第9話
☆☆☆
それから健と海斗は目的の柿木書店へやってきていた。
狭い店内の奥へと移動していく。
壁一面の本棚には児童書や小学生向けのドリルが置かれている。
店の入口付近には女の子向けの雑誌や、今人気の少年漫画なんかも置かれている。
どうせならそっちで立ち読みでもしながら待ちたかったけれど、立ち読みに夢中になってしまう可能性があるので、興味のないドリルのコーナーまでやってきたのだ。
「どんなヤツが万引するんだろうな」
健がドリルを手にとってパラパラとめくりながら呟く。
「わかんねぇよ、そんなの」
ただ、とんでもないヤツだということだけは理解できる。
「それよりそれ、1年生向けのドリルだろ。怪しまれるからこっちにしろよ」
「ん? あ、そうだな」
健が海斗から5年生向けのドリルを受け取ったとき、店内にランドセルを背負った女子生徒が入ってきた。
一瞬身構える2人だが、クラスメートではなく6年生だったのでホッと胸をなでおろした。
「っていうかお前、めっちゃ緊張してんじゃん」
「健だって緊張してるだろ」
万引を止めるなんて初めての経験だ。
緊張していないほうがおかしい。
もしかしたら相手が逆ギレしてくるかもしれないし、本来なら書店員に手助けしてもらうのが最善だ。
学校で友人らが本屋で万引する計画を立てていたのを聞いた。
とか、そういう嘘をつけばきっと動いてくれる。
だけど、2人は昨日決めたばかりなのだ。
大人には相談しないと。
やがて6年生の女子が店内からいなくなり、しばらく暇な時間が訪れた。
店内の時計を確認するとすでに4時が過ぎているけれど、それらしいヤツはまだ来ない。
「まさか予言が外れたんじゃないだろうな」
健がそわそわした様子でそう言った。
「今までそんなことはなかっただろ」
きっとまだ犯人がここに来ていないだけだ。
そう思ったときだった。
自動ドアが開いて小学生の男子が1人で店内に入ってきた。
その顔を見て「あっ」と声を漏らす海斗。
相手は飯田くんだったのだ。
飯田くんは掃除当番を終えてようやく学校から開放されたんだろう。
一言お疲れと言いたくて近づこうとしたとき、健が腕を掴んで引き止めていた。
「やめとけよ」
「どうして?」
「あいつが万引犯かもしれないだろ」
健の言葉に海斗は目を見開いた。
本気でそんなことを言ってるんだろうか。
飯田くんみたいな真面目でおとなしい生徒は、万引とはほど遠い存在だ。
「なにバカなこと言ってんだよ」
そう言って健の腕を振りほどこうとしたときだった。
飯田くんが人気漫画を手に持つと、キョロキョロと周囲を見回し始めたのだ。
まるで近くに誰もいないことを確認しているかのように見えて、海斗は眉を寄せた。
なにしてるんだ?
そう思った時、飯田くんはそのマンガを服の中に隠したのだ。
「あっ!!」
思わず大きな声を上げてしまった。
飯田くんがこちらに気が付いて顔を向ける。
その顔は真っ青だ。
「バカ!」
健が海斗の頭を叩く。
その間に飯田くんはマンガ本を投げ出して店から逃げ出してしまった。
「くそっ! 追いかけるぞ!」
健に言われるがままに走り出す。
店を出てすぐに飯田くんの後ろ姿を見つけた。
走るのはあまり早くないようですぐに追いつくことがきた。
「おい、飯田!」
健が飯田くんの腕を掴んで立ち止まる。
その間にも海斗の頭の中はほとんど真っ白で、どうして飯田くんが万引を? という疑問ばかりが浮かんできていた。
「ご、ごめんなさい!」
飯田くんは健に腕を掴まれたまま深く頭を下げた。
体はガタガタと震えていて、目には涙が溜まっている。
「なんでそんなことしたんだよ」
「つい……出来心で」
健からの質問にしどろもどろになって返事をする。
飯田くんは今にも倒れてしまいそうで、心配になってきてしまった。
「本当に、それだけか?」
海斗が一歩前に出て聞くと、飯田くんはビクリと肩を震わせた。
まるでなにかに怯えているように見える。
「本当に、それだけだよ」
声だって震えているし、こんな状態で万引しようとするヤツがいるとは思えなかった。
なにか変だな。
そう思っても、なにが変なのか海斗にはわからなかった。
「どうする? 一応警察に通報するか」
健の言葉に飯田くんがハッと息を飲んで顔を上げた。
「そこまでしなくていいだろ。万引は止めたんだし」
「はぁ? 万引なんて繰り返すものなんだから、ここでしっかりしておかなきゃダメだろ」
健が言っていることは最もだ。
本来なら店員に相談して、警察を呼んでもらうほうがいい。
そのほうが後々本人のためにもなる。
だけど海斗は首を縦に振らなかった。
「今回は多めにみてやろうよ、な?」
「海斗がそこまで言うなら……」
健は渋々納得してくれて、それを見た飯田くんがホッと胸をなでおろしたのがわかった。
飯田くんは万引なんてするタイプじゃない。
きっとなにかがあったんだ。
海斗はそう思っていたのだった。
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