三話・手紙。



俺が天霧さんのおもちゃになった翌日のこと。


昨日のことを思い出して重くなる足を無理矢理に進めて登校した俺はまだ教室に入れないでいた。



結局具体的に何をされるのかは分からないけど、あのノートのことをバラされるのだけは勘弁だし、マジ怖えぇよ。


そう思いながらも、覚悟を決めた俺はゆっくり教室の扉を開く。


「あっ、おはようございます花山くーん!」


「ほへ?」


予想外過ぎて口から変な声が出た。


教室に足を踏み入れてすぐ、天霧さんがこっちに向かって笑顔で手を振っている。


昨日の悪魔みたいな顔ではなく、いつもの明るくて本当に可愛らしい笑顔だ。



「そんなところで立ってないでこっちに来てくださいよ〜!ホームルームももう始まりますしっ!」


俺が思わず目を丸くしていると、手招きしながら天霧さんに再度声をかけられた。


いや、驚いて目を丸くしているのは俺だけじゃない。

周りの陽キャ達もみんなこぞって俺と天霧さんのやりとりを珍しそうに眺めいてる。


「あ、ええっと、うん。」


天霧さんに声を掛けられてるのに返事しない奴的な目で見られそうなので一応返事をした。


いや、だってこれもうね、月とスッポンが話してんだから周りはそうなって当然ですよ。



俺はそんなことを思いながら手招きする天霧さんの元へ向かう。


「今日は少し遅かったんですね、お寝坊ですか?」


「あ、いや、そういう訳じゃないかな。」


「ふーん、そうなんですか?」


と、席に着いても隣から天霧さんは話しかけ続けてくる。


やめてぇ、陽キャ達の視線怖いからぁ。

て、ていうか、天霧さんのこの態度は何だ。態度というより、現象?


昨日あんなことがあるまでは接点さえ無かったのに優しすぎるだろ、こんなのありえない。



「今日から授業も始まりますし、頑張りましょうねっ花山くん!!」


「そ、そうだね天霧さん。が、頑張ろう」


「はいっ!!」


な、何だこの客観的に見たら羨ましいやりとりは。


けど、油断したらダメだ。きっとこの天霧さんの笑顔の裏には何か企みがあるに違いないんだから。


「うーしっ席つけ〜ホームルームはじめるぞー」


俺と天霧さんが丁度話し終えたところで、チャイムと共に夏林先生が全体に掛け声をかけたその時。


「つ......?!」


すっと俺の机の上に天霧さんが二つ折りされた紙置いた。

咄嗟のことで訳がわからなかったので隣の天霧さんの方を見ると彼女は何事もなかったかのように黒板の方を向いている。


な、何なんだ一体。

色々と不安にも程があるけど、とりあえず今日一日は何があろうと、耐えるんだ。


そうじゃなきゃ、あのノートの中身をバラされて俺の高校生活はジ・エンドだ.....


