一話・天霧さんと大事件。

ヒラヒラと散る桜を横目に、俺はもうすっかり通い慣れた通学路を自転車で走っていた。

河川敷の、よくラブコメ漫画とかで出てくるような道。ここを真っ直ぐ行けば我が校の桜ヶ丘高校はすぐそばだ。


春休みも終わり今日から新学期。

俺と同じ桜校の制服を着て歩く生徒達の中には休み明けで憂鬱そうな顔をしている奴もいれば、ゆらゆらとスカートを揺らしながらワクワクした表情の女の子も居る。


彼ら彼女らはきっとそれなりの日々をまた送るんだろうな、冴えない俺とは違って。

この道は風情があるし、好きなのだけど、どういうわけか、学校に近づいて行く度に弱気になってしまう。


そうして学校に着く頃には青春ラブコメどころか、その日一日をどうやり過ごすかで精一杯になってる。

ったく、春休みにあんな目標を立てたってのに、陽キャ見ただけでビビってどうすんだってーの。


そう思いつつ。そんな青春の色に包まれた花道を振り切るように俺は自転車の速度を上げた。


※※※※※※※



しばらくして学校に着いた俺は、駐輪場に自転車を止めて新学年の下駄箱へ向かった。


「うっし!また同じクラスだなー!」


「だね、今日からまたよろしく」


と、下駄箱のそばに貼り出されていた新クラスの名簿を眺めながらリア充同級生が声を上げた。


俺は......

人混みの後ろに立って控えめに名簿を見てみると割とすぐ自分の名前を確認できた。


今日から俺は二年二組らしい。


「見ろ、天霧さんだぞ。今日もかわいいなあ」


「マジその辺のアイドルより絶対可愛いって、同じ高校なのがレアなレベルだよ」


と、俺が名簿を確認し終えるのと同じタイミングで何やら周りが騒がしくなった。

俺も何の気なく、視線をその注目へ向ける。


「おはようございますっ」


瞬間、とてつもなく麗らかな声色が跳ねる。


特定の誰かにではなく、全体に向けて挨拶した彼女の名前は天霧茜。


容姿は女子高生という規格に収められないほど端麗で、おまけに親は大企業の会長を務める生粋のお嬢様だ。


「おはよー!天霧さーん」


「あっ、おはようございます桐山さんっ」


天霧さんはすっと、俺の横を通ると、今しがた挨拶を交わした桐山愛の元へ駆け寄った。


「見てみてー、私達二組だよー!」


「本当ですね、良かった今年も一緒ですっ」


「だねー!!」


二人はきゃぴきゃぴとはしゃぐように話し、自然と周りの空気が和む。


ちなみに、桐山さんの方もその可愛らしさと明るさで人気があり、学校の中では有名人だ。

って、待てよ?今、桐山さんと天霧さんは二組がどうのって.....はぁぁあ?!!!


お、俺、今日からこの二人と同じクラスなの?桜高ダントツ人気のこの二人と?!


「じゃあ行こっか、ホームルームそろそろ始まるし」


「はいっ、桐山さん」


驚愕する俺をよそに、二人は教室の方へ歩き出した。

い、いやね、青春ラブコメ的には物凄い良い展開だよこれは。けどさ、俺みたいなモブがあの二人と同じクラスになるとか、どう考えても割に合わなくない?


「おっす花山!ってか、見た?天霧さんと桐山さん。今日もめっちゃ可愛かったよな!」


と、不安になる俺の肩を叩きながら暑苦しい声で肩を叩いてきたのはサッカー部の宮村だった。


「あ、あぁ。そうだね」


「だよなー!!」


宮村は一年の頃からサッカー部のエースでそのうえ高身長のイケメンで所謂陽キャだ。なのに何故か前からこうして陰キャの俺に声をかけてくる。


「てか、今年から一緒のクラスだな俺ら」


「えっ?そ、そうなの?」


「何だよ、自分の名前しか見なかったのか?」


少し残念そうに宮村は言う。一体何が目的なのか分からないが、イケメンは俺にとって最大の敵だ。とりあえず適度な距離で接しなければ。


てか、同じクラスなのかよ......


「んじゃ、そろそろ俺らも教室行くか」


「あっ、あぁ、うん。」


返事をした俺は宮村を追いかけるように遅れて歩き出す。


そして、宮村に続いて新クラスの教室に足を踏み入れた俺は目を疑った。


女子は大体可愛い子ばかり、男子はイケメンと部活で活躍してるような奴ばかり......


