第15話
「そんなに深く悩まなくても、俺たちなら大丈夫だって。もう少し寝ようぜ」
健が布団に潜り込んですぐに目を閉じてしまった。
今日の目的であった未来人を見ることができたから、ひとまず関心が薄れてしまったようだ。
海斗は部屋の電気を消してベッドに潜り込んだけれど、結局その日はそれ以上眠ることはできなかったのだった。
☆☆☆
朝、スッキリしないまま家を出た海斗はダラダラと学校までの通学路を歩く。
今日は健が一緒だから通学班には先に行ってもらうように連絡を入れていた。
「あの未来人、まさか自分で今までのことを引き起こしてるんじゃないだろうな」
歩きながら健が突然そんなことを言い出した。
「なんだよ急に」
「だって、あの男ならどんな事件でも解決できる気がしないか?」
「どんな事件でもって」
海斗は呆れてしまった。
あんな夜中にあんなスーツ姿でギフトを届けに来たものだから、健の妄想が炸裂しているようだ。
「小学校で事件を起こしたって、あの男が特をするとは思えないけど」
しかも事件は小さなものばかりだ。
子猫を助けたり、万引を止めたり。
中には大怪我につながるものも確かにあったけれど、自分から事件を引き起こしているのならわざわざ知らせてくるとも思えない。
「じゃあやっぱり未来人か」
そのへんのことはまだわからないけれど、あの男が秋吉という名前であることは確実だ。
玄関の鍵まで持っていたのだから、間違いない。
未来人で秋吉なんて名字だと考えると、なんとなく拍子抜けしてしまう。
もっと未来的な、日本なのにカタカナの名字とかになっていてほしい。
とにかく今は放課後に起こるであろう大きな事件のことだ。
「今回の事故を防ぐことができなかったら、大変なことになる」
「まだそんな心配してんのか? 子猫のときと一緒で、ハトを助けてやれば事故は防げるだろう」
確かにそうだけど、そう簡単に行くだろうか?
「もしもハトを助けられなかったら?」
海斗の言葉に健は黙り込んだ。
さすがに真剣な表情になって考え込んでいる。
「さすがに今回は俺たちだけじゃ不安じゃないか?」
海斗に言われて健は大きく息を吐き出した。
が、なにも言わない。
頭では理解しているけれど納得できなくて、つい黙り込んでしまっている様子だ。
だから代わりに海斗が言った。
「先生に……大人に相談をしよう」
☆☆☆
幸いにも海斗はギフトに入っていた手紙を持ち歩くようにしていた。
ひとつは健に見せるため。
もうひとつは、内容を何度も確認し直すためだった。
それを握りしめて職員室をノックする。
低学年の生徒たちはノックも忘れて入っていくけれど、海斗たち高学年になるとノックと『失礼します』の挨拶は必須だった。
「先生、ちょっといいですか?」
デスクで仕事をしていた担任に声をかけると、担任はペンを置いて向き直ってくれた。
チラリとデスクの上にあるものを確認すると、昨日の小テストの採点途中だった。
小テストのできがあまり良くなかったとわかっている海斗は少しだけ胸の奥がむずむずした。
「お、ヒーロー2人組がどうした?」
担任がおどけた調子で言う。
2人が問題を解決するごとに褒めてくれている担任は、2人のことを5年3組のヒーローだと呼ぶ。
悪い気はしなかったが、やっぱりくすぐったい気持ちになる。
「あの、ちょっと相談があって」
手紙を見せれば今までのことも、この手紙のおかげだったのだとバレてしまう。
そうすると自分たちのしたことの良さが半減してしまうような気もしていた。
だけど今回は迷っている暇はなかった。
大きな事故が起こるかもしれない。
死者も出てしまうかも知れない。
そう思うと、ちゃんと担任に話す気持ちになれた。
「こんな手紙を受け取ったんです」
海斗から手紙を手渡された担任はザッと目を通しただけで険しい顔つきに変わった。
「なんだこれ。どこで受け取ったんだ?」
「玄関先に置いてありました。あの、それで、実は……」
海斗は今までも同じように手紙を受け取り、その内容の通りの問題が起こっていたこと。
事前に問題が起こることを知っていたからこそ、ヒーローになれたのだと言うことを説明した。
隣にいる健はにらみつけるようにして担任を見つめている。
おそらくなにを言われるのか恐れているのだろう。
どうしてもっと早く相談しなかったのか。
どうして子供だけで解決してきたのか。
言われそうな言葉はいくらでも思いつくことができた。
「はははっ。面白いことを考えるんだな」
担任の笑い声が職員室の中に響く。
「なるほど、これは未来を予言する手紙ってことか」
そう言いながら手紙を電球にかざして透かして見たりしている。
「でも、これはごく普通の手紙みたいだな」
「本当なんです! 嘘は言っていません」
食い下がる海斗に担任は少しだけ眉を寄せた。
それはほんの一瞬の出来事ですぐにいつもの笑みを浮かべたけれど、海斗と健はしっかりと見ていた。
「確かに、街にハトは多くなってきているらしいけれど、学校付近で見かけたことはないだろう?」
担任の言う通り、街でハトを見かけるのは駅前が多かった。
観光客とかが好き勝手にエサをやるので問題になっているらしい。
そして駅から学校までは何キロも離れている。
学校までハトが飛んでくることはなさそうだった。
「それにこんな手紙を何枚も受け取っているとなると、先生は別のことが心配になるな」
担任は今度は海斗と視線をあわせるようにして言った。
それがなにを意味しているのかすぐに理解して、海斗は慌てて左右に首を振った。
「いえ、嫌がらせとかイジメはありません」
早口で否定してうつむく。
自分がイジメられているのではないかと心配されたことが恥ずかしく、また腹立たしかった。
「そうか、それならいいんだけどな」
担任のホッとした様子を確認してから、海斗と健は大股で職員室を出たのだった。
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