そう思いつつ、俺は手紙を制服のポケットへ仕舞い込んだ。



******




それから時間は過ぎて昼休み。


俺は教室がある校舎ではなく、その近くに建てられている科学室やら視聴覚室やらがある特別棟のとある教室に足を運んでいた。


「あら、早いですねお昼ご飯は食べたんですか?」


しばらく歩き、特別棟2階のある教室にはいると、悪戯気な顔をした天霧さんがそこにいた。



「ま、まだだけど。と、というか、こんな所に呼び出して何の用......?」



問うと、天霧さんは口角をさらに上げる。


今朝のホームルーム前、天霧さんに渡された紙にはこう書いてあった。


「昼休み、特別棟の使われていない教室で待っています」と。


「そんなに怖い顔しないで下さいよ。私はただ花山くんとお話がしたいだけなんですよ?」


「い、いや。お話だけなら教室でもできるし、わざわざこんな場所に呼ぶ必要はないよね」



ビビり過ぎてくすくす笑う天霧さんの表情を見て、どんどん鼓動が早くなる。


一体なにされるんだよ、マジで。



俺が身構えていると、天霧さんは一枚の紙を取り出した。



「今朝登校した時、私の下駄箱にこんなものが入っていたんですよ」


言いながら、天霧さんは紙を持った手を俺の前まで伸ばす。


「な、なにこれ。」


「まあまあ、とにかく開いてみてください」


どことなく怪しいが、俺は二つに折られたその紙を開く。


「えっ、こ、これってどういう......」


中身を見た俺は、一瞬訳が分からなかった。


だってその紙には、


「奏司に危害を加えるな」と書かれていたから。


「仮説を立てるのだとしたら、昨日の私と花山くんのやりとりを誰かに見られていた、ということでしょうね」


「え、そ、それじゃもしかしたら、お、俺のノートのことも?!」


「もしかしたら、ですね。」


おいおい、何だよそれ。


天霧さんにバレただけでも一大事になってるのに、この学校にあのノートのことを知ってる奴がもう一人もいるとか、もう、絶望だぞ。



俺が困惑していると天霧さんは察したように声を掛けてくる。



「落ち着いて下さい花山くん。例えノートのことを知られていても、きっと何もありませんから」


「い、いや、そんなの言い切れないじゃん?!」


現に、天霧さんはノートを弱みにして俺をおもちゃにしようとしてるじゃないか!!


「手紙の差出人は花山くんに危害を加えるなって言ってるんですよ?この意味が分かりますよね」



諭すように問われた俺は、一旦パニックにな理想な頭を落ち着かせて、手紙をもう一度見た。


確かに、この手紙は俺を天霧さんから庇おうとしてくれてるのか、だったらノートのことを知っていても何もない......のか?



「はぁぁぁあああーー」


安堵した俺は盛大に溜め息を吐き出した。


よかったぁ。というか、これはチャンスなのでは?もしかしたら手紙の差出人に天霧さんから守ってもらえるかもしれないんだし。



しかし、そんな俺の考えは安直すぎたようだった。



「と、いうわけで。今日から差出人を探して見つけ次第、叩き潰すことにしますっ」


すっごい可愛い笑顔で天霧さんは魔王みたいなことを言った。


そ、そうか。差出人が誰であれ、相手はこの天霧さんなんだ......。


絶望しそうになっていると、不敵に笑いながら天霧さんは続ける。



「ねぇ、花山くん?貴方も私のおもちゃでいたいでしょ?」


「えっ、い、いやそんな訳ないよね?!!」


「へぇ?あのノートに可愛い女の子に振り回されたいって書いて..........」


「あぁー!ごめんなさいそうです!おもちゃです!!」


喚き散らすと天霧さんはうんうんと嬉しそうに頷いた。


もうほんと悪魔だよ。


「まぁ、そういうことで。あと、差出人がいい人だとは限りませんからね?」


「えぇ、そ、それはどういう......」


「花山くんのことを助けたいだけならいいですけど、この手紙の差出人の目的が私と同じだとしたらどうします?」


「ま、まさか、そんなぁ!!」


「ふふ、どうでしょうね」


い、いや、きっと天霧さんは俺のことを脅したいだけだ。


差出人が天霧さんと同じ目的ならまずは俺に接触してくるはずだからな。



「とりあえず、今日のところはそれだけです。それじゃ、また授業で。」


言いながら、天霧さんは俺を通り越して教室の出入り口に向かう。



「ちょ、ちょっと待って天霧さん!!」


俺が呼び止めると天霧さんは背中を向けたまま立ち止まった。


主導権を握られっぱなしも良くないからな、せめて考えてることくらいは聞いておかないと。



「気になったんだ。今朝とか、なんであんなふうに俺みたいなやつに優しく声をかけたりしたのかなって」


「いけなかったですか?」


天霧さんは背中を向けたまま言う。



「いや、いけないとかじゃなくてさ、どうしてかなって。昨日あんなことがあったばかりだし」


「あぁなるほど。つまり花山くんのことをおもちゃにした私が、何故急に態度を変えたのか教えて欲しいということですね?」


「あ、あぁ。そういうこと」


返事をすると、天霧さんはゆっくり顔だけで振り返る。


「そんなの決まってるでしょ?花山くんを誰にも渡したくないからですよ」


「え、えーと、俺を?」


「はい。花山くんは私のものですから。もちろん周りに私達に知られてはいけないという理由もありますけど」


な、なんかよく分からんな。


今天霧さんが言った関係を知られてはいけないってとこは分かる。けど、その前の部分はどういう意味なんだ?


首を傾げていると、天霧さんは少しはにかんでから続ける。



「私はね、自分のおもちゃを無闇に他人に見せびらかしたりはしたくないんですよ。」


「は、はい......?」


「私だけのおもちゃは私だけが知っていればいいんです。だから花山くんもよそ見しないで?」


そう言いながら口元に人差し指を当てた天霧さんは教室から出て行ってしまった。



なんか最後までよく分からなかったけど、今の会話のほんのワンシーンだけを切り取ればラノベにさえありそうな、そんなやりとりだった。


何だよこれ、急にドキドキしてきたじゃんか。



そんなことを思いつつ、少し遅れて俺もその教室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る