかりしぼんでしまっていた。
「深谷海斗さんと西村健さまですね」
以外にも穏やかな声色で男が訪ねてきた。
海斗と健は目を見交わせて「はい」と、同時に頷く。
すると男は表情を緩ませて口元に笑みを浮かべると、「どうぞ」と、2人を屋敷の中に入るように促したのだ。
「えっと……」
健はとまどった声を上げる。
未来人のアジトにそんなに簡単に踏み込んで大丈夫なものだろうか。
玄関先でカタをつけるべきじゃないだろうか。
グルグルと考えている間に海斗は男について門をくぐってしまった。
健は慌ててその後を追いかける。
大きな玄関を入るとそこには大広場が広がっていた。
大広場の中央には二階へと続く階段が伸びていて、2階は廊下以外は吹き抜けになっていた。
高い天井からはシャンデリアが下がっていて、見ていて眩しいくらいだ。
こんな洋館映画の中でしか、見たことがない。
海斗と健は玄関先で呆然として立ち止まってしまった。
ここに玄関がちゃんと存在しているところだけは、日本家屋らしさが残っている。
ボーッと大広間を見つめていると、いつの間にかさっきの男がスリッパを持って来てくれていた。
毛がモコモコとしてとても気持ちよさそうだ。
「失礼します」
海斗はなんとなく男に一例してからスリッパを履いた。
思っていた通りモコモコで、足の裏がすごく気持ちいい。
それから右手にある客間に通されると、2人は革張りのソファに身を沈めた。
広さは20畳は余裕でありそうなくらい広く、壁際には暖炉や天井まで届く本棚、それに高級オーディオセットが置かれている。
「これが客間?」
海斗が唖然としていると健も同じような表情で室内を見回していた。
自分の家の客間と言えば、客間兼リビングくらいしかない。
誰かが泊まりにくるときは、友人なら自分の部屋に通す。
こんな立派な客間見たことがなかった。
「おまたせしました」
女性の声がして振り向くと、黒と白のメイド服を来た30代くらいの人が紅茶を持ってきてくれた。
紅茶には詳しくないけれど、甘いいい香りが漂ってくる。
お菓子に出されたクッキーもすごく美味しそうだ。
海斗はさっそくクッキーに手をのばす。
しかし健がその手を掴んで止めた。
「待てよ。ここは未来人のアジトだぞ? そんな簡単に出されたものを食べて平気か?」
そう言われて慌てて手を引っ込めだ。
相手が未来人かもしれないことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
ただただ大豪邸に驚き、圧倒されていた。
それに目の前のクッキーや紅茶はすごく美味しそうだ。
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