3話

「じゃーな!おっさんまた明日も潜るから受付で集合な!」

「タツロー早く行くよ!」


ダンジョンを出た後、僕達は最寄りのダンジョン管理室に報告を済ませて解散した。


彼らはこの後まだ3人で遊ぶ様だ。

全く元気な事だ。

彼らにとってはあんな低級ダンジョンに潜る事など部活以下の事なのだろう。


だが僕も僕で今日は用事があった。

この後鑑定士に会う予定なのだ。


鑑定士。


それはダンジョンに関わる仕事において外で重要なファクターを担う職業の一つ。


ダンジョンの生物、物質が何なのかを詳らかにする事は最初は政府お抱えの研究機関の役割だった。


だが今の時代はダンジョンで第六感を開眼した若者達がその役割を担っている。


彼らは人によって精度や見える情報は違うもののダンジョンの物質を何十億とする機械に頼らずとも解明する事が出来る。


しかし、僕が今日行くのはダンジョンで拾った物の鑑定をしに行くわけじゃない。


僕の事を覧てもらうのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ほ、本当ですか?私にそんな力が?」

「はい、私の魔眼がそう囁いています。」

「は、はぁ…」


人もまばらな小さな喫茶店の一角で2人の人物がテーブルを挟んで相対していた。


一方は高校生くらいの女性で真剣に目の前の相手を見つめている。

もう片方は占い師の様なヴェールとフードで容姿は分からないが声から若い女性である事は分かる。

あれが僕が今日予約を取った鑑定士だ。


あ、怪しいな。


「ありがとうございました!早速今度試して見ます!」

「ふっふっふ、毎度ありです。」


依頼人の女性は清々しい顔をして鑑定士にお礼を言って喫茶店を出て行った。


僕は彼女が店を出て行ったのを確認すると鑑定士の対面の席に座る。


「はじめまして、予約をしていた横山です。続けてで大丈夫ですか?」

「ふひゅ!?………だ、大丈夫です。」


驚かさないように気を使って声をかけたが彼女は奇声を上げて肩をびくつかせた。

その声に僕も軽く肩を跳ねさせる。


カウンターにいる店主がこちらをジロリと見てくる。


「ご、ごめんごめん。僕の名前は横山。驚かせちゃってごめんね。」

「い、いえいえ。大丈夫ですよ〜。私は謎の美少女鑑定士Tと言います。………前払いとなっております。」

「あ、はいはい。」


僕は財布から虎の子の10万円を取り出して彼女に渡す。


鑑定士はダンジョンの生き物や鉱物などを鑑定するのと同様に人間の事も鑑定可能だ。

鑑定士によって精度や見え方に違いがあり、ゲームのステータスの様に数字で見る事が出来る腕の良い鑑定士は人気で依頼料自体が高額な事に加えて予約も1年先となっていたりする。


