5話
「ほっ、よっと」
カメラ越しの加川君が軽快にひもの様に細い足場をステップしながら二足歩行のワニの様な怪物の攻撃を避けている。
いくら攻撃してもかすりもしない事にモンスターがイラついたのか大振りの攻撃をするがそれを余裕そうに避ける加川君。
「へっ、あばよ!」
攻撃を避けられて、たたらを踏んだモンスターに加川君は横から蹴りを入れる。
体制を崩したモンスターは断崖絶壁へと落ちていった。
「よっしゃぁ!」
「加川君!上だ!」
「えっ?」
完全にモンスターを倒したと思い油断している彼に警告する。
先ほど蹴落とされたはずのモンスターが上空から降ってきて加川君に嚙みつこうとしていた。
彼には数分前にこのダンジョンは上下の空間が循環していると伝えていたが忘れていた様だ。
加川君は咄嗟にモンスターの口との間に剣を差し込み防御する。
「うわわ、そうだった!」
彼はわざと足場から飛び降りる。
そして上空から現れると上段切りでモンスターを真っ二つにした。
彼の思い切りの良さには感心させられる。
「あっぶねぇ、油断したー」
「バカ過ぎない?ダンジョン入る前に…あいつが説明してたの聞いてなかったの?」
「わ、忘れてたんだよ。」
澁谷君は呆れた顔で加川君を見ながらモンスターをぶん殴って壁へとめり込ませていた。
「達郎の記憶領域は1ビットしかないから怒っても仕方ないよ」
「まあ、九郎の言う通りか」
「お前らなぁ!」
「今も、もう忘れてるし。」
「へ?」
馬鹿にされ憤る加川君に先ほど彼が真っ二つにしたモンスターの死骸が降りかかる。
「げぇええ!!」
「あっははは、ホント馬鹿!」
血を被り加川君は悲鳴をあげる。
彼が真っ二つにしたモンスターはまた穴へと落ちて上空から降ってきたのだ。
地面が網目状になっており所々大穴が空いているこのダンジョンは僕にとっては懐かしの場所だった。
あのヒトガタアリゲーター1種とこの空間には僕も苦労した。
なんて昔を思いながら彼らを眺めていると少し離れた所からヒドガタアリゲーターが2体ほどこっちに向かってきていた。
1体はそのまま細い足場を高速で走りながら向かってきて、もう1体は自ら穴へと身を投じた。
それを見て臨戦体制になる加川君と澁谷君。
森君はポケットに手を突っ込んで何もする気はなさそうだった。
「へっ、雑魚が何体来ようが…」
「血まみれでカッコつけないでよ。」
「俺の血じゃないっつの!」
僕はそれをボーっと眺めていた。
正直このダンジョンは彼らの実力を考えれば遊び場に等しい場所だ。
緊張感も何もない。
しかし、穴へと飛び込んだ1体が2人ではなく僕の方に突っ込んで降ってくる。
僕はどうしようか悩んだが倒すことにした。
相変わらず配信は見ている人もいないし、僕がでしゃばってしまっても良いだろう。
今日ここに来たのは特殊な地形をしたダンジョンに行きたいと言われたから来ただけだ。
このモンスターと戦った所で彼らの良い経験になるかと言われたら微妙な所だ。
そうだ、久々にあの遊びをしてみるか。
カメラ片手に僕はその場を動かずに上半身を逸らして攻撃を避ける。
そしてポケットに入れていたナイフを穴に向けて投擲する。
「俺を汚した罪、同族の血をもって償ってもらうぞ。うらぁ!」
「雑魚相手に盛り上がって馬鹿みたい。…あれ、そういえばもう1体は?………っ!」
加川君達も敵が弱すぎてごっこ遊びをし始めている様だ。
僕はそちらに一応カメラを向けながらアリゲーターの攻撃を最小の動きで避けていく。
さて、そろそろ…、あれ?
僕がトドメに向けて位置を調整しようとした時に澁谷君が鬼気迫った顔でこちらに凄いスピードで突っ込んできた。
モンスターを倒しにきたのか?
