2話
ダンジョン。
約20年前に世界各地に出現したそれは紀元前から綿々と続いてきた人間が解明し後世へと伝承してきたあらゆる世界の常識をぶち破った。
自然界にはありえない物理法則で成り立つ世界。既存しない元素で構成された物質。人間の、生物の新たな拡張性。
そして地球が誕生してからこれまで人間の想像世界でしか存在しえなかった生物達。
ダンジョンはまさしく新世界。
宇宙以上の神秘が地上に誕生したのだ。
社会は混乱し、狂喜しその未知を貪った。
そして現在。
ダンジョンはたった20年程で人間の社会の中に自然と組み込まれた。
以前は政府管轄の自衛隊や職員のみが侵入を許され、それ以外は違法侵入者とされていたが、今は公的機関が発行する許可証さえあれば誰でも入れる。
それも10年程前は満25才を超えてからの資格だったが今や15才へと制限は引き下げられた。
ダンジョン誕生以降、高校生達は原付バイクに代わってダンジョン探索者の資格を取るようになった。
今やダンジョンで活動する者達………探索者達のボリュームゾーンは高校生から20台前半だというのだから驚愕だ。
ダンジョンは危険な場所だ。
ダンジョンの生き物達は地球で食物連鎖の頂点となった人類達に久しく弱肉強食の真の意味を思い出させた。
ダンジョンに住まう彼らにとっても新たに現れた人間という生物は目新しい味なのか積極的に探索者達を襲う。
しかし政府はむしろそんな場所に若者を呼び込んだ。
理由は単純だ。
若者の方がダンジョンでは強いのだ。
ダンジョンは新たな拡張性を我々に提示し人間を新たなステージへと進化させた。
科学によって人間は己の五感や機能を拡張し外部のマシーンによって能力を向上させてきた。
しかし今や人間達はダンジョンから得た力により自分の肉体のみで2メートルを優に超えるジャンプを軽く飛び。己の肉体から発火、雷などの自然現象を起こす事すら可能になった。
そしてその力は地球の物理法則にどっぷり浸かった人間はお気に召さないのか老人より若者の方がその恩恵を多く受ける。
それが政府が子供達をダンジョンに引き込もうとしている理由だ。
政府のプロパガンダは功を奏して今や未成年に人気の職業はダンジョンに関する仕事である。
危険だけど稼げて、尊敬されて大人より子供が主役の場所。
それが若者達がダンジョンに対して持っているイメージである。
そしてそれが今年34歳となる僕が自分の半分も生きていない子供達の雑用係件カメラマンとしてダンジョンに潜っている理由の一つだ。
「おーい!誰かカバー!」
目の前でまだ最近高校1年生になったばかりの子供と巨大な触手型の化け物が戦っている。
彼は素早い動きで襲いかかる触手を切り捨てて攻撃をかわし続けている。
しかしその対応に追われて近づこうにも近づかない様子だった。
埒が開かないと思ったのか、少年。加川達郎くんはイラついた様子でチームメンバーに助力を求めた。
それに華奢で長身な彼の仲間、森九郎くんがため息をつき
彼が戦っていた加川くんが相手しているのよりは大分小さい触手モンスターから一度距離を取って左手を構える。
「沈下しろ」
そう唱えると彼の左手の人差し指にはめられている指輪の宝石が美しく発光する。
光に呼応するように地面が突如陥没し巨大触手モンスターは体勢を崩した。
「サンキュー!クロウ!」
それに勝機を見た加川くんは一瞬で距離を詰める。
急な状況の変化に思考がスタンしたのか触手は何もできない。
大きく剣を振りかぶる加川くん。
「くたばりやがれぇ!」
「タツロー邪魔!」
「えっ?」
しかし加川くんのトドメの一撃は急に割り込んできた少女によって横取りされた。
少女は彼を蹴り飛ばすとそれでつけた勢いのまま触手本体に突撃し奴の体を蹴りで貫いた。
「はい!私!澁谷棗がボスを倒しました!」
彼女は華麗に着地した後カメラを構える僕に向けて決めポーズをする。
「チャンネル登録と高評価をお願いします!」
自分が相手していた小型のモンスターを投げナイフで屠った森も彼女の横に並び立ち決めポーズをする。
「ギフトも遠慮なくドシドシ送って下さい。」
「クロウ!あんまりそういう事言うと叩かれるよ!」
「心配ないよ。視聴者なんて殆どいないんだから」
「まあ、そうだけどさぁ〜。」
「てめぇらぁ〜!」
俺の構えたカメラの前で和気藹々と会話する彼らに先程蹴り飛ばされて地面を転がった加川くんが憤怒の表情で近づく。
「お前らリーダー差し置いて何してんだ!ナツメも俺の活躍を奪うな!」
「え〜?だってタツロー手こずってたじゃん。」
「トドメ刺すところだっただろーが!」
「達郎。カメラの前だよ。」
2人にくってかかていた加川くんだったが森くんにカメラの存在を指摘されるとこちらを向いて下手くそな愛想笑いをしながら近づいてくる。
「俺の完璧な作戦のおかげで無事触手モンスターをぶっ倒せました!今日はこのままダンジョン最奥まで行くからチャンネルはそのまま!」
カメラに向けて人差し指を向けてそう宣言する加川くん。
そしてチラリとカメラの上部から投影された画面。