なので今相対している彼女の様な10万円の鑑定は相場からするとかなり安い金額だった。


「ほ、本日は特性の鑑定でよろしかったでございますね?」


「はい、お願いします。」


崩壊した敬語の彼女の言う通り僕の特性を調べてもらいに来たのだ。


ダンジョンは人々に力を与える。


そしてそこでは地上の常識やルールは通用しない。


特性。


例えば澁谷君は徒手空拳で戦うが、彼女が例えば加川くんの様に剣を持ったとする。


すると彼女の身体能力は大幅に落ちる。


それが特性だ。


彼女は武器を持たない事により身体能力が大幅に向上しているのだ。


それがダンジョンが彼女に与えた特性という事だ。


鑑定士が現れるまでは探索者は何となくの感覚でそれを認識していた。


しかし、昔は自身の特性を知るには手探りで確かめていくしかなかったが今は鑑定士のおかげでお金さえ払えば知る事が出来る。


「でで、ではお手をば…」


「は、はい。」


吃る彼女につられて僕も少し緊張してきた。


彼女に右手を差し出すと彼女は両手でそれを包み込む。

彼女の両手が淡く光り生暖かくなる。

手汗でぬめぬめしているし、少し震えていたのが気になったが2分もすればそれも気にならなくなった。


先ほどの女性には比較的普通にしている様に見えたし男が苦手なのだろうか。


無言で10分間手を合わせ続けていたが淡く光っていた彼女の手から光が消えた。

そして代わりに彼女の頬に朱がさした。

発光が終わってから暫く彼女は無言だった。


「あの、鑑定は終わったんですか?」


「ひぇ!………は、はい。えーっと、はい。」


鑑定中は控えていたが僕は彼女に声を掛けると肩を跳ねさせて焦った様子でうわ言の様に応答し、手を離す。


「そ、それで結果はどうだったんでしょうか。」


「あ、いや、えーっとそのー。」


はやる気持ちで問いかける僕に彼女はわたわたと慌てている。


「す、すみません!私では見る事が出来ませんでした!」


彼女はそして机に頭をこすりつけて謝ってきた。


「えっ?」


「私の実力が著しく悪い為に貴方の特性を知ることが出来ませんでした。私の様な若輩者ではなく、ベテランの方に見てもらう事をお勧めいたす、ます!申し訳ありません!お金もお返しいたします!」


