第6話

説明すると健は声を上げて笑った。



そう言う健だって海斗と同じくらいのタイミングで給食を食べ終えているから、随分と早かったはずだ。



そんな会話をしている間にグラウンドには次々と生徒たちが出てきた。



最初は男子生徒たちが多く、思い思いに遊具を使ったりボールを使ったりして遊び始める。



次に女子生徒たちはグループになってやってきた。



「来たな」



健が姿勢を正して身構える。



けれどその人数は多く、手紙に書かれているヒントは少ない状態だ。



本当に目を離さないようにしないと危険から守ってあげることはできない。



目を皿のようにして女子生徒たちを監視していると、2人組の女の子たちが駆け寄ってきた。



「平均台、貸してくれる?」



ネームには2年生と書かれていて、海斗は慌てて平均台から立ち上がった。



「もちろん、いいよ」



健もすぐに立ち上がる。



平均台は彼女らのふとももくらいまでの高さがあるけれど、ここから落ちても大怪我をすることはなさそうだ。



2人は大本命であるジャングルジムとすべり台とブランコが見える位置まで移動した。



その場所からだとどれも少し遠くなってしまうけれど、一気に全部見張るためにはここしかなかった。



今ジャングルジムには誰もいない。



滑り台は男子と女子合計5人ほどが順番に遊んでいる。



ブランコは男子2人が遊んでいて、女子と男子3人が順番待ちをしている状態だった。



と、そのときだった。



女子3人組がジャングルジムへと向かって行く姿が見えたのだ。



視線をそちらへ向けると、隣のクラスの女子たちであることがわかった。



5年生の女子たちは慣れた様子でジャングルジムを登っていく。



しかしその中で1人だけ少し危なかったしい生徒を見つけた。



あっという間にてっぺんまで登った友人2人に追いつこうと必死でジャングルジムを登っているが、高い場所が苦手なのか手足が震えているのだ。



登っていくスピードもすごくゆっくりで、友人2人が上から「がんばれ!」と、声を掛けている。



「なぁ、あれ」



「うん。ちょっと怪しいかもな」



健も同じようにジャングルジムの3人組を気にしているようだ。



2人は頷きあってジャングルジムへと近づいた。



「あのさ」



海斗がおずおずと声をかける。



上に座っている2人が怪訝そうな表情を海斗と健へ向けた。



「なに? ここは私達が先に遊び始めたんだからね」



1人がキツイ口調で海斗へ言う。



どうやら場所を開けろと言われると勘違いしているみたいだ。



「そうじゃなくて、大丈夫?」



慌てて、まだ上まで登りきっていない女子生徒へ視線を向けた。



女子生徒は返事をする余裕もないのか、海斗たちの方を振り向いて確認することもなかった。



「あぁ。カナエは今練習中なの。高い場所が苦手だから克服しようってことになって」



頑張って登っているのはカナエという名前らしい。



海斗はジャングルジムに手をかけるとスルスルとあっという間に上まで登ってしまった。



健はカナエの真下にいる。



「ちょっと、なんで男子が登ってくるの」



女子は不服そうな表情を浮かべているけれど、気にしてはいられない。



上からカナエの様子を確認してみると顔は真っ青で、手足は震えている。



本当に高い場所が苦手みたいだ。



「どうしてこんな状態になってまで登ろうとするんだ?」



「私達と一緒に遊びたいっていうから、じゃあ練習しなきゃねってことになったの」



「なんもジャングルジムで遊ばなくていいだろ?」



「だって私達、いつもここで内緒話をしてるんだもん。カナエはその話しに混ざりたいんだって」



内緒話しならもっと最適な場所があるだろうが。



海斗はそう思ったが口には出さなかった。



カナエは懸命に手を上に伸ばし、足をひっかけてゆっくりゆっくりと登ってくる。



もう少しで頂上に到着しそうだ。



「カナエ! 後、少しだよ、頑張って!」



友人に声を掛けられてカナエが上を見上げた。



青い顔をしているがニッコリと微笑んでみせる。



少し余裕が出てきたのか、周囲を確認したりもしはじめた。



この分なら大丈夫かな。



海斗がそう思った次の瞬間だった。



一瞬だけ強風が吹き付けた。



制服がはためいて体が持っていかれそうになる。



海斗はジャングルジムを強く握って体勢が崩れないようにした。



「うわぁ、すごい風」



隣に座る女子生徒がそうつぶやいたときだった。



海斗の視界に真っ青になったカナエの姿が写った。



カナエは強風によって恐怖心が蘇ってきたのか、またガタガタと震え始めている。



「おい、落ち着け!」



海斗がそう声をかけてもまるで聞こえていない様子で、手と足がバラバラに出て上に登ることも下に降りることもできなくなっている。



完全にパニック状態だ。



カナエにいくら声をかけても聞こえなさそうなので、海斗は「健!!」と叫んだ。



下で待機している健は「わかってる!」と声をあげる。



「カナエ落ち着いて! ゆっくりでいいから」



女子生徒たちも友人の異変に気が付いて声を上げる。



風はやんでいるし、今のうちなら一気に登ってくることができそうだ。



海斗がカナエへ向けて右手を伸ばしたその時、再び強い風が吹き抜けた。



さっきよりも強くてグラウンドのあちこちから悲鳴が上がる。



その瞬間、カナエの手がジャングルジムから離れたのだ。



風に煽られて手を離してしまったカナエが大きく目を見開く。



体が傾いて落下していく、その寸前。



海斗は思いっきり手を伸ばしてカナエの手首を掴んでいたのだ。



右手でカナエの腕を掴み、左手でジャングルジムを掴んで自分が落ちないようにした。



「カナエ!!」



それを見ていた上の2人が真っ青になってカナエに手をのばす。



だけど上に引き上げることは難しそうだ。



「2人共下に行ってくれ、カナエちゃんを受け止めるんだ!」



海斗が2人に指示を出すと、2人は青ざめた顔で頷きすぐにジャングルジムを降りていった。



下に3人もいれば大丈夫だろう。



カナエちゃんの体を完全に受け止めることは無理でも、クッションくらいにはなる。



「カナエちゃん、今から手を離すけどみんないるから大丈夫だからね」



海斗はゆっくりと声をかけて微笑んだ。



カナエちゃんを支えている右手はビリビリと痛くなりはじめていた。



片手で人間1人支え続けるにはさすがに限度がある。



カナエは今にも泣き出してしまいそうな表情で海斗を見上げて、頷いた。



それしか方法がないとわかっているみたいだ。



「下にはみんないるから、大丈夫だから」



声をかけながらゆっくりと手のちからを緩める。



カナエちゃんの体がガクンッと下がって、咄嗟に両手で右腕を握られてしまった。



カナエちゃんの体重が右腕にかかってしびれが増していく。



ジャングルジムを掴んでいる左手も痛くなってきた。



このままじゃ自分も一緒に落ちてしまうかも知れない。



不安を感じたとき、「大丈夫か!?」という野太い声と共に学年主任の先生が駆けつけてきた。



誰かが先生に伝えてくれたみたいだ。



学年主任の先生が真下へやってくると、両腕を伸ばしてカナエちゃんの足を掴んだ。



「よし! もう離してもいいぞ!」



そう声をかけられて海斗はゆっくりとカナエちゃんの腕を離した。



カナエちゃんの体は落下することなく、しっかりと学年主任の手に抱き留められた。



それを見てホッと胸をなでおろす。



周囲は拍手に包まれて、海斗と健は軽くウインクしたのだった。

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