いや、陽キャクラスかよぉおおおおお!!!


「ん?どうしたんだよ花山、早く席ついたらどうだー?」


「あっ、いや、う、うん。」


やばい、なんか俺以外全員がトラとかラインオンに見えてきた。もうね、元から備わった人間としての格をナチュラルに思い知らされてる気分だよ。


血の気が引くのを感じながらも、俺は自分の席へと向かう。


「あっ、花山さん?ですよね。今日からお隣、よろしくお願いしますっ」


「あぁ、うん、よろしくね天霧さん。」


は?

頭の中が真っ白になった。

よ、陽キャクラスのうえにあの天霧さんが隣の席なのかよぉおおおお。


あぁ、もう無理たちけて.....こんなクラスで俺みたいなモブがやってけるわけないだろ。


あぁ、青春ラブコメの神よ!!どうして貴方はいつも試練を与えるのですか!!!



*******




あぁー疲れた。始業式しかしてないのに。

そんなことを心の中で呟いた俺は放課後ら図書室を訪れていた。


図書委員以外は誰も来ないし、俺が好きな純文学作家の本があるのでよく来ている。


「にしても、無理だな青春ラブコメなんて」


だってさ俺、浮きまくってたもん。

周りはきらきらした陽キャ達。

その中に一人だけ放り込まれた俺。待つのは孤立して空気になる未来.....


ワンチャンいじめられるかもしれん。

幸い、入学してからそういう類の話は聞かないけど。青春ラブコメなんて夢のまた夢なのには変わりないよな.....


「はぁ。帰るかー」


溜め息混じりに独り言を呟いた俺はさっきまで読んでいた谷崎潤一郎の「細雪」を手に立ち上がった。


ん?ちょっと待てよ、確か今日休み明けテストの対策プリント配られたよな、あれ.....


本棚に本を戻してからスクールバッグの中を確認してもプリントは見当たらなかった。


「いや、マジかよ.....今から取りに行くのか?」


別に取りに行くことはいいけど、放課後の教室といえば陽キャの聖域なんだよなあ。

いや、でも、テストで悪い点を取るわけにも......


そう考えているうちに、俺の足は勝手に教室の方へ向いていた。

とにかく、陽キャがいても動じずにやりすごすんだ。空気になるのは得意だからな。


そう決心して数分後、俺は二組の教室前に到着した。

幸運なことに教室の中には誰も居ないらしく、誰の声もしなかった。


「し、失礼しまーす。」


ビビりすぎて教室の扉を開けながらそんな言葉が口から出る。


その時だった。


「っっっ?!?!」


中に誰も居ないと思って教室に入った俺の目にある人影が映った。


あ、天霧さんだよな?あそこ、俺の隣の席だし。こんな時間までなにを.....いや、まぁ、落ち着け俺。


教室に居たのが陽キャ男子じゃなく、天霧さんでよかったじゃないか。


「待ってましたよ、花山くん。」


え??


安心して自分の机に向かおうとすると、不意にそんな言葉が聞こえた。


い、今のって天霧さんが言ったんだよな?

しかし、天霧さんは背を向けてただ席に座っている。


「え、ええっと。待ってたって俺を?」


内心ビビり散らかしていたが、返事をしないのも失礼なので俺は言葉を返した。


しかし、天霧さんは返事はもちろん、振り返ることもない。



「あ、あのー天霧さん?」


気になった俺はとうとう天霧さんのすぐ隣まで言ってもう一度問う。

すると、恐ろしいことに気がついた。


あの可愛らしくて優しくて、学校のアイドルみたいな天霧さんが、顔を歪めて二ヘラと恐ろしい笑顔を浮かべている。


「ひっひぃぃ!!!」


と、驚いて声を上げながら目を背けた俺は、もう一つの恐ろしいことに気づく。


何故そこにあるのか全く見当もつかないが、俺の机の上に「青春ラブコメ補完計画」と、記されたノートがあった。


紛れなく俺のものだ。


「あ、あ、あ、あ、こ、これは.....」


自分でも分からないが、何かを必死に言おうと、勝手に口が動く。


するとすぐ真横から低く、背筋が凍るような声が聞こえてくる。


「.....見つけた、私のおもちゃ。」


「ひぃぃぃあぁぁあぁあぁぁあーーーー」

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