【朗報】おっさん、ダンジョンで全裸(ライブ配信中!)

@kikikuki

1話

勝負所を間違えるなよ。

間違えた人間は一生底辺を彷徨う事になって野垂れ死ぬ。

それが早かったにせよ遅かったにせよだ。


これは誰の言葉だったか、胡散臭いセミナー屋か、それとも僕の育ての親か。


僕は戦況をカメラ片手に眺めながらそんな下らない考え事をしていた。


美少女と野獣。


そんな題名を僕は目の前の戦いにつけた。


成人男性の3倍はある巨大に筋骨隆々な体を真っ黒な毛覆わせているそいつは化け物と呼ぶに相応しく、それに相対するのはまだ成人にもなっていない女の子だった。


獣が暴れる度に周囲の地形は壊れていく。


少女はその攻撃を踊る様に危なげなく避けていた。


まるで舞踏の様だ。


「棗!もう十分だ!」

「遅い!マジで死ぬかと思ったっつの!」


そのダンスは割り込んできた男の声によって終わりを告げだ。

ナツメと呼ばれた彼女は隙を見て獣から大きく距離を取る。


「ぶうおおおおおおお!!」

「へっ、猪野郎!かかってこいや!」


ダンスのパートナーを取られた獣は怒り狂い割り込んできた間男に突進していく。

間男の方は大剣を上段に構えてそれを待ち構える。

その剣は刀身が赤く輝き、光を放ち始める。。


獣は男との僅か十数メートルの距離を砂埃を上げて凄まじいスピードで突っ込んでくる。


剣の間合いに入った瞬間。

獣は勝利を確信したはずだ。

何故なら剣はいまだ振り上げられたままなのだから。

振り下ろす前に自分のぶちかましが決まる。

そう思ったはずだ。


だが突如両者の間に落とし穴が現れる。

その穴に足を取られて獣は男の目の前でつんのめってすっ転ぶ。


その穴は当然事前に仕掛けられたものではない。


その現象を発生させたのは離れた場所で右手を彼らの方に突き出した格好で涼しげに立っている長身の男。


急いで顔を上げる獣。


しかしもう遅かった


目の前には不遜に笑う男。


「大切断!」


必殺技の様に技名を叫んだと同時に男は剣を振り下ろす。


周囲に地響きを起こすほどの強烈な一撃は獣の身体を真っ二つに両断した。


「しゃあっ!」


恐ろしい化け物を難なく一刀両断して屠った男。加川 達郎は大きく跳躍して僕の前、つまりカメラの前に来ると決めポーズをする。


「大・勝・利!煉獄の辺境の大ボス、ミノタウロスをぶった斬ったのはこの私!加川達郎、加川達郎でございます!」


カメラの前で大騒ぎする少年に反応するのは目の前で苦笑する僕だけではない。


レンズを通してリアルタイムにその光景を見ていた人達、視聴者の反応はカメラの上に投影されたコメント欄に映し出されていた。


:選挙カーかな?

:煉獄の辺境?羽田小町第3迷宮だろここ

:中2乙。ボスじゃなくてそのダンジョンの中級モンスターね、それ。後ミノタウロスじゃなくてハタギュウな。

:男邪魔。ナツメちゃん映せ。

:他のメンバーのおかげだろ。

:タツローきゅんかわいい♡


中々辛辣な反応だがコメント欄の彼らも本気で加川くんを罵倒してるわけではない。

そういうノリ、と言う奴だ。


「俺を褒めてくれよぉ!」


加川くんが屠ったミノタウロス、いやハタギュウと戦う際にはひとつ注意事項があり、それを事前に彼らに伝えていたのだが彼はその事をすっかり忘れている様でコメント欄と戯れている。


同じく忘れているのだろう澁谷棗も無防備にこちらへと走ってくる。


その後ろで真っ二つに両断された筈のハタギュウがそれぞれ別れた体を起こして立ち上がるのが見えた。


:しむらー!うしろうしろー!


