第11話

海斗と健は目を見交わせる。



大田も秋田も幼稚園の頃から柔道をやっていて、5年生の中じゃ1位2位を争う体格のいい生徒だ。



2人共クラスが違うから今までイジメの存在に気がつくことができなかったみたいだ。



「もしかして、万引もその2人と関係してる?」



「うん……。昨日掃除をしてたら2人が来てマンガを買ってこいって言われたんだ。だけど僕、お小遣いは500円しかなくて、マンガは600円で……」



それで万引してくるしかないと思ったようだ。



話を聞いた2人は大きく息を吐き出して再びを目を見交わせた。



大田と秋田に逆らえず万引してしまうくらい、飯田くんは追い詰められていたのだ。



万引は悪いことだけれど、それよりも根本的な部分をどうにかしないといけない。



このままじゃ飯田くんはまた万引をして、今度こそ捕まってしまうかも知れない。



そうなっても、きっと大田と秋田の2人はしらを切るに決まっている。



「わかった。俺たちがどうにかしてやる」



海斗はいつもの口調に戻り、指の骨をボキボキと鳴らしたのだった。


☆☆☆


イジメを行うヤツは弱いヤツだ。



どれだけ体格が良くて力が強くても、心が弱い。



誰かを自分より下だと思っていないと、自分に自信を持つことができない人間だ。



海斗はそう考えていた。



そもそも人間に優劣なんて存在しないと思っている。



飯田くんの話を聞いたあと、海斗と健の2人はイジメの証拠も見せてもらっていた。



飯田くんの教科書やノートには沢山のラクガキがられていて、どれもこれも飯田くんをこき下ろす言葉ばかりだった。



その中に2人がイジメているとわかる決定的な証拠もあった。



『大田、秋田の奴隷』



ノートの一番最後のページにそう書かれていたのだ。



その筆跡はどう見ても飯田くんのものではなかったし、こんな風にイジメている本人の名前を書くくらいマヌケな人間は彼らしか思いつかなかった。



これで飯田くんの言っていることが嘘ではないとわかった。



それを踏まえた上で海斗は飯田くんに大田と秋田の2人を呼び出すように頼んだのだ。



昨日頼まれたマンガを持ってきたと嘘をついて、放課後の校舎裏に。



「どうしよう。自分から2人を呼び出すなんて初めてだよ」



飯田くんはまた真っ青な顔になっていたけれど、海斗と健が隠れているためどうにか持ちこたえてくれた。



そして約束の時間がやってきた。



大田と秋田の2人は当たり前のように遅刻をしてきたから来ないのではないかと心配したが、ちゃんと来てくれた。



2人は大きな体を左右に揺らしながら飯田くんに近づいていく。



こうして3人が並んでいるところを見ると体格差が大きくて、飯田くんが怯んでしまうのも無理はないと思えた。



大田と秋田の2人は飯田くんの頭2つ分ほども背が高い。



服の上からでもわかるくらいに筋肉質な体をしていて、同じ小学5年生だとは思えなかった。



「よぉ飯田。マンガ持ってきてくれたんだってぇ?」



秋田が慣れなれしく飯田くんの肩に腕を置いて寄りかかる。



「う、うん」



飯田くんは額から汗を吹き出しながら、どうにか耐えている。



「悪いねぇ、いつも僕らのほしいもの買ってもらちゃって」



大田はニヤニヤと粘つくような笑みを飯田くんへ向けて言った。



いつも、ということはこういうことは初めてじゃないみたいだ。



「それでさ、次はCDがほしいんだよね僕ら」



「え、CD?」



飯田くんが目を剥いて聞き返す。



月500円のお小遣いで買える商品じゃない。



「そう、CD。3000円くらいなんだけど、飯田くんなら買えるよねぇ?」



秋田は丁寧な言葉を使いながらもジッと飯田くんを睨みつけている。



飯田くんはその視線から逃れるようにうつむいた。



「そ、それは無理だよ。今月はもう、お小遣いもなくて――」



「買ってくれるよねぇ? 僕たち、友達だろ?」



飯田くんが拒否しようとする言葉を遮り、秋田が顔を覗き込む。



大田は目の前でカラカラと笑い声を上げた。



「で、でも……」



見ているだけでハラハラしてくる展開だ。



それでも、飯田くんが必死で2人に反論しようとしているのはわかった。



ただ、2人の威圧的な態度によってそれができなくなってしまっているだけだ。



海斗と健は目を見交わせて頷きあった。



もしも飯田くんがなんの勇気も見せないようであれば、自分たちの出る幕はないと思っていた。



勇気がなければ今ここで飯田くんを助けたとしても、また同じようにイジメられるようになるかもしれない。



それじゃ意味がなかった。



「行こう」



「おう」



健は頷き、2人は植木の陰から勢いよく飛び出した。



大田と秋田の2人が驚いた様子で飯田くんから離れる。



「なんだよお前ら!」



怒鳴ったのは大田だ。



「深谷と西村? なんでここにいるんだよ」



眉を寄せて聞いてきたのは秋田だった。



「今の、見させてもらってたぞ」



健は2人を睨みつけて言った。



その一言で状況を把握したのか秋田が軽く舌打ちをする。



「だから? 俺たち友達と話してただけだけど?」



大田は大きな体で一歩前に出て言った。



さっきまで『僕』だったのに、もう『俺』に変わっている。



「友達相手には見えなかったけど?」



「俺たち友達だよなぁ?」



大田に言われて飯田くんはたじろいだ。



数歩後ずさりをして海斗の後ろに身を隠す。



それを見た大田はまた舌打ちをした。



「友達にCDを買わせるのか? 飯田くんは無理だって言ってたみたいだけど?」



海斗は自分よりも背の高い2人をにらみあげて言った。



「ちょっとお願いしただけだろ? なにが悪いんだよ?」



秋田が開き直る。



海斗や健は自分たちよりも背が低いから、ひるむ必要はないと思ったのかも知れない。

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