第57話 落とし所、そして……

 異変をさっした僕が《魔族軍》の精鋭部隊せいえいぶたいひきいて《精霊樹》の丘にのぼると、そこには血だまり広がっていた。

 そして、その中で必死に倒れた藤勢ふじせを治療しようとする水瀬みなせ先生の姿があった。

 だが、横に立つ織原おりはら先生は、僕の姿を認めると無言で首を振って見せる。


 こうして、《魔帝領》と《連合六カ国》を巻き込んだ大戦争は、一人の少年の自死じしで終結した──


 ○


 クラスメイトたちは水瀬先生と織原先生の説得により、すべての《神器しんき》を放棄し、降伏を申し出てきた。


「《神器》については、武器と防御用の指輪は回収するけど、《治療用の杖》は所持していてもかまわない」


 新たな代表として交渉の場についた吉泰よしやすくんと、オブザーバー役の水瀬先生、織原先生に対し、僕は淡々と降伏受け入れに関する条件を示していく。


「基本的に、降伏したクラスメイトたち全員が、《リグームヴィデ王国》復興作業に従事じゅうじすることが前提条件だ」


 最低限の生活は保障するが、生き残った《リグームヴィデ王国》の国民や、今まで敵対していた《魔族》たちからは厳しい目が向けられるだろう。

 さらには、《連合六カ国》側の人間たちからも、無用の戦乱を招いた存在として憎まれることも受け入れなければならない。

 それらの僕の指摘を、吉泰君は顔を青ざめさせてはいたが、正面から受け止めていた。


「……正直言って、実感が湧かないというのが本心だ」


 吉泰君は力の抜けた表情で、言葉を続ける。


「でも、オレたちのやってきたことが間違ってたということ、そして、そのつぐないをしなければならなきゃいけないってことはわかってるつもりだ」

「──だったら、なんでこんなこと!?」


 僕は思わず声を高めてしまう。


「どうして、最初からめなかったんだよ!? 藤勢ふじせ大澄おおすみの言いなりになって暴走に暴走を重ねて……」

「そのことに関しては言い訳できないと思ってる。結局、自分たちで考え、責任を取ることを放棄したオレたちの落ち度だ」


 異世界転移という異常事態の中で、混乱し動揺した自分たち。

 その中で、結果、誤っていたとはいえ、道を指し示した藤勢たちに、何も考えずについていってしまった自分たち──


「──謝って済む話じゃないとわかってはいるけど、もう一度謝る。すまなかった」


 そう言って、深々と頭を下げる吉泰の後頭部を見下ろした僕は、怒鳴りつけたい衝動しょうどうに駆られたが、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。


 ○


 とりあえず、僕たちは燃え落ちた《精霊樹せいれいじゅ》の残存部分を拠点として再整備しはじめた。

 リオンヌさんが率いる旧《リグームヴィデ王国》の義勇兵を中心に、各地に散っていた《リグームヴィデ》の難民なんみんたちを呼び寄せ、《精霊樹》を中心に国土を復旧させていく。

 一方で、イオランテス将軍率いる《魔族軍》は、《リグームヴィデ王国》の領土を完全に奪還すべく、各地に散った《連合六カ国》の残存兵ざんぞんへい追討ついとうへと出陣していた。


「《リグームヴィデ王国》を安定させることが、我らが《魔帝領まていりょう》の安寧にもつながりますからな。我が主たちからの命でもありますし、最後までおつきあいさせていただきます」


 そう笑って、イオランテス将軍は馬上から僕たちに手を振って見せる。


「この恩を返すのは、生半可なことじゃ足りないな」

「うん、本当」


 隣に立つリオンヌさんの呟きに僕も頷く。


「とにかく、一日も早く《リグームヴィデ王国》を復興させることだよね。そうすれば、《魔帝領》との交流も復活させることができるし、そうすれば、経済活動や人材交流活動とか、良い影響を及ぼすことができるようになる──それが、恩返しに繋がるよね」


 ──こうして、僕は《リグームヴィデ王国》の復興作業に着手する。


 ◇◆◇


 《サントステーラ大陸大動乱だいどうらん》は終結した。


 正確には、それぞれの国に逃げ帰った《連合六カ国》の国々が小競り合いを繰り返す戦乱時代に突入することになるのだが、《魔帝領》の半分や《リグームヴィデ王国》を舞台とした戦争は、このタイミングで完全に終了したともくされている。


 結果としては、《魔族側》の勝利、《人間側》の敗北という形になったが、勝者であるはずの《魔族側》──《魔帝領》も、その領土の半分を蹂躙じゅうりんされたこともあり、復興には《連合六カ国》と同等の時間を要するだろう。

 そして、度重なる戦乱で荒れ果てた《リグームヴィデ王国》に関しては、ゼロどころか、マイナスからの出発になる。


「……まあ、そうなんだけど、そう悲観的になることもないかな、って」


 僕はリオンヌさんや《リグームヴィデ王国》の義勇兵や難民たちを前に笑ってみせる。

 現状は落ちるところまで落ちた状態だ、だったら、あとは上に登ることしかできない。


「物は言いよう、ってヤツだな。でも、間違ってないと思うぞ」


 そうリオンヌさんが笑うと、他の人たちも苦笑めいた表情を見せる。

 もともと、《リグームヴィデ王国》の人たちは陽気でポジティブな気性の持ち主が多い、戦乱から離れていくことで、その本質が復活してくるだろう。


 その一例が──クラヴィルである。


 ○


「……俺……スバルに……いまさら、どんな顔して謝れば……いいんだよ……」


 《精霊樹》で《勇者》たちの捕虜ほりょが囚われていた中に、傷だらけで瀕死ひんしの状態になっていたクラヴィルも含まれていたのだ。

 報せを聞きつけて、僕が駆けつけると、クラヴィルは今まさに息を引き取ろうかという状態だった。


「クラヴィル、事情は聞いてる。大丈夫、君のこと悪いなんて思ってないから……今、治療するから、生きることを諦めないで」


 僕は涙を流す少年を励ましつつ、《神器しんき》の《治療用の杖》を発動させる。

 だが、一部の《勇者》や《アレクスルーム王国軍》の兵士たちに激しく暴行されたクラヴィルは、負ったダメージが致命的なラインを超えていたのか、僕の回復の力では間に合わない状態だった。


「ダメだ、クラヴィル! 諦めるな!」


 半ば自分自身も叱咤しったするように声を上げる僕。

 だけど、クラヴィルの手からだんだん力が失われていくのを感じて、僕の顔に焦りの汗が噴き出してくる。


「なんとか、なんとかしないと……」


 必死に呟く僕。

 でも、クラヴィルを救う方法は他にはない──

 そんな絶望を感じ始めたとき、隣から、そっと手が差し伸べられた。


「私も力を貸します、だから、鷹峯たかみね君も最後まであきらめないで」

水瀬みなせ先生……」


 僕の《治療の力》よりも、大きな、それでいてあたたかい光がクラヴィルの身体を覆っていく。

 さらに驚いたのは、何人かのクラスメイトがクラヴィルの治療に加わったことだった。

 水瀬先生の放つ光が、他の《治療の光》によって強化され、眩いばかりの輝きを放つ──