「ん?」


コメント欄の指摘にピンと来ない顔をする加川くん。


ハタギュウの片割れが岩を片手で持ち上げている。


仕方がない。

あまり配信中にでしゃばりたくないがそうも言ってられないだろう。


「澁谷くん!後ろだ!まだ終わってないぞ!」

「えっ?…っ!」


僕の言葉に澁谷くんは後ろを見て直ぐに回避行動をとった。

数秒後彼女がいた場所に大岩が着弾する。


「うぇえ!?まだ生きてんの!?」

「ハタギュウは体内のコアと呼ばれる部分が壊されない限り例え右腕だけでも独立して動き続ける事ができるんだ。」


事前に伝えていた事を再度話す。


:解説助かる

:でしゃばんなおっさん


澁谷くんは攻撃を避けた後、直ぐにハタギュウに突っ込んでいく。


徒手空拳で戦う彼女は相手の手数が先ほどより少なくなった為か攻めに転じていた。

しかし固い牛にダメージが通ってる様には見えない。


僕は敵を注意深く観察してコアと呼ばれる部分を見つけた。


「右腕の付け根にコアがある!」

「うりゃああ!」


彼女は僕の指定した場所を手刀で打ち落とす。


ハタギュウはそれにより行動を停止し今度こそ倒れた。


「あっぶねぇ、油断したぁ〜。」


加川くんは一息つくと澁谷くんの方に小走りで向かっていく


:こいついつも油断してるな

:今のって当たってたら死んでた?やっぱダンジョンこえーわ

:タツローきゅん迂闊かわいい♡

:そこそこ潜ってる奴なら死にはしないと思う、怪我はしてたかも知れんけど

:カメラマンっておっさんなの?なんでおっさん?


「君たちはいつも爪が甘いね。」

「九郎も気づいてたなら助けてよっ!」

「魔力切れだったからね」

「嘘つけっ!」


離れた場所にいた森九郎、

先程ハタギュウの動きを止めた少年も合流していた。

彼らが和気藹々とお互いの無事を確かめ合っているのを見つつ僕は周囲を警戒する。


迷宮の様なこの場所はいつどこの道からさっきの様な化け物が出てくるか分からない。


:補助監督だろ、ルーキーがつけないといけない奴

:えっ、じゃあこいつら潜って少なくとも半年も経ってないの?強くね?

:今の若いのならそんなもんだろ


僕が注意に為に声を上げた所為でコメント欄では僕について言及するコメントがいくつかあった。

だから目立ちたくなかったのだが仕方がない。

僕は加川くん達の方に近づいていく。

彼らを映して話題を変えてもらおう。

加川くんはカメラの存在に気づくと作り笑いを顔に浮かべる。


「えー、トラブルもありましたが無事ハタギュウを倒せました!俺らがぶっ倒した彼は地元の食肉加工工場で加工されて皆様のご家庭に並びます!ハタギュウが好きな人は高評価とチャンネル登録お願いします!」


:ハタギュウがなにをしたと言うのか

:乙〜

:ビーガンだから低評価押したわ

:まだ配信するんですか?

:一月前から見てたけど強くなりましたね


「コメントありがとう!今日はもう終わりです!」


加川くんが配信の終わりを宣言するとコメント欄にお疲れという言葉が流れ始める。

数秒後、彼が目配せを僕にしたので配信を切った。


「ふぅ〜、疲れたぁ〜。」

「みんなお疲れ様。」


僕は彼らを労うと背負っていたカバンから水を取り出す。


「サンキューおっさん!」


加川くんは僕が取り出した水を受け取ると空を仰ぎ見てがぶ飲みした。


「ふぅぅ!うめぇ〜!ありがとうおっさん!後さっきもありがとな!おっさんが気付かなかったら危なかったわ!」


僕は空になったペットボトルを受け取るとお礼を言う彼に対して愛想笑いをする。


おっさん。

彼は僕をそう呼ぶがいまだにそう呼ばれるのには慣れない。

彼らの倍近く生きているのだからそう呼ばれるのも無理はないのだけれど。


「頂きます。」


考え方をしていた僕から森くんも丁寧にお礼を言って水を受け取る。

しかし残りの1人。澁谷くんはそっぽを向いて受け取ろうとしない。


「ほら、棗も横山のおっさんにちゃんとお礼言えよ。」

「うっさい達郎!………別にあんたがいなくても大丈夫だったし」

「ははは…」

「棗は相変わらずおっさんに厳しいな。助けてもらったんだからお礼ぐらい素直に言えよー。」


彼女は仲間である加川くんに非難されてバツが悪くなったのかそっぽを向いたままだが目線をこちらに向けて僕をジロジロと見る。


「大体なんでそんな格好なの?肌を無駄に見せててキモい!」


僕の粗探しをした彼女の心にくるご指摘の通り僕の格好はタンクトップに短パンとピクニック気分の格好だった。


「いや、おっさん言ってたじゃん。特性で軽装備の方が強くなるって」

「だとしてもキモいし!別にこいつは戦わないんだから強くなる必要ないでしょ!」

「でも実際動きが良くなってるし1ヶ月前より役に立ってるじゃん」

「いやいや無理無理、キモいキモい。なにその俺の筋肉見てくれみたいなキモいタンクトップ。キモいキモい、言っとくけどそんな筋肉が格好良いなんて昔の価値観ですから、マジで勘違いしてんじゃない?キモいキモいキモい。」