彼女は早口でそう矢継ぎ早に言うと僕に10万円を突っ返してきた。


「えーっと、それはつまり僕に特性がないって事だったんですか?」


「い、いえ!違い、ます!私では見えなかったというだけできっと素敵な特性があるはずですので本当に私以外の方に見てもらえば!」


彼女は焦った様にそういうが僕にはそうは思えなかった。


特性の判別は鑑定士の技量によってはよく見えなかったり全てを知る事は出来ないとネットに書いてあった。


しかし、特性の有無の判別すら出来ないというのは聞いた事がなかった。


僕は顔を真っ赤にして慌てている彼女が優しさで僕に嘘を吐いているのだと思った。


こんな僕の様なおっさんが鑑定士に来るのは最後の一縷の望みをかけての事が多い筈だ。


きっと僕に特性は無かったのだ、けど彼女には言えなかったのだろう、寂れたおっさんの最後の望みを奪う事など。


「…分かりました。ありがとうございます。お金もどうぞ貰ってやってください。特性がないというのも鑑定結果の一つです。ありがとうございました。」


「あ、いや、ちょっと待って、下さい。」


気遣ってくれた彼女を傷つけない様に出来るだけ落胆を隠して彼女にお礼を言って僕は立ち上がる。


彼女はそんな僕にまだ何か言おうとするがそれを僕の次の彼女のお客さんが遮った。


「おい!もう終わったんだろ!早くしてくれよ!」


「へ、へひっ!わ、分かりました!あ、あのお客さんココ、コーヒーでも飲んで少し待っていて下さい!サービスですので!」


「ええ!?タマちゃん!?」


「おじさん、良いからお願い!」


「おい、早くしろよ!」


「は、はひ!こここ、こちらにどうぞ!」


待たされて怒る次のお客の青年の怒声。

テンパりながも僕を引き留めようとする彼女。

急にコーヒーのサービスを強制されて驚くマスター。

客の少ない喫茶店が一時騒然とした。


僕は遠慮して立ち去りたがったが鑑定士の彼女は次のお客さんへの対応を始めてしまった。


何も言わずに去るのも彼女が気にするかもしれないな。


僕は仕方なくカウンターに座った。

目の前のマスターがため息を吐きつつコーヒーの準備を始めた。


「ふう、悪いね。これはサービスだから、砂糖とミルクはいるかい?」


「あ、いえ大丈夫です。ありがとうございます。」


渋めのマスターは僕にホットコーヒーを提供してくれた。


何も入れずに一口。


「おいしいです。ありがとうございます。」


「はいよ、…あの子、俺の妹の娘でね。ちょっと人との会話に難があるんだが…、あんたに何か伝えたいらしい。悪いんだが、少し待ってやってくれないか?」


「わかりました、どうせやる事も無いですし、大丈夫ですよ。」


申し訳なさそうにお願いをするマスター。

どうせ僕にこの後の予定はなかったのでそれを了承した。


しかし、そうか僕に特性は無かったのか…。


脳裏に引退という言葉がよぎる。


ダンジョン探索の黎明期からの探索者だった僕。

20年間ずっとダンジョンに潜り続けてきた。

しかし下の世代にドンドン追い越され、新人の引率をして少額のお金を稼ぐ日々。


ダンジョン以外でのお金の稼ぎ方を知らないが、ダンジョンにこれ以上しがみ続けるだけの価値を僕は最早見いだせなかった。


そんな事は数年前から分かっていた。

それでもみっともなくも続けていたのは未練でしか無かった。

そして最後の望みの特性、僕の隠された能力に掛けたがそんなものは存在しなかった。


20年間のダンジョンでの日々が頭をよぎる。

しかし僕の追想は怒号によってすぐに打ち切られた。


「はあ!?てめぇ嘘ついてんじゃねぇよ!」


「ひ、ひぇええ、う、嘘は吐いてない、です!」


鑑定士のあの子が客の青年に怒鳴られていた。


「俺の特性が剣装備?そんなのとっくのとうに剣使ってるっつの!他に無いのかよ!」

「な、ななないです。剣で間違いないです!」


怒声に怯み吃りが酷くなりながらも弁解する彼女。

どうやら鑑定結果が納得いかなかった様だ。


「おい、あんた!」


マスターがそれに割って入る。


「納得いかない結果だったんだろうが、この子にはどうしようもないんだ。諦めろ。」


「ああ!?なんだてめぇ!関係ねぇだろ!」


「俺はこの子の保護者だ。文句あんなら俺が聞く。」


「…へぇーほぉー、探索者の俺にただのクソジジィが意見すんのか。」


クレーマーの青年はマスターに凄んで見せる。

探索者はダンジョン外ではその能力が制限される。

しかし、それでも一般人よりは遥かに強い。


「あ、あのあの、お、お金なら返しますから帰ってください!」


「止めるんだ、君は自分の仕事をちゃんとした。それをいちゃもんを付けられたからって報酬を捨てるのは今までの君のお客さんに対する侮辱に他ならない。」


マスターを守る為にお金を差し出そうとする彼女を僕は止める。

マスターと彼女を下がらせて青年に相対する。


「ああ!?なんだよおっさん!」


「探索者の外での暴力はただの犯罪に留まらない。探索資格をはく奪されるよ。マスターの言う通り結果を受け止めて大人しく帰るべきだ。君は若いんだ、特性を気にする必要もない、十分強くなれる可能性が…」


