十六話・主人公。

「はぁ。何もかも憂鬱だ。」


昼休み。俺は一人、屋上でパンを口に運びながらぼやいていた。


あれからと言うもの、沢村さんとは口を聞いてないし、目が合えばさっきの籠った目で睨まれる。天霧さんに関してはなんか凄く気分が良さそうだし、本当にどうしたものかな...。


「俺の青い春...やっと来たんじゃなかったのか?」


まぁ、でも前よりは女の子と話したりする機会は増えたよな、うん。状況は悪いけどもしかすると、前より俺は高校生らしい青春を送っているんだろうか。分からないけど、そう言うことだと良いな...


その時、俺は閃いた。


「おい、もしかしてこれら王道青春ラブコメのための伏線なんじゃないのか!!」


だってほら、一度はヒロインと喧嘩したり仲が悪くなったりするけど、主人公はどうにか乗り越えてよりヒロインとの絆を深めたりするじゃん?


あ、でもそれって主人公だからできるのか。

現実で俺みたいな陰キャモブがそんなこと...いやでも、逆にそれができたなら俺も主人公ってことにならないだろうか?


そう思った矢先のこと。突然、屋上の出入り口が開かれる。


「おーいたいたー!おっす、花山〜!」


そんな声を聞いて振り返るとそこには俺と同じくパンを持った宮村が居た。


「み、宮村くん?!ど、どうしたの?」


「どうって、屋上にお前が居るのが見えたから一緒に飯でもって思って来たんだよ」


な、なんだ、その行動。少年マンガの主人公かよ。ん?少年マンガの主人公?ま、待てよ、それって俺に足りない部分じゃないのか?


「どうしたんだよ急に黙って、もしかして一人が良かったか?それなら俺は...」


「あ、ありがとう宮村くん!!」


俺は宮村の話を遮るように声を上げた。


俺はもちろん陰キャモブだ、そういう主人公だっているだろう。けど、俺が目指しているのは宮村のような主人公性。そして俺と最強の陽キャである宮村は真逆の存在なのに一年の時からこうして一緒に居る。


それなら、俺もなりきれるじゃないのか?宮村のような主人公に。


「お、おう。なんかいきなり感謝されて訳わかんねえけど、お前がそう言うなら良かったよ」


「う、うん!本当にありがとう!」


「そ、そんなに言われたら照れるだろうが!」


勿論、コイツみたいになれるかと言われれば無理だ。けれど、なりきれはする。普通の陰キャならこういう友達って関係で陽キャと一緒に居ることはないからな。けれど俺はもう一年以上宮村と一緒だ。


だからこそ、なりきれる。演じれるんだ。


そして今日はタイミングよく委員会がある日だ。だからその時は沢村さんと絶対に仲直りしてみせる。


******



そうして放課後。俺は予定通り図書室へと向かっていた。今日の活動ではこの間のような話し合いではなく、本棚や本の整理をするらしい。

そこで沢村さんと二人になれればきっと上手くいく。


そう思いつつ、俺は図書室の戸を開く。


「うぃ〜っす。お疲れ様でーす」


普段ならこんなことは言わない。けれど今日の俺は俺でなく、宮村のような主人公だ。


そんな態度を取っているとすぐに図書委員会担当の樋口先生が声をかけてくる。


「あっ、花山くん。沢村さん...とは一緒じゃないみたいね?」


「そうっすね。でも後から来ると思いまーす」


「あらそう。前みたいに図書室が分からなくて迷ってるとかじゃなくてよかったわ。ていうか、花山くん雰囲気変わった?」


よしっ!これは良いぞ。樋口先生でも雰囲気が変わったって聞いてくるんだから、俺は目に見えて主人公を演じられてるってことだ。


「いやぁ、そんなことないっすよ。いつも通りだと思いまーす」


「そうかしら?前はもっと真面目な感じだったと思ったのだけど。まぁいいわ、とりあえず全員揃うまで座ってて」


「う、うぃーすっ」


だ、だよなぁ。何となく陽キャを演じようとするとチャラさが出ちゃうんだよな。でも今日はこれでいくしかない。細かい話し方とか仕草の調整は相手によって変えていこう。


「...失礼します。」


と、考え事をする俺の耳に微かにそんな声が聞こえた。顔を上げるとと、出入り口から入ってくる生徒の中に沢村さんが居た。


よし。ここからだ、最初が肝心だぞ。


「よーっす、沢村さーん!こっちこっちー!」


俺が手を上げて呼ぶと、沢村さんはとても驚いて目を丸くした。しかし、すぐにまた今日一日俺を見ていた時の鋭い視線に戻る。

そして、沢村さんはゆっくりと俺が座る席の方へ向かって来た。


「え、えっと。座りなよ沢村さん」


や、やばい。やっぱ睨まれると怖すぎて自然と心の中の陰キャが出てくる。大丈夫だ、落ち着け、俺。


沢村さんはすごい険しい表情を浮かべながらも、俺の隣に座ってくれた。


「きょ、今日は本の片付けとかするらしいよーちょっとだるいよねー」


俺はもう一度主人公モードに戻って言ったが、その言葉に沢村さんは返事をしてくれない。

や、やっぱちょっとウザいのかこのキャラ。いや、そうじゃなくて沢村さんは昨日のことをまだ怒ってるんだろう。


「...たらし」


色々と考えている俺の耳に小声でそんな言葉が聞こえて来た。多分だけど、それを言ったのは隣の沢村さんだ。


「え、えーっと。何てったか聞こえなかったわー!もう一回言ってもらっていいかなー?」


「この...女たらしって言ったんだよ...」


「ひ、ひぃぃぃっ!!」


もう陽キャとか主人公とか全部忘れて俺は叫んでしまった。ゆっくりとこっちを見て返事をした沢村さんが怖すぎたからだ。


ど、どうしよう。まったく通用してないよ。主人公キャラで行けばもしかしたら許してくれるかもーとか思ったけど全然だった!


ま、まぁ、待て。問題はここからだ。別に今日の目的は話しかけること、じゃないからな。

この主人公キャラになりきって沢村さんと仲直りをする、それがミッションだ。


「えー、では今日の委員会をはじめます〜」


図書委員の生徒が全員集まったらしく、樋口先生が全体に向けて声をかけ始める。


よし、絶対にやるぞ、ここで仲直りしてついでに陰キャも脱却するんだ...!!!





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