でも今来られるのは少し不味い。
「危ないっ!」
「危ないっ!」
僕と澁谷君はほぼ同時に叫んだ。
僕は彼女に飛びつき抱える様にして上空から降ってきたナイフを避ける。
そのナイフは僕を追いかけてきたアリゲーターに丁度突き刺さり抜けて行った。
「…」
「…」
僕と彼女は少し息を荒くしながら数秒見つめ合う。
もしかして彼女は僕を助けにきてくれていたのだろうか。
いくら僕が弱いとはいえ流石にルーキーの彼らよりは経験もあるしあの程度のモンスターに負ける事はないのだけれど。
あくまで補助監督役の僕は普段戦闘に参加する事はない。
なので彼女は本当に僕がとんでもない惰弱だと勘違いしているのかもしれない。
僕は苦笑して彼女にお礼を言う。
「え、えーっと、あっはは。僕を助けにきてくれたのかな?ありがとね。でも君達が今潜るのを許されている所程度だったら君らを守りながら脱出するのも問題ないから僕の事は気にしないで良いよ。」
それが、補助監督の役割である。
「う、うう」
「うっ?」
「うっさい!離せ!別に心配とかじゃないし!」
彼女は顔を真っ赤にして僕の腕の中で暴れ出す。
苦笑して僕は彼女を降ろしてあげた。
このぐらいの歳の子は素直じゃないものだと僕はおっさん臭い事を考えつつ。
頭上から降ってきたナイフとカメラをキャッチする。
「くらえぃ!ハイパーアルティメットソード!!ずしゃあっ!ドッカーン!………チリ一つ残さず………あれ?棗?」
離れた所でごっこ遊びが佳境に入った加川君の戦闘も終わった。
森君は退屈そうに欠伸をしている。
「っと、マジ最悪。おっさんに触られるとかマジで、ホント…」
「おーい!棗!」
加川君の呼びかけに気付いた様子がない彼女は両手で自分を抱く様にしながらブツブツと呟いている。
申し訳ない事をしてしまった。
年若い彼女に僕の様なおっさんに触られるのは嫌悪感が大分あるはずだ。
「まじ、ホント………すんすん。クソッ、匂いも、本当に最悪。………すんすん。」
「ご、ごめんね。澁谷君。………澁谷君?」
澁谷君は怨嗟の言葉を呟き続けながら自分の体の匂いを嗅ぎ出した。
僕の匂いがあれだけの接触で移ってしまったのだろうか。
僕はセクハラで責められている様な気になって顔が青くなってしまう。
彼女は僕の謝罪の言葉も聞こえている様子がない。
「おい、棗、無視すんなよ。何トリップしてんだ?」
「へっ?…うぇ!?ト、トリップなんてしてないし死ね!」
「ぐほぉ!?」
声をかけても反応しない澁谷君を訝しんで加川君は彼女の肩を叩くが手痛い反撃を喰らってえずいた。
腹部を押さえてうずくまる加川君。
「な、何すんだお前…」
「うっさい!もう私帰るから!」
「ええっ!?まだ1時間もたってないぞ!」
「あんたもその血まみれなの何とかしたいでしょ!臭いのよ!」
「はぁ〜?マジで帰んの?」
澁谷君は気分を損ねてしまった様でぷんぷん怒りながらダンジョンに入り口の方に行ってしまった。
加川君と僕は唖然とし、森君は相変わらずどうでも良さそうな顔をしていたのだった。
ーーーーーーーーー
「って感じでね、今日はいつもより大分早く終わったんだ。」
「成程成程〜、ご苦労、です!」
普段より大分早く終わったダンジョン引率の仕事の後、あの喫茶店へと来ていた。
彼女に特性を見てもらってから丁度2週間。
僕がこの喫茶店に来るのはこれで5度目となる。
今はカウンターでマスターのコーヒーを飲みながら伊藤君と会話していた。
家からそれ程遠くないこともあって僕はここに通うことに決めたのだ。
何故かって?
