第12話

「さっきから調子乗ってんじゃねぇぞ!」



バカにされたと感じた健が不意に怒鳴った。



空気が震えてピリッとした雰囲気に変わる。



後ろにいる飯田くんが怯えているのが伝わってきた。



海斗は飯田くんの手を握って一緒に健の後ろへ下がった。



キレてしまった健は海斗でも手をつけられない。



無茶をしそうになったら止めるけれど、それまでは少し離れて見守るのが一番だ。



健は怒鳴ったと同時に秋田の前まで移動していた。



素早い動きに秋田は驚いて目を見開く。



健は間髪入れずに秋田の手を握り、更に秋田の足を引っ掛けていた。



大外刈りだ。



柔道をしていることで有名なのは大田と秋田の2人だったが、腕前があるのは健も同じだった。



2人とは違う道場に通っているから2人共油断したのだろう。



健の技はキレイに決まって秋田の体は簡単に倒されていた。



ドッと土埃を上げて倒れた秋田は、呆然と空を見上げている。



道場でもこうして投げられることは滅多になかったようで、大田も呆然としてしまっている。



「強いのは本当にお前らだけか?」



健が大田に向き直り、ボキボキと指を鳴らす。



大田は咄嗟に身構えた。



が、健のほうが一瞬動きが早かった。



背が低い分動きが早くて追いつけないのだ。



いとも簡単に大田の懐に入り込んだ健は、その体を投げ飛ばした。



さっきの秋田と同様にドッと土埃が上がって、呆然と空を見上げる大田。



2人は自分たちが負けるはずがないと思っていて、負けてしまった今は頭の中が真っ白になっているようだった。



「すごい!」



飯田くんが興奮した様子で呟く。



振り向くと顔を高揚させて口元に笑みを浮かべた飯田くんが、2人を見下ろしていた。



「ねぇ、これ写真撮っていいかな?」



言いながらキッズスマホを取り出す飯田くんに海斗は「え?」と聞き返す。



「ほら、僕散々こいつらに痛めつけられてきたんだよ。写真撮るくらいいいだろ?」



スマホ片手に2人に近づいていく飯田くんを健が止めた。



「そんなことのために2人を倒したんじゃねぇよ」



「え、でも、僕の復讐に手を貸してくれたんだろ?」



オロオロと健と海斗を交互に見つめる飯田くん。



海斗は飯田くんに近づき、その肩をポンッと叩いた。



「俺たちは復讐の手を貸したわけじゃない。だけど、この2人には少し痛い目を見ないとわからないと思ったから、来たんだ」



「それと復讐となにが違うのさ?」



「俺たちが助けたのは今回だけだ」



海斗の言葉に飯田くんの顔色がみるみる青くなっていく。



「今回だけってそんな! こんなことしておいて僕を見放すの!?」



これから先どれだけイジメがエスカレートするか考えているのだろう、飯田くんの目には涙が浮かんできていた。



「だったら今ここで、こいつらに言いたいことを言ったほうがいいんじゃねぇの」



健に言われて飯田くんが2人を見下ろす。



2人とも地面に座り、ジッと飯田くんをにらみあげていた。



こんな顔をされれば誰だって恐怖心を抱くかもしれない。



1回でもこの2人に技を決められれば、恐ろしくて言うことを聞くようになるのも理解できる。



だけど今回はチャンスだった。



2人よりも強い健が飯田くんの味方になったのだ。



言いたいことがあるのなら、今のうちだ。



飯田くんはジリッと微かに前に出た。



座っている2人は何も言わずに飯田くんを見上げている。



「あ、あの、僕……」



しどろもどろに言いながら、今にも涙が溢れ出してしまいそうだ。



そんな飯田くんの肩を海斗がまたポンッと叩いた。



そこから勇気を貰ったかのように、飯田くんは一度きつく唇を引き結んだ。



いつまでもこのままでいいなんて思っていない。



変わらなきゃいけないということは飯田くん自身が一番思っていることだった。



勇気を出さなきゃ!



「僕は、2人のことが憧れだったんだ!」



その言葉は健にとっても海斗にとっても以外なものだった。



「強くてたくましくて男らしくて。ずっと憧れてた。だから2人に声をかけられたとき、僕は本当に嬉しかったんだ!」



叫ぶように言いながら、飯田くんは初めて2人に声をかけられら日のことを思い出していた。



『よぉ飯田! 今日お前1人で日直か?』



2人が朝の教室へ入ってきたとき、飯田くんは日直の仕事で花瓶の水換えを終えたところだった。



普段日直は2人組で、朝早く来るのも2人一緒だった。



だけどあの日は日直の相方は風邪をひいてしまい、急遽飯田くんが1人でやることになったのだ。



事情を知っている先生は1人でできる範囲でいいと言ってくれたけれど、飯田くんはできるだけのことをしようと考えていた。



突然憧れの2人に声を掛けられた飯田くんはビックリして返事ができなかった。



なにより大田と秋田の2人はクラスが違うのに、どうしてここにいるのかもわからなかった。



そうこうしている間にクラスメートたちが教室に入ってきて、大田と秋田の2人と楽しげに話はじめたのだ。



2人はこのクラスにいる友人に会いに来たのだとわかり、納得した。

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