「俺の話聞けよ。」

「どうでもいいからあの牛運んで帰らない?」

「ははは…」


配信が終わった後も元気に騒ぐ彼らが何だか眩しくて、迷宮の中はむしろ暗いぐらいなのに目を細める。


「いやぁ〜、しかしそこそこのダンジョン潜る様になってから一気に難易度高くなったな!500人も見てくれる様になったし!」

「まあ、この羽田小町第3迷宮も推奨レベル25だからね。フリーのルーキーが潜るには大分難易度高いよ。」

「半年前に死者も出てるんでしょ〜?」


帰り道、彼らの会話を聞きながら苦笑する。

大分難易度高いどころかルーキーが潜る様な場所じゃないんだけどな。

若いというのは恐ろしい。


ダンジョンと呼ばれる異空間で化け物と戦う事も全世界に自分たちの姿を発信することもこの世代の子達にとってはそこまで特別な事ではないのだろう。


僕は勝負所を間違え、引き際を逸し時代に取り残されてしまった。

そして今を輝く彼らの影で野垂れ死ぬ運命なのだろう。

と僕は2ヶ月前は思っていたな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

彼らと解散した僕はその日のうちにまたダンジョンへと潜っていた。


:奇跡のカーニバル開幕だ

:配信助かる、明日の糧


先程のように僕の目の前にはコメントが流れる映像板がある。

先程と違うのはコメントの流れる速度が早い事。

そして僕はカメラマンではなく被写体である事だ。


「どうも皆さん、こんばんわ。」


:ああ〜、低音ボイスで耳が妊娠するんじゃ〜^

:イケボ助かる

:キモ


見てくれている視聴者達に挨拶をして今日の配信の趣旨を説明する。


「えぇ〜本日は、この未開拓ダンジョンの静岡県管轄第四ド級ダンジョンを皆様と一緒に冒険していきたいなと思います。」


:こんな所潜れるとか主何もの?

:ネット情報に載ってる場所でも平均推奨レベル90の化け物ダンジョンじゃん。

:ていうかソロ?死ぬ気かこいつ?


僕の銀色の目出し帽で隠した顔をドアップで映していたカメラが後ろへと下がっていく。


それにより僕の全身が映し出される。


:は?

:何これ釣り動画?

:なんか新規増えたなうざ

:2ヶ月前に始めた配信者に古参ぶるとか草


僕の全身を見た人気の視聴者が困惑していた。

無理もない。

僕の装備は先程言った通り顔には銀色の目出し帽。

そして銀色のブーメランパンツ。


それのみだった。


どう考えても自殺志願者か、気合の入った変態としか思えない格好だった。


だが僕はそのどちらでもない。


「今回の配信の趣旨は、最近観測が確認されたフレッシュドラゴンの討伐です。」


:死にたいのかな?

:政府直属の探索者の大規模グループで討伐するガチ化け物だろ?

:死なないでくれー

:自殺配信?ダンジョンを自殺の用途で使うな。通報したわ。

:マジで新参うぜー、見たくないなら見なきゃ良いだけだろ。

:つーかソロでの探索許可なんて出るわけないし確実に違法探索だろ。マジで通報するわ

:通報で草。素人は見るな。許可取ってやってるやつの方が少ないだろ


コメント欄があまりに荒れてるので僕は不安そうに協力をしてくれているカメラマンの方を見る。


彼女は片手でサムズアップをしてコメント欄とは別のディスプレイに文字を映し出す。


【初めてすぐなのにもう6,000人以上見てるよ!もしかして10,000人超えるかも!今日の配信はもう成功確定だぁ!】


うかれた顔の彼女はコメントが荒れようが視聴者が居れば良いタイプだ。

僕の様に不安な顔は一切していない。


だが僕としても今日このダンジョンの生態系の頂点のフレッシュドラゴンと戦うのに見てくれている人が多い方が都合が良かった。


「ではそろそろ行きましょうか。この迷宮は6年前見つかって、直ぐに国と市共同の探索隊が組まれて…」


不安を声に出さずにあくまで自信満々な態度で探索を始める。


視聴者数はどんどん増えていき、僕の痴態を見る人々がどんどん増えていく。


改めて言うけど僕は変態じゃない。


僕がしみったれたおっさん探索者から全裸マスクマンとして配信者になったのは2ヶ月前だった。


僕は僕の人生をあらゆる意味で変えた二ヶ月前のことを思い出す。

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