視聴者のコメントが映し出されるはずのホログラムを彼は見る。
「…あれ?なんもコメントないけどちゃんとライブ配信してる?おっさん。」
「ちゃんとしてるさ加川くん。」
「でもコメントないけど?」
「それは見てる人が0人だからだよ加川くん。」
「…」
僕が話した真実に加川くんは数秒フリーズ。
そして頭をガシガシとかくとまた騒ぎ始める。
「かぁー!何だよ!折角華麗にモンスター倒したってのに!」
「すっ転んだ所見られなくて良かったじゃん」
「お前の所為だろうが!」
加川くんはひとしきり騒ぐと地面に寝っ転がった。
「あー!つまんねぇ!何時までこんな過疎ダンジョンに潜ってなきゃいけないんだよ!さっさと未踏破ダンジョンに行ってドンっと金と人気稼ぎてぇよぉ!」
「欲まみれ過ぎていっそ尊敬するよ」
「んだよぉ。ダンジョン潜ってる奴なんて大体そんな物だろ?」
公称は東京都小規模ダンジョン第54番。
俗称はルーキー訓練場。
それが今僕達が潜っているダンジョンだ。
若い番号のこのダンジョンはとっくの昔に探索者達に内部を狩りつくされ貴重鉱物も取りつくされており僕達以外に探索者はいない。
「なあおっさん。おっさんもこんな雑魚しかいないダンジョンより最前線行ってヒーローになりたいだろ?」
「うーんそうだね。僕は・・・」
「タツロー可哀想な事言っちゃダメだって。」
加川くんは話に入っていなかった僕に自分の意見の擁護を求めた。
それに返答しようとしたが澁谷くんに遮られる。
「そんな所に連れてったらこんな奴直ぐ死んじゃうよ。」
彼女は口元は笑っていたが目は侮蔑の感情で満ちていてその目を僕に対して向けていた。
「お、おいおい。酷い事言うなよ。」
「はあ・・・、ねぇクロウ。何時までこの補助監督付きでないと行けないの?それにタツローじゃないけど初心者向けダンジョンはもう十分じゃない?」
目の前にいる三人。
高校生になったばかりの彼らがダンジョンに潜り始めたのは1か月前だ。
政府は未成年達をダンジョンに呼び込んだが外的な安全対策のアピールとして未成年者のダンジョン探索者には半年間ベテラン、つまり経歴の長い探索者を補助監督として付ける事を法律で義務付けた。
そしてその間潜れるダンジョンは補助監督の技量などによって政府が制限している。
「仕方がないよ。僕らが今潜れるのはこのレベルだよ。しばらくの我慢だ。」
「いや、だからさぁ。別のもっとまともな補助監督探せば良いじゃない。」
「補助監督探しを僕に一任したのは君らでしょ。今更文句言わないでよ」
「だってさぁ」
森くんと澁谷くんが僕について揉めている。
それを僕は苦笑いしながら眺めていると同じく会話の蚊帳の外にいた加川くんに肩を組まれる。
「なぁおっさん。やっぱ男なら未踏破ダンジョンの最前線行って超つえーボスぶっ倒してヒーローになりてぇよな!おっさんって何で探索者やってんの?」
「えーっと僕はね・・・」
「そんなのそれ以外出来ないからでしょ。」
「だからお前なぁ!」
また僕の言葉は澁谷くんに遮られる。
加川くんはそれを責める様に声を上げるが彼女に睨まれると言葉を詰まらせる。
「何でそんな奴庇うのよ。いい歳していまだダンジョンにフリーで潜ってる奴なんて社会不適合者だってママがいつも言ってるもの。外じゃまともな仕事に就けないからいまだに私たちみたいな若者に寄生虫みたいについてダンジョンにしがみついてるんでしょ?」
その言葉に黙り込む加川くん。
実際彼女の言っている事は間違っていない。
今、ダンジョンのメイン層は彼らの様な若者だ。
僕の様なおっさんは見切りをつけて外で転職するかダンジョン関連の別の仕事に就くようになった。
未だに僕の様にどこに所属するでもなくダンジョンに潜るような層はホームレスや経歴に傷があるもの。
外でまともな職に就けない人ばかりだ。
彼女は言いたい事は言ったのか鼻を鳴らしてダンジョンの入口の方までスタスタと歩いていく。
「おおーい!棗!どこ行くんだよ!」
「帰んのよ!奥まで行ったってどうせ何も無いんだから!」
森くんは無言で彼女に着いていった。
「はぁ・・・。しゃーねぇな。おっさんも帰ろうぜ」
「うん。ごめんね僕の所為で。」
「気にすんなって!俺が有名になったら発売する予定の自伝におっさんの事一行ぐらいは書いてあげるから元気出せよ!」
「ははは・・・」
走って先行した二人の方へと向かっていく加川くんを見送る。
僕は持たされていたカメラによる配信を止めると彼らより半分以下のスピードで走り始める。
何のためにダンジョンに潜っているか、ね。
僕はダンジョンが発生して直ぐに金稼ぎの為に潜り始めた。
言わば黎明期の探索者だった。
しかし、旧い世代は新たな若者達に追い越され、進化していくダンジョンの最前線を走り続ける事も叶わなくなった。
そして今やこんな何も残されていない踏破されつくしたダンジョンで若者の雑用係をやって日銭を稼いでいる。
自分の半分も生きていない子供たちに軽蔑され、同情されながら。
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