僕にとっては新たな気負わない交友関係は貴重なものだからだ。
かつての仲間達は皆引退し、会えば劣等感を刺激されるだけ。
新たに関わるのはルーキーの若い子達ばかり、そんな彼らはすぐに僕が不要になって会うこともなくなる。
なんだか涙が出てくる話だ。
「私は、今日は推しの過去配信見ながらトコドコのイベント周回をずっとやってて、ほら!」
彼女は、はにかみながらスマホの画面を見せてくる。
そこにはゲーム画面が映っていた。
可愛らしい3Dキャラとアイテム画面が見える。
「へぇ、それがこの前言ってた覇権武器って奴かな?」
「そうそう、です!素材集め、めちゃめちゃ苦労して、本当に辛かった、です。後ちゃんとイベントキャラもレベル上げして、ほらほら!」
彼女は嬉しそうに画面を操作しながら僕に色々見せてくる。
正直何がそんなに凄いのか僕には詳しくは分からないが彼女が嬉しそうにしているのは僕も嬉しかった。
マスターは僕達の様子を相変わらずニヒルに笑いながら見ている。
「俺には何の話かわかんねぇけどよ。あんまりのめり込み過ぎるんじゃねぇぞ」
「分かってるって!」
マスターにそれとなく嗜められる伊藤君。
この様子ではそれほど分かってなさそうだがマスターも強くは言わない。
伊藤君とはこの喫茶店に行く度に会っていて。
初めはぎこちなかった彼女も僕に段々と心を開いてくれる様になった。
「そういえば、伊藤君が言っていた羽宮るなさんの動画見たよ。」
「え!ほんとに!?何見たの?」
僕が彼女に最近おすすめされたバーチャル配信者(自分の動きに連動して動くバーチャルのアバターを用いてゲーム実況動画などを配信する人達)の羽宮るなの動画を見たと言うと嬉しそうにこちらに身を乗り出してくる。
「えーっと、ホラーゲームの7番ホームをやってた奴かな?」
「あれ見たんだ!途中で怖すぎて怒るシーンとかすっごく面白くて私も好き!」
「おい、珠ちゃん。敬語。」
「あ、ああ、ご、ごめんなさい…つい…。」
「はは、全然いいよ。僕は気にしてないですから、マスター。」
「あんまり、甘やかさないでくれよ。」
彼女は薄々感じていたが敬語が苦手の様で気分が乗ると、きやすい口調で話しかけてくれる。
マスターはあまりそれに良い気はしてない様だが、僕としては良い意味で気を使って貰ってない様に感じられて嬉しかった。
未成年にタメ口で話しかけられて喜ぶ中年というのはかなり犯罪臭がするので表立っては言えないけれど。
大丈夫、ちゃんと保護者のマスターの前でしか彼女と話してないし、ギリギリセーフのはずだ。
マスターは苦笑しつつスパゲッティを2つカウンターに置いてくれた。
「ありがとうございます。」
「ありがとう!おじさん!」
2人でスパゲッティを食べる。
伊藤君はカルボナーラで僕はペペロンチーノだ。
食事しながら伊藤君が僕の方をチラチラ見てくる。
「横山さん、ところで仲間集めは、その、順調ですか?」
「ああ、うーん、そうだね。今の所まだ全然だよ。」
僕の特性が判明した後、僕は仲間探しをする事にしたが難航している。
「伊藤君のアドバイス通りにSNSも使ってみてるんだけどね。これが中々…」
「そう、ですか…」
「あ、でも仲間集めなんてこんなものだから、2週間じゃ見つからなくて当たり前だよ。」
伊藤君が少し悲しい顔をしたのでぼくは努めて明るく振る舞う。
実際、僕の様なおっさんが仲間を探すのはかなり難しい。
かつての知り合いは皆引退し、若い子達は僕みたいなおっさんなんた相手にしない。
だからルーキーの引率係なんて仕事をしているのだ。
でも加川君達に僕の仲間になって欲しいなんて言っても難しいだろうな。
僕は澁谷君のあの嫌悪感に満ち満ちた顔を思い浮かべる。
しばらく客のいない店内でマスターと伊藤君と談笑していたが何名か入店してきた。
「ん、いらっしゃい。好きなところにどうぞ。」
マスターは相変わらず適当な接客で案内をする。
入店した3人の客は歳若くそれに大した反応も示さずテーブル席へと座った。
「あ、そうだ。私も仕事の準備しないと。横山さん、またね。」
人見知りの伊藤君は店内に人がいると会話が極端に少なくなる。
そしてどうやら本日は彼女のお客さんも来る予定らしい。
僕は手を振ってバックヤードに消えていく彼女を見送る。
僕もこのコーヒーを飲んだら帰るかな…