「ああ?うるせぇよ。クソジジィが。資格のはく奪なんぞ滅多な事じゃされねぇよ。」


僕の説得の言葉を遮り胸倉をつかむクレーマー。

彼の言う通り、若い探索者程、外で問題を起こそうが資格のはく奪までの罰を受ける事はない。


政府が探索者を保護しているからだ。


「よせ、僕も探索者だ。」


「はっ、だから何だよ。特性もないクソジジィが。」


「だからケガするから止めとけって言ってんだよクソガキ。」


「んだとコラ!ボコされんのはお前だよ!」


僕の言葉に激昂した彼は胸倉をつかんだまま殴り掛かってくる。


速いな。


流石、若いだけある。


だがダンジョンのモンスター程じゃない。



僕は拳がこちらに届く前に僕を掴んだ手を両手で掴み彼を投げる。


「があっ!」


そしてすぐに締め技を掛ける。

すぐに青年は外しにかかるが逃さない。


「外じゃあ、僕と君は人体の構造を無視して動ける程の力の差はないみたいだね」


「ぎ、ぎぎぎ………クソが!離せクソジジィ!」


「君が大人しく帰るなら離すよ」


「こ、このクソ!」


力を込めて僕の拘束を外そうとするが無駄だった。


探索者には不要だからこんなこまごまとした技術を習得している者は少ない。

彼に僕の拘束から逃れるのは無理だろう。

でもダンジョンの中では彼の方が強いんだろうな。

僕は彼の拘束を続けながら内心ため息をつく。


「わかった!わかったから離せよ!」


どうやっても僕から逃れる事が出来ない事を悟ったのか彼は音を上げた。


「くそっ!覚えてろよ!」


僕を睨みつつ漫画の様な捨てセリフを吐き捨てて彼は喫茶店から出て行った。


「はあ~、怖かった。」


彼が店を出たのを確認して僕は息を吐いた。

正直彼に勝てるかは微妙な所だった。

関節技が通じない程彼と僕に力の差があったら危なかった。


「おお、兄ちゃんやるじゃねぇか。助かったよ。ありがとな。」


「あ、いえ、同じ探索者のやった事ですから。それにダンジョンの中だときっと彼の方が強いですよ。」


褒めてくれるマスターに苦笑する。


「あ、あの、ありがとうございます。」


「はは、だから気にしないでよ。ごめんね怖い思いさせちゃって。じゃあ、僕は失礼しますね。コーヒー美味しかったです。」


鑑定士の彼女からもお礼を貰う。

僕は彼らに会釈して店を出ようとする。

しかし、後ろから彼女に服を引っ張られた。


「えっと、どうしたのかな。」


「あ、ああの、少し話良いですか?ちょ、ちょっと席で…」


「良いけれど…」


彼女に促されてまたテーブル席へと座る。


「おい、あんた飯まだか?スパゲッティは好きか?」


「え?ああ、すみません。ありがとうございます。頂きます。」


カウンターに戻ったマスターにお礼を言うと彼はニヒルに笑って料理をしだした。


マスターの調理する音を聞きながら彼女と対面する。


彼女はもじもじとしながら中々話を切り出そうとしない。


「えーっと…」


「あ、ありがとうございました!」


彼女は裏返った大声で僕にまた再度お礼をいって頭を下げた。


「あ、あの私、伊藤珠と言います。さっきはありがとうございました。」


「あ、ああ、気にしないでよ。伊藤さん。」


彼女はフードとヴェールを外す。

そこから現れた顔は僕の想像通り年若いものだった。

オドオドとしており視線があらぬ方向に行っている


「そ、それと、ええっと、そのすみません。」


「えっ?」


「あの、私う、嘘を言ってました。あ、あなたの特性が見えなかったって…」


「ん?ああ、気にしないでよ。気を使ってくれたんだろう?お金も返さなくていい。」


「ち、違い、ます。あの貴方に特性はあります。」


「えっ!?」


彼女の言葉に僕は驚いて大声をあげてしまった。


特性がある?この僕に?


「何で見えないなんて嘘を?」


「ど、どう伝えて良いか分からなくて…だから、ご、ごめんなさい。」


俯いて謝罪する彼女。

声の通り彼女は若いのだろう。

未成年かもしれない。


彼女の行為は褒められた事ではないが、それを強く責める事は僕には出来なかった。


「言いづらい特性なのかな、でも出来れば教えて欲しい。どんな結果であれ僕は文句言わない。約束するよ。」


「わ、分かりました。紙に書いても良い、ですか?」


「えっ、ああ、勿論。」


卓上メモに文字を書きだした彼女を眺める。

紙に書くなんてよっぽど言いにくい事の様だ。


しかし、そうか僕に特性あるのか。


彼女が言いづらいという特性だ。

期待してはいけないのだろうが僕はワクワクを抑えられそうになかった。


文字を書き終えた彼女は僕の方を上目遣いで伺う。


「あ、あの、私の鑑定スキルはちょっと変と言いますか、あ、私オタクの陰の者なんですけど、ふへっ、それが影響しているのか変わった形で鑑定結果が出まして、いつもは私が書き換えて伝えているんですけど、おじさんのはどう伝えて良いか分からないんでそのまま書いてます。なんで、そのおじさんの特性が変という訳ではなくてですね、もし変だとしたら私の方の問題なのでそんなに気にしないで頂けると…」


「見させてもらうね。」


小声でごにょごにょ言う彼女の手の中にある紙を僕は取る。

彼女には申し訳ないが、僕は気になって仕方がなかった。


さて、僕の特性はどんなものだ!



特性:【露出狂】


 見れば見られる程興奮する変態野郎。


肌を晒せ!衆人環視に己の裸体を晒すのだ!


それがお前を強くする!


己の全てを大勢に晒すのだ!


………


僕は紙を置いて天井を仰ぎ見る。


「あ、あの、本当に、私の鑑定スキルの問題だから、あんまりその、」


「すみませんでしたああああああ!!!」


「わ、ひゃあ!」


「うぉ、急にどうした!」


僕は年若い女性に知らない内にセクハラをかましておりそれを全力で謝罪した。


僕の隠された可能性。


それは性犯罪者の様だった。

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