第17話
☆☆☆
グランドに飛び出した2人は生徒たちの輪の中へと飛び込んだ。
上から見ていたよりも生徒の人数が多くなっていて、なかなか中心へ向かうことができない。
みんな同じように給食の残りのパンを片手に持っていて、少しでもエサをやりたいと考えているようだった。
このままじゃ今ここにいないハトまで学校に近づいてきてしまうかもしれない。
ハトの数が多ければ多いほど、事故につながる可能性が増えていく。
一度に何羽ものハトがトラックに向かって飛び立つ様子が、階との脳裏にありありと浮かんできた。
そんなことになれば、2人で止めることは不可能だ。
「おい! やめろ! ハトにエサをやるな!」
中心へ向かいながら海斗が叫ぶ。
健も同じように周囲の生徒へ向かって叫んだ。
しかし誰も海斗たちの声を聞いていない。
それどころかハトの存在に気が付いた他の生徒たちまで集まってきていた。
「やめろって!」
叫ぶ海斗へ向けて近くにいた男子生徒が「なんで?」と呟く。
「え……」
「なんでエサやっちゃダメなんだ?」
そう言われて咄嗟に言葉が出てこなかった。
他のハトが集まってくるからとか、フンをするからとか、理由は色々ある。
だけど直に質問をされるとどう返せばいいかわからなくなってしまった。
だって、それらの理由は海斗が大人たちから聞いてきた理由だった。
海斗本人が考えた結果ではない。
「ダメなものはダメなんだ! 大変なことになる!」
健が男子生徒の肩を掴んで叫ぶ。
男子生徒は怪訝な表情を健へ向けて、手を振りほどいた。
「ハトにエサくらいいいだろ? 腹減ってるかもしれないんだからさ」
男性との放ったことの一言が、他の生徒に火を付けた。
「そうだよ。駅前ではエサをやらないように注意するようになったから、きっとお腹が減ってここまできたんだよ」
「お腹減っているのにエサをあげないなんて可愛そう」
「だよな、俺もそう思う!」
集まっていた生徒たちが口々に海斗と健を非難する。
時には鋭い視線を向けてくる生徒たちもいた。
「違うんだ。ハトがトラックにぶつかって事故が起こるかもしれないんだ!」
ついに海斗は叫んだ。
ここにいる全員に届くような大きな声で。
それに反応して一瞬周囲が静かになったが、それはほんの一瞬の出来事だった。
「はぁ? 何言ってんだ?」
さっきの男子生徒だった。
海斗をバカにしたような視線を向けて、冷たく突き放す。
その瞬間海斗は自分の心臓の辺りが急速に冷えていくのを感じた。
「そんなわけないじゃんね」
「トラックなんてどこにもないじゃん」
クスクス。
ヒソヒソ。
クスクス。
ヒソヒソ。
今まで海斗をヒーロー呼ばわりしていた女子までも、同じように笑い始めた。
「……っ」
それでもなにか言おうと口を開きかけた海斗だったが、なにも言えずに黙り込んでしまった。
今すぐハトをグランド内から出さないといけない。
そんな気持ちが一気にしぼんでいってしまう。
「おい、海斗大丈夫か?」
健が心配して声をかけてくるが、海斗は顔をあげなかった。
大人たちだけじゃない。
生徒たちまで自分のことを信じてくれないのだというショックが重たくのしかかってくる。
「もういい」
海斗は小さくつぶやいていた。
「え?」
「どうせ事故が起こるのは放課後だ。もう行こう」
「ちょっと待てよ海斗!」
健が後ろから声をかけてきても、海斗は振り向かなかったのだった。
☆☆☆
放課後になってからも健はなかなか動き出すことができなかった。
ジッと自分の席に座って机の木目をにらみつける。
「海斗、そろそろ行くぞ」
健に声をかけられてようやく顔を上げた。
「あぁ……」
のろのろと立ち上がり、ランドセルと背負う。
今日はいつも以上にランドセルが重たく感じられて、一歩歩くのも大変だ。
「おい大丈夫かよ」
「大丈夫だよ」
そう言ったものの、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
誰も自分たちの言葉に耳をかしてくれなかった。
それ所か、まるで悪者のように言われてしまったのだ。
それなのになぜ自分は彼らを助けようとしているのか、わからなくなってしまった。
事故が起こることはもちろん防ぎたい。
だけど、気持ちが後ろを向いてしまっていた。
「あのなぁ――!」
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