第五話 「千石書店」
そうして彼女と別れて、私は帰路についた。
午後は暇だからと、どこか寄り道して帰ろうとふと思いつき、いつもとは違う道を曲がって歩き始めた。
平日の昼下がり。人通りの多くない道には散歩をしているお年寄りとその孫の姿しか見当たらない。
日常の静寂に鳥の囀りと人間の靴が道路に擦れる音が響いている。
そんな空気は安らぎの得られるものであると同時に、私は静寂の寂しさも感じる気がした。
私は前を歩いている二人を見て、私は私も祖父とよく散歩に出かけたことを思い出していた。
早くに両親を事故で亡くし、祖父母のもとで育った私は根っからのおじいちゃん子で、前の二人の様によく一緒に散歩に行っていた。
その散歩でよく行っていたのは本屋だった。初めて店に入った時の、紙と本棚の優しい香りは今でも鮮明に覚えている。今思えば、私が本の沼に嵌ったのはこの頃だったかもしれない。
この時にたまたま表紙だけで選んだ本が声優が書いた著作だったことから私は声優を志したのだった。
そんなことを考えながら、懐かしいな。と物思いに耽っていると、
ふと一軒の建物に目が止まった。
いや果たしてこれは建物と呼べるだろうか。外壁は丸一面ほぼ隙間なくツタで覆われていて、さながら「屋敷」のよう。そして、入り口らしきドアと看板らしき物の部分だけはちょうど草が取り除かれてあった。
【千石書店】
その看板らしき板にはそう書いてあった。
幼い頃の思い出もあってか、私は変に興味が湧き、気づけばその書店のドアノブに手をかけていた。
冷たい鉄の感触が手のひらに伝わり、高揚していた気持ちが少し収まる。
ドアがきーと音を立てながらゆっくり開き、チリンチリンとドアに付いた鐘が静かに鳴った。
入り口から店内を見回すと左側にはカフェが。右側には年季の入った本棚がズラーと並んでいて少し異様な雰囲気を感じる。看板から、店内は本しか置いていないごく普通の本屋かと思っていたが、どうやら違うようだ。なぜ書店にカフェがあるのか不思議だと感じながら店の中へと足を踏み入れると、渋いアンティークの香りを染み込んだ空気が私を包んだ。
『 『 いらっしゃいませ 』 』
鬱蒼と茂った本棚の森から声が聞こえてきた。店の雰囲気にどこか合っていない気怠そうな低いその声が私の足を店の奥へと運んだ。
木漏れ日の書店 大槻アコ @otukiako
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