第10話
その日、帰宅した後も海斗はずっと飯田くんのことを考えていた。
自分たちに見つかったときの飯田くんはひどく青ざめていて、今にも倒れてしまいそうだった。
万引が見つかったときの犯人の反応はそんなものかもしれないが、それにしては怯えすぎている気がした。
それに健が捕まえたときも、無理やり逃げ出そうとしたり、逆ギレすることもなかった。
警察という単語が出てきたときでさえ、飯田くんはただただ震えていたのだ。
ご飯を食べているときもお風呂に入っているときもそのことが気になって、海斗はあまり眠ることができなかったのだった。
☆☆☆
「行ってきます」
翌日海斗は少し遅い時間に家を出た。
昨日なかなか寝付くことができなかったから、久しぶりに遅刻寸前だ。
それでも玄関先に暗黒ギフトが置かれていないかの確認は怠らない。
「あれ、今日は来てないんだ」
玄関先にはなにも置かれていなくて一瞬戸惑う。
3日間ほど立て続けにギフトを受け取っていたから、今日もあるものだと思いこんでいた。
フギトにも、休日があるらしい。
そのまま学校へ向かうと昨日と同じように健が昇降口で海斗のことを待っていた。
「よっす! 今日のギフトは?」
なんだか変な挨拶をした後、すぐに目を輝かせて聞いてくる。
「今日はないよ。ギフトにも休日があるみたいだ」
「なんだ、ないのか。楽しみにしてたのになぁ」
健は口を尖らせて文句を言う。
しかし、それを海斗に言われてもどうすることもできなかった。
予言の手紙を書いているのは海斗ではないのだから。
「まぁいいじゃん。今日は平和に過ごせるってことで」
「そうだな。ヒーローにも休日が必要だもんな」
2人は階段を上がりながら言う。
教室へ入ろうとしたところで中から飯田くんが出てきた。
2人と視線がぶつかった瞬間、気まずそうにうつむいた。
「おはよう飯田くん」
海斗がいつもの調子で言うと、飯田くんはようやく顔を上げた。
「おはよう……あのさ、昨日のことなんだけど……」
「大丈夫。誰にも言わないから」
海斗のセリフに健はやっぱり不服そうだ。
万引犯を野放しにしているという気持ちがあるのだろう。
だけど海斗は気にしなかった。
「ありがとう」
「でも聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「ちょっと移動しようか」
海斗は優しく言うと、健と飯田くんを連れて教室を離れたのだった。
「どうして万引なんてしようと思ったの?」
生徒のいない教室に入り、しっかりとドアを閉めてから海斗は質問した。
その瞬間飯田くんの顔色が悪くなったのを見逃さなかった。
「そんなの出来心に決まってんだろ。ほしいマンガがあって、でも小遣いがなくて、それで盗もうと思ったんだ」
黙っている飯田くんに変わって健が言う。
そんな健を海斗は睨みつけた。
「飯田くん。このことは誰にも言わない。だから話してくれないかな?」
青ざめている飯田くんはそれでも簡単には口を開かなかった。
棒立ちになり、何度も周囲を見回したりして落ち着かない様子だ。
「なんだよ、原因があるからハッキリしろよな」
健にせっつかれて飯田くんはビクリと体を震わせる。
「見てて思ったけど、飯田くんって誰かに怯えてるの?」
海斗の言葉に飯田くんは目を泳がせて、そして小さく頷いた。
やっぱりそうか。
飯田くんのことを昨日から見ていて、常に誰かに、何かに怯えているように見えたのだ。
「それって、誰?」
聞くと飯田くんは左右に首を振った。
ここで相手の名前を出してしまえば、更に怖いことが待っている。
そんな様子が見て取れた。
そのくらい、飯田くんは相手を恐れているのだ。
「もしかして、その相手からずっとイジメられてるとか?」
ここまで飯田くんが怯えているということは、もうそれしか考えられなかった。
自分たちの知らないところで飯田くんはイジメを受けていて、それで常に怯えるようになってしまったのだ。
飯田くんは唇を引き結んで頷いた。
「まじかよ」
健が目を丸くして呟く。
飯田くんはクラスでおとなしい方だけれど、イジメを受けている印象はなかった。
きっと相手は巧妙にイジメを隠して、人目のない場所で行っていたのだろう。
そう考えると腸が煮えくり返ってくるようだった。
そんな卑劣なヤツがこの学校にいることが許せない。
「それって誰だよ?」
健がすごんだ声で質問すると、飯田くんはまた体を震わせた。
「飯田くん、健は飯田くんをイジメたりしない。他の誰が相手でも、イジメたりはしないよ?」
海斗の言葉に飯田くんはようやく安心したように頷いた。
「大田くんと、秋田くん」
それはとても小さな声だった。
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