第二話・モブに慈悲はない。

あぁ、楽しかったなぁ俺の高校生活。

特に何事もなく、ただの空気だったけど、今はそれさえもかけがえのない時間だったってことが分かる。


だ、だって多分だけど、この後の俺の高校生活はきっと、もっと恐ろしい目に遭うから。


「そのノート、花山くんので間違いありませんよね?」


と、今しがた叫び声を上げた俺のことを真っ直ぐ見ながら天霧さんに問われる。


きっともう言い訳しても無駄だよなあ。中身見られたんだろうし。


「えぇっと。そう、です。」


「あーやっぱりそうだったんですねっ」


そう言う天霧さんはいつも通り優しい笑顔を浮かべていた。


「私も忘れ物をしちゃって、そしたら机のそばにノートが落ちてるのを見て拾っといたんです。」


あれ?なんか思ってた反応と違う......


「あっ、あぁ、そうだったんだ。ご、ごめん、俺なんかのために......」


「いいえ。今日からお隣の席同士ですからこれくらい当然ですよっ」


う、うわぁぁめっちゃ優しいいいい。


きっと中は見たんだろうけど気を使って何も触れないでくれてるんだ。


タイトルだけでも激イタなのに、もしかして天霧さんて天使か何かか?


「あ、あの、本当にありがとう天霧さん!そ、それじゃ俺、帰るね!!


そう言いながら俺は、天霧さんに深く頭を下げた。


そして机の中にしまってある休み明けテストの対策プリントを雑に取り出し、後退りするように出入り口の方へ足を向ける。


「......待ってください、私のおもちゃ」


俺の背後から天霧さんのそんな声が聞こえてくる。

あれぇ、何もありませんでしたオチじゃないの。


俺は恐る恐るもう一度天霧さんの方を見る。


「バラしていいんですかっ?」


「さっさと帰ろうとしてすいませんでしたぁぁぁぁああ!!」


天霧さんがとんでもないことを口走った瞬間、俺の身体は勝手に見事なフライング土下座の姿勢をとっていた。


そ、そうだよねえ。教室に入った時凄い怖い顔で笑ってたし、その時も今と同じようなことを言ってた気がするし、何もないわけないよねえ。


「頭を上げて下さい、花山くん」


「えっ、えぇ?」


戸惑いながらも俺は言われた通り頭を上げる。


「別に私は花山くんにそんなことをしてほいわけではありませんよ?」


「......と、いうと?」


「言ったでしょ、花山くんは私のおもちゃになるんですよ」



もうわけが分からなかった。


目の前にいるのは誰もが認めるほど真面目で学年、いや、学校中で人気のアイドルみたいな女の子だ。

そんな子が、俺をおもちゃにするって.....もしかして夢なのかコレ。


そう思う俺をよそに、天霧さんは話を続ける。


「私ね、日頃色々なストレスに耐えてるんですよ」


「あ、あぁ、そうだったんだ。それは意外だなぁ.....な、何か悩みでも?」


「うーん、例えば.....」


言いかけた瞬間、天霧さんの表情が鬼のようになる。


「毎日好きでもないカス野郎どもに言い寄られて告白されたりだとか、別にしたくもないのに親のせいで真面目に正しくとか.....」


そこまで言った天霧さんは息継ぎするように大きく空気を吸う。


ま、待てよ、何だコレ。こ、これが学校のアイドルの素顔だってのか。


単純に怖えぇって感じもあるけど、天霧さんみたいな順風満帆そうな子がこんな悩みを抱えてただなんて。


「だからもう、何かで発散しないと爆発しそうだったんですよ!!!」


「ひぃぃぃっっ!!!」


怪訝な表現な天霧さんに詰め寄られ、俺は情けない声で叫んだ。


俺は後退りしながらも、このままだと何をされるか分からないので言葉を返す。


「えっ、えと、その!具体的に何をすればいいんですかね!!!」


あわあわしながら必死に言うと天霧さんは少しはにかんだ。


「だから言ったでしょ?おもちゃって」


「お、おもちゃ、それはその、どういう.....」


「はぁ。説明しなくちゃ分からないんですか、これだからモブは」


も、モブ?!いや、間違ってないけど酷くない?!