注文を聞きに行ったマスターを横目に見る。
マスターの手が空いたタイミングで会計を頼もう。
どうやら食事も頼まれた様でキッチンで食材の準備をし始めるマスター。
少し退店のタイミングを逃してしまったかな。
そうこうしてる内に伊藤君は怪しい占い師の様な格好となって空いているテーブル席へと座った。
そこに間を置かずに新たな客が入店してくる。
「あの、鑑定士の方は…」
「ん、ああ、いらっしゃい。そこに座ってんのがそうだ。」
その人物は金髪の若い男だった。
どうやら彼が彼女のお客さんの様だ。
彼は会釈をして伊藤君の方へと向かう。
うーん、もう少しいるか。
どうせ予定はないんだ。
僕はコーヒーを飲みつつ少しのんびりする。
しかし、仲間探しか。
SNSの僕の投稿を見る。
34歳、ダンジョン探索者歴20年。
車あります。前衛職です。
レベルは35相当です。
特性の関係で肌を晒さないと行けません。
よろしくお願いします。
#仲間募集
そのポストには何の反応もない。
こんな投稿じゃあ誰にも興味を持たれないだろう。
さて、どうしたものか。
「えーっと貴方は私の特性は敵の弱点の判別だと言いたいんですね?」
「え、えぅ、はい、そ、そうです。」
「なぁるほど、なるほどぉ〜、そうですかぁ〜」
ん?何だか伊藤君の席が騒がしいな。
それに様子が変だ。
普通鑑定士の彼女が結果を話すはずだが客側の方が会話をリードしている様に見える。
それに…、何だか伊藤君の様子もおかしい。
声色に恐怖心が出ている。
人見知りにしても過剰な気がする。
「これちょっと見て頂けますか?」
「え、えと、な、なんですかそれ…?」
「これはですね、有名なトップ鑑定士のガブリエルさんの鑑定結果です。私のね?」
彼は紙を取り出して彼女に突き出す。
「よく、見てください。ここ、特性の記載欄です。」
「え、えっと…」
「3%の確率で平均1.5倍のダメージを与えるって書いてありますね?これっておかしくないですか?何で鑑定結果があなたのと違っているんですかね?」
「いや、でも、その確かに私の鑑定結果では…」
「もしかしてですけどぉ~、鑑定能力もないのに適当な鑑定結果を伝えているんじゃないですよねぇ?それって詐欺じゃないですか?」
わざとらしく演技臭い口調で伊藤君を責め立てる金髪の若者。
それに違和感と嫌な予感があったが委縮している伊藤君が見ていられないのとマスターが怖い顔をしだした為、僕は仲裁に入る事にした。
「ちょっと良いかな。」
「…はい、何ですか?」
急に声を掛けられたというのに彼の反応に驚きは含まれていなかった。
というよりむしろ待ち構えていたように感じられた。
「僕は彼女の知り合いなんだけどね。君と同じ探索者だ。」
「はぁ、どうもどうも。」
彼は惚けた顔をして適当な返事をする。
僕をイラつかせようとしているみたいだ。
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど聞こえてしまってね。君の言っていることは誤解だよ。」
「はい?誤解?」
「鑑定士によって見える結果は違うんだ。いや、見え方が違うんだ。だから別に彼女は鑑定士を騙ってる訳でもなく、彼女の結果が間違っているわけでもない。」
「ほぉ、ほぉ。つまり、貴方はガブリエルさんの鑑定結果より彼女の方が正しいと?そう言ってる訳ですねぇ?」
「違う、どちらも正しいと言っているんだ。見え方が違うだけだ。よく見てほしい、その結果が両立する事を。」
「どちらも正しい?弱点の判別とクリティカルダメージが一緒だと言いたいんですかぁ?」
「見え方が違うと言っただろう。君の特性はおそらく二つの鑑定結果を統合すると弱点の判別とその弱点に与えるダメージが他の場所より増加する事だ。それに…」
僕はチラリと伊藤君を見た。
動揺が目に表れて凄い勢いでスイミングしている。
「彼女の鑑定結果の出方は少し特殊なんだ。ダメージの増加を定量化して伝える事は確かに出来なかったかもしれない、しかし、嘘をついてるわけでもない。逆にそっちのガブリエルさんの鑑定結果では弱点の判別なんて記載ないだろう。」
「つまり貴方はガブリエルさんの鑑定能力が彼女より劣っていると!そう伝えたいわけですね?」
「…会話が通じないな、僕の言うことを聞いているのか?」
