第二話 リハ
「リハいきまーす。」
そう音響監督がマイク越しに告げると、ブース内の空気が変わる。
七月上旬。私は梅雨の肌に纏わり付く空気を背負いながらアニメの収録に来ていた。
いつもならこういった収録は九時半頃からだが、今日はキャストに新人の子が居る為、リハが長くなることを見越して、出来るだけ早くスタジオに来てくれとの事だった。
眠い目を擦りながらあくびを噛み締め、収録ブースに入り、先に現場入りしている先輩方に挨拶をした。
そして収録ブース特有のやや不安定なソファに座って台本を開き、自分で書き込んだメモを確認しながら読み直した。
今日の台本を一通り読み終えた頃、ちょうど例の新人らしき女の子が凛の元へやってきた。
「サニーオン所属の鮎河架澄です。本日はよろしくお願いします。」
屈託のない純粋な笑顔だった。
「よろしくね。」私は台本から目を離し、そう淡白に返した。
リハが始まり、収録ブースのモニターが点いた。モニターの前のマイクには序盤からセリフのあるキャスト達がスタンバイしている。その中にはこの現場が今回初めての鮎河さんも入っていた。
コマ振りされた映像が動き出し、セリフが次々と吹き込まれていく。一人一人吹き込んでいき、鮎河さんのセリフが来る。彼女の役は主人公の少女だ。第一話ではこの主人公の冒険の動機となる話が描かれる。だから、このアニメで一番と言っていいほど重要な部分なのだ。それに加えて、他のキャストは業界の名だたる人ばかりである。詰まるところ、物凄くプレッシャーがかかるのだ。しかし、その子は監督の演技の指導に的確に応えていき、順調にリハは進んでいった。
デビューしたての頃の自分とは大違いだな、とふと思いながら私はそれを見ていた。
物語は中盤に差し掛かり、私の吹き込むキャラクターが喋るシーンが来た。
物音を立てないようにマイクの前に立ち、深呼吸をする。
デビューしてからかなり経っているとはいえ、この瞬間はとても緊張する。
物語の中において一番最初のセリフは作品内の自分の演じるキャラクターの雰囲気やイメージがここで決まるからだ。
今回は駆け引きをする相手が新人だから尚更だ。
モニターの右上のコマ数が増し、自分のセリフのコマに近づく。
喋り始める前に一瞬彼女を横目で見た。
すると向こうもこっちを見ながら息を合わせようとしてきた。
私は驚いた。普通は新人はこんな事をやる訳がない。
というかそんな余裕がないはずなのだ。
やはり彼女は他の新人とは別格だなと思うと、私は俄然興奮した。
普段、新人に対しては絶対湧かない「食ってやろう」という気持ちが湧いた。
「おっはよ〜!〇〇ちゃん!」
その後も何事もなくリハは終わり、本番の収録に入った。
ー作者よりー
更新がゴミみたいに遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
ぜひ温かい目で読んでいただけると幸いです。
あと短くてすみません。三話もほぼ書けてはいるので近日中に投稿します。
大槻アコ
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