あぁ、元あった天霧さんの印象がどんどん崩れて行く.....


「おもちゃというのは、私の言うことを何でも聞いて、好き勝手に遊ばれるということです」


「は、はぁ、なるほど.....」


文字通りかもだけど、それは言葉を変えると召使いなようにも思えるんですけど......


そんなことを思っていると天霧さんはまた怪訝な表情をする。


「もしかして、嫌、とか思ってやがります?」


「い、いやその、なんて言うか、言うことを聞けと言われても流石に全部は......」


「じゃあバラしますね、そのノートの中身はさっき全てスマホで撮影済みですから」


「すみません!!何でも聞きますから!!」



あぁ、誰かたちけて。これだと本当にモブからおもちゃにされちゃうよ。


「よかったです、やっぱりいい人ですね花山くんはっ!」


「あ、あぁ、ありがとう。」


何でだろう、こんな美少女に満面の笑みで感謝されてるのに全然嬉しくない。


そんなことよりこの先のことが不安すぎてなにもかんがえられないよ......。



燃え尽きそうな俺を横目に、天霧さんはスキップして教室の出入り口に向かう。


「それじゃ、また明日花山くん。これからがとっても楽しみですねっ!」


そう言うと、天霧さんは背中を向けて教室を後にしてしまった。



あ、あの。青春ラブコメの神様、俺なんか悪いことでもしましたっけ?泣


モ、モブに慈悲はないのかぁ......



******




天霧さんとの大事件後、俺は一人でとぼとぼ帰り道を歩いていた。


通学路の風景はいつもと変わりないけど、何だか朝通った時よりもどよんとして見える。


「あぁ、これからどうなっちゃうんだよ、俺」


家のすぐそばまできた俺は、そんな独り言を溜め息と一緒に吐き出した。


いや、一部の青春ラブコメアニメとかではね、ここから相手のヒロイン、この場合だと天霧さんと日々を重ねて仲良くなったりするんだよきっと。


けど、これは現実なわけでして。


そして俺が叶えたい青春ラブコメとはそんなものじゃないのだよ!!


もっと王道でイチャイチャにやにやなものなのだ!!!


「ねぇ、邪魔なんだけど」


俺が道端で妄想を繰り広げていると少々棘のある言葉が投げられた。


慌てて振り返る。


「あっ......」


目に映ったのは見慣れた少し明るいセミロングの髪と、くりくりと長いまつ毛を持ち合わせた大きな目、そして華奢な体躯をした女の子だった。


俺は彼女のことを知っている。

名前は西野七海。


学校は俺と同じ桜坂高校で、学年も同じ。

そして天霧さんと同じくらい端正なルックスを持っていて、所謂カースト上位の一軍女子だ。


そして、俺と七海は幼馴染だ。


「ねぇ、聞いてんの邪魔なんだけど」


「あっ、あぁ。って、道端そんな狭くないだろ?」


そう返すと七海はとても怪訝そうな顔になった。


昔は凄い仲良くて毎日遊んでたし、家も近いから家族ぐるみでの付き合いがあったのに最近はめっきりこんな感じだ。


「ウザ。何で私の言うことは聞かないのよ、陰キャのモブなくせに」


そう吐き捨てると、七海は俺のすぐそばを通り過ぎて行ってしまった。


今日はまた一段と毒のあることで。


ていうか、何だ「私の言うことは聞かない」って。

言うことを聞かないも何も、最近はずっと俺のことフルシカトしてただろ。


俺は不思議に思いながらも、辺りが薄暗くなってきたのでとりあえず帰ることにした。

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