第三話 味噌ラーメン

「OKでーす。」

最後のシーンが録り終わり、そう音響監督が告げる。


リハと同様、本番でもNGは数回で済み、想定よりだいぶスムーズに進んだ。

やはり鮎河さんは、他の新人達とは一味も二味も違かった。

今後もアフレコで会うのが楽しみだな、と頭の片隅でぼんやりと考えていると「ぐ〜」と腹がなった。


私はふと壁に掛かっている時計に目をやった。


午後11時すぎ。昼食を食べに行くにはちょうど良い時間である。


私はそそくさとブースを出て、スタジオの近くの行きつけのラーメン屋に向かった。

店の前には行列が出来ていたが、並ぶか迷った結果並ぶことにした。

やはり背に腹は変えられない。そのくらいここのラーメンは絶品なのだ。


まだかまだかと待ち侘びていると、後ろから声をかけられた。

「凛さんってラーメンとか食べるんですね。」

少し驚いて振り返ると、そこにはさっきのアフレコで見たばかりの屈託のない純粋な笑みがあった。

「そうだけど。そんなに変?」

平生に戻り、そう答えた。

「いえ、別に。ただ少し意外だっただけです。」

彼女は店の外壁に貼ってあるメニューに目を移し、また私に、

「おすすめとかあります?やっぱこれですかね。」

と言い、私がよく食べている味噌ラーメンを指さした。

「そうだね。私はいつもそれかな。」

「じゃあ私もこれにします。」

「そう。いいんじゃない?」

「はい!」

彼女はまたあの笑顔でこう答えた。



店内に入ると券売機で安定の味噌ラーメンを注文し、券を店主に手渡して店の隅の席についた。


「味噌ラーメン2つ。どうぞ。」

普通のラーメン屋より少し大きめのどんぶりが机に置かれる。


「いただきまーす。」

私は正面の彼女を無視して一口目にありつく。

「んー!やっぱこれに限るなあ。」と私は笑顔で呟く。

そうして味わって味噌ラーメンを存分に堪能していると、彼女が微笑みながら話しかけてきた。

「凛さん。アフレコの時と全然印象違いますね。」

「そう?いつもこんなだと思うけどな。」

そんな会話をしながらも、私の箸は止まらない。

「凛さんって、新人の間では『近寄り難い完璧美女』って言われてるんですよ。」

「美女かどうかは置いといて、『近寄り難い』と『完璧』は余計だよ。」

「別に間違いじゃないと思いますよ?

私からしたら凛さんの演技は尊敬してもしきれないくらい凄いと思いますし、アフレコ中は真剣なオーラを纏っていますから威圧感を感じるのは無理もないと思いますよ。」

「そうなのかな。そんなつもり全然ないんだけどな。」

「あはは。でも私はいまの凛さんも好きですよ。カッコよくて尊敬しちゃいます。」

彼女はやや頬を赤らめそう言った。



そんな会話をしながら私は順調に食べ進めて行った。

あと一口くらいになった時にふと彼女のラーメンの器を見ると、ラーメンが半分以上残っていた。

「ラーメンあんま減ってなくない?」

私がそう聞くと、彼女は私にだけ聞こえる声で一言こう言った。

「なんか量多くないですか?私食べられないかもしれません…。」

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