十八話・理想のヒロイン。

そして沢村さんとの件から一日日を跨いで水曜日のこと。この日、俺の薄かった人生に衝撃が走る。


いや、俺だけでなく学校中にだ。


「それでは今日は転校生を紹介するからな〜」


という。いつも通りだった朝のホームルームでの、夏林先生の一言によって。とにかく、男子を中心にその言葉を聞いて教室が騒然した。


そうだろうな。高校生になって転校生が来るなんてことそうはない。そして、陽キャだろうと宇宙人だろうと、男ならその存在に胸を踊らせないやつは居ない。


———そう、美少女転校生の存在に!!


「イギリスからの転校で分からないこともあるだろうから仲良くしてやれよお前ら。それじゃ入ってこい一条」


ま、待ってよ、転校生な上に帰国子女だと?!いやまて、まだ外国人ってことも...けどそんなの漫画でしか...こ、これで金髪だったりしたらそれは...


と、ゆっくりと開かれる教室の扉を眺めながら俺は人一倍胸を踊らせていた。


「失礼しますっ」


聞けば胸がきゅっと締め付けられるような声音を上げながらその転校生は俺達の前にその全貌を表した。


そして、俺は目を疑った。腰まで伸びた色素の薄い髪、そして日本人離れした端正な顔。極め付けは全てを見透かすような鳶色の瞳だった。


「今日からこのクラスになります、一条メアリです。不束者ですが、皆さん仲良くしてくださいねっ」


と、転校生の一条メアリは自己紹介をしたが、周りの陽キャたちはそれに反応せず、ただ彼女を見ていた。無理もないだろう、だってそれほどに彼女の容姿や存在感は圧倒的だったから。


「「「ウ、ウォォォオオ!!!」」


一拍置いてからそんな訳の分からない歓声のようなものが起きた。もちろん声あげているのは男子諸君だけれど、女子も一条さんを見てうっとりしながら拍手している。


「お前ら静かにしろ!悪いな一条。」


「いえいえ、私は何も」


「そうか、それじゃお前の席は〜」


皆んなが騒ぐ中、夏林さんと一条さんとの間でそんな会話が進んでいく。

俺はずっとドキドキしている胸を抑えながらその会話に耳を傾けていた。


「一条、お前の席は今日からあそこだ」


そう言いながら、夏林先生は窓際の方を指す。

確かその席は、一番後ろの席で、普通はすぐ隣にもう一つ席があるのだけど、そこにはない。一つだけ孤立した席だ。


しかし、一条さんは夏林先生の言葉にはすぐ反応せず、視線を徐々にこっちに向けてきている。


「あの、夏林先生。実は私、目がそこまで良くないんです。だからできれば私の席は...」


言いながら、一条さんは勢いよく手を振り下ろしながらとある席を指す。


「あの席がいいです!!」


「えぇっ?!」


驚きすぎた俺はそんな声をあげてしまった。だ、だって、一条さんは、俺の隣の天霧さんを見て言っていたから。


「うーん。そうだな、目が良くないのは仕方がないことだ。どうだ天霧、変わってやれるか?」


「断固拒否致します」


夏林先生に話を振られ、それに天霧さんは語気を強めて返す。こんなに皆んなの前で怒った表情をしているのは初めて見た。まぁ、いつも隠してる訳だし当たり前なんだけど。


俺がそんなことを考えていると、一条さんは場の空気など関係ないかのように続ける。


「そこを何とかお願いできませんかねえ、天霧さんっ、私本当に目がよくなくてぇ〜」


「チッ。何よその喋り方、ムカつくんだけど」


お互い一歩も退かずに、一条さんと天霧さんは言い合った。な、なんか、いつもの七海と天霧さんを見てるみたいだな。この場合、天霧さんが七海の方になるんだけど...


「な、なぁ、一条さん可哀想じゃね?目悪いのにあんな後ろの席なんてさ」


「だよな。でも、なんか揉めてないか?天霧さん凄い怒ってるし...」


と、そんな声が周りの陽キャ達の中から聞こえてくる。どうやら教室の中の空気は天霧さんではなく、一条さんに向いているらしい。


「なぁ天霧、ここは一つ頼みを聞いてやってくれないか?一条は転校生な訳だし、席を変えるくらいいいだろ?」


「な、夏林先生まで、それに席を変わるくらいって...」


天霧さんは苦虫を噛んだような表情で言うが、対照的に一条さんは余裕そうに「フフっ」と笑っている。


そして、暫くしてから全く納得のいっていない表情で天霧さんは再び口を開く。


「...分かりました。席を譲ります」


「本当ですか〜!!ありがとうございますっ天霧さん!」


ま、まさかあの天霧さんが折れるなんて...でも、多分これで終わるわけがないよな。


「はい、どうぞ。今日からここがアナタの席よい!ち!じょ!う!さん!」


言いながら、天霧さんは荷物やら教科書を持って窓際に去っていく。


そして...


「では、お隣失礼しますね、花山くん?」


「あ、えぇっと!は、はい!!」


や、やべぇ。表情筋が勝手に緩みまくってるのが分かる...しっかりしろ、せっかく隣の席になったんだから!


「うし、それじゃあそういうで初めに言ったがお前ら一条と仲良くしてやれよ」


夏林先生がそう言うと、クラスのほぼ全員が「はい」と返事をした。


最近、メンタルがボロボロになって悩みまくってたけど、良いことって本当にあるんだな。


だ、だって一条さんは、俺が思い描いた理想の青春ラブコメの中のヒロインのまんまなんだから!!

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