第3話
「だとしたらさ、なんで海斗が受け取ったんだろうな?」
「さぁ、なんとなくとか?」
「なんとなくて選ばれるものなのか?」
「わからないけど。でもっすげーなー!」
海斗はあの手紙を取り出して目を輝かせて見つめた。
これを送ってきたのは誰なんだろう。
もしかしたら未来人かもしれない。
未来人は俺なら問題を解決する力があると信じて、託してきたのかも知れない!
そう考え始めるときっとそうに違いないと思えてくる。
海斗と健は興奮したまま帰路についたのだった。
☆☆☆
その日の夕飯時、海斗は今日の出来事を両親に伝えた。
「慌てて玄関から出たらさ、この箱が置いてあったんだ!」
食事の途中だと言うのに席を立ち、ランドセルの中から小箱を持って戻ってきた。
それを見た両親は互いに目を見交わせて微笑む。
「この中には、ほら、この手紙! 見てよお父さんお母さん!」
「ちょっと落ち着いて食べなさい」
父親から注意されたって落ち着いてなんていられなかった。
なにせ自分は未来を予知した手紙を受け取ったんだ。
その一部始終を話してしまわないことには落ち着けない。
「それで、放課後空き地へ行ったら本当にネコがいたんだよ、子猫!」
海斗は自分が助けたネコの柄や色まで丁寧に説明してみせた。
これが嘘ではないと理解してもらうためだ。
「だからさ、これは未来人が持ってきた箱で、俺なら助けられると思ったんじゃないかなって!」
よくやく最後までしゃべりきって大きく息をついた。
冷たいお茶で喉をうるおして両親を見つめる。
「未来人が来たのかも知れないけれど、とにかく今はご飯をちゃんと食べなさい」
冷たく突き放すような母親の言葉に海斗は息を飲む。
ここまですごいことが起こったのに、どうしてまともにご飯なんて食べていられるだろう。
そう思ったけれど、両親と自分の温度差に気が付いてなにも言えなかった。
「ほら、今日は海斗の大好きなハンバーグだ」
父親は話題をそらしてごまかそうとしている。
誰も信じていないんだ。
そう理解すると胸の奥がチクリと傷んだ。
信用してもらうために箱と手紙を持ってきたし、細かな部分まで丁寧に説明したのに……。
そう思うと今度は腹が立ってきた。
これだけ一生懸命説明しても信じてくれないなんて、やっぱり大人は子供を見下しているんだ。
だから、荒唐無稽な夢を見たと思い込んでしまっているんだ。
「嘘じゃない、本当のことなんだ!」
「いい加減にしなさい。そんな手紙まで準備して嘘つくなんて」
ついに母親は不機嫌そうな表情を浮かべてそっぽを向いてしまった。
こうなるともう、いくら説明をしても聞いてくれないだろう。
必死になって訴えれば訴えるほど、海斗の言うことは嘘になる。
海斗はうつむき、大好きなハンバーグも味がしなくなってしまったのだった。
☆☆☆
もう大人になんて相談しない。
夕飯の一件ですっかり気分を悪くした海斗がテレビゲームをする気にもなれず、お風呂から出るとそのまま自室に閉じこもってしまった。
ベッドの中に潜り込んでイライラとした気持ちをどうにか押し込める。
もうこのまま眠ってしまおう。
そう思った時だった。
軽いノック音がしてドアが開いた。
廊下からの光が室内を照らし出す。
「なんだもう寝てるのか」
部屋に入ってきたのは父親だ。
海斗はリモコンで電気をつけるとベッドの上に上半身を起こした。
「お母さんの言ったことをまだ怒ってるのか?」
父親は海斗の隣に座って聞いた。
「別に」
ぶっきらぼうに返事をする。
「お父さんは海斗の言っていることを信じるぞ」
その言葉に海斗は一瞬期待に胸を膨らませた。
しかし、それもすぐにしぼんでいってしまう。
父親の言葉を素直に受け入れることができるほど、海斗は子供ではなかった。
去年くらいまでだったら、まだその言葉を信じて元気になっていたかもしれない。
でも今は、大人は子供のために嘘をつくときもあるのだとわかっていた。
「無理しなくていいよ」
「無理なんてしてない。未来人からの手紙なんて夢があるなぁ」
そう言って笑われて海斗はムッと頬をふくらませる。
「俺をバカにしてるの?」
「バカになんてするもんか。お父さんは子供の頃宇宙人と交信してたんだぞ」
やっぱりバカにされていると感じた海斗だけれど、微かに微笑んでみせた。
父親の宇宙人との交信というのも、きっと当時の父親からすれば本当にあったことで、大人からすればただの嘘だったに違いない。
「だから、今度未来人から手紙がきたらお父さんにこっそり教えてくれ。お母さんには内緒でな」
父親はそう言うとへたくそなウインクを残して、部屋を出ていったのだった。
☆☆☆
翌日は7時に目が覚めてゆっくりと着替えをして朝ごはんを食べることができた。
母親はそれが嬉しいらしく、終始笑顔で鼻歌を歌っていた。
だけど海斗の心は晴れない。
もう二度と大人になんか相談しないと心に決めていた。
「行ってきます」
慌てることなく玄関を出た瞬間、海斗は息を飲んでいた。
昨日と同じ玄関先にあの黒い小箱が置かれているのだ。
海斗はとっさに振り向いて玄関がしっかり閉められていることを確認した。
周囲に人がいないことも目だけで確認して、小箱を取り上げる。
それは昨日と同様に白いペンで深谷海斗さまへと書かれているだけで、他には何も書かれていなかった。
心臓が早鐘をうち始めるのを感じる。
けれどここで開けるわけにはいかなくて、すぐにランドセルにしまい込んだ。
それから登校班と合流して「海斗くん、今日は珍しく遅刻しなかったんだね」と、6年生の女子に嫌味を言われてもなにも気にならなかった。
海斗の頭の中は小箱のことでいっぱいだ。
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