僕の話を全て無視して彼は僕があたかもガブリエルさんとやらの鑑定結果にいちゃもんをつけているとレッテルを貼ってくる。
僕も段々とイラついてくる。
この金髪、身なりからと立ち振る舞いからの判断だが馬鹿には見えない。
鑑定結果が鑑定士によって見え方が異なる事、それとそれの真偽を判別する事が非常に難しい事を知っている様にも感じられる。
それを利用してイチャモンつけて何が目的だ。
僕が劣勢だと思ったのかマスターが加勢してくる。
「おい、あんた!他の客の迷惑だ。その子は間違いなく鑑定士だし、資格も持ってるよ。」
「あ、そ、そうだ、確かに持って…」
伊藤君は鑑定士を騙っていると思われて責められていると思っているのか焦りながらも鑑定士の資格証を取り出そうとする。
「鑑定士の資格なんてそれこそ金積めば誰でも取れる様な物なんて信用できませんね!」
こいつ、間違いない。
分かってやってやがる。
僕は金髪をただのクレーマーではなく何かの罠にはめようと鑑定を受けにきたとこの時点で確信を持った。
鑑定士の真偽性、そのあやふやさ、全て分かって、その上で彼女に鑑定を頼んでいる。
「大体、喫茶店の店主の貴方、貴方この詐欺鑑定士の保護者なんでしょ?身内ぐるみの詐欺とはねぇ?」
「お、おじさんは関係ない!」
「おじさんは関係ない?はぁ、つまり貴方単独での詐欺と、店主は利用されているだけ的な?」
「そ、そう言う事じゃなくて…」
「鑑定士を詐称して、その結果を信じた人がもし死んだらどうする気なの?貴方がやってることって殺人ですよ?」
マスターを庇おうとした彼女は逆に揚げ足を取られてしまって涙目となっていた。
恩人を虐められて僕は怒りのメーターがぶっ壊れそうになるぐらいイラつくが無理矢理落ち着かせる。
かなり不自然な状況だ。
金髪は明らかに僕らの動揺と怒りを過剰な程に煽っている。
感情のままに動くことは金髪の思い通りに動くことだ。
しかし、この店の中には僕より彼女を大切に思っている人物がいて、その人は既に堪忍袋の尾がズタズタになっていた。
「おい!てめぇ!俺の姪っ子をいちびってんじゃねぇぞ!文句あるなら俺に言いやがれ!」
マスターは胸ぐらを掴んでその金髪に食ってかかる。
「あ、ほら!皆さん見てください!反論出来なくなったら暴力ですよ!これがネットに蔓延する鑑定士詐欺の実情です!」
「ああ!?」
みな、さん?
その金髪はマスターではなく別の方向を見ていた。
そちらにはテーブル席に座った客がいる。
僕は彼らを見る。
思えば、彼らはこの騒がしい店内の中で不気味なほど静かだった。
相変わらずこちらをそれほど気にした様子も見せず、会話もせずにいる。
僕が気になったのは地面に置かれた鞄だ。
鞄の隙間から何か光るものが覗いている。
「ちょっと、それは?」
僕がそれに近づいていくとテーブル席の客が慌ててそれを掴んで席を立つ。
金髪はその様子を鼻で笑った。
「あー、お前らもういいよ。十分取れ高はある。」
「マジでビビったわ、ミッチー度胸ありすぎね?」
「こんな奴ら威勢だけだっつの。…離せよジジィ!もう良いって言ってんだろ!」
「ぐっ!」
「おじさん!」
金髪とその黙っていた客達は急に態度を変える。
マスターの胸ぐらを掴んだ手を逆に握り込んで外させる。
こいつらグルか。
そしてさっきの鞄から覗いた光り物はカメラ、か?
「君ら、何なの?」
僕はマスターと伊藤君の前に立つ。
彼は僕の問いかけに性格の悪そうな笑みを浮かべて答える。
「あ、自己紹介が遅れました。動画投稿者のミツルって言います。本日はですね、ネットの詐欺鑑定士に突撃しました!の撮影に来させて頂きました!」
「は?」
「ああ?登録者数10万人超えてる俺の事知らねぇの?ま、クソジジイだし、しょうがないか。」
彼はこちらを馬鹿にした様子でテーブル席へと座る。
そして不遜にテーブルへと足を乗せる。
「んじゃ、オフレコトークでもしますか。」
状況把握出来ない僕らにそう言い放つ金髪。
そして後ろにいる伊藤君が小声で呟く。
「や、やっぱり前田君達だ…うそ、どうして?」
それを聞いて僕は天を仰ぐ。
どうやらこの金髪のムカつくクソガキに僕らはいっぱい食わされ。
伊藤君と因縁のある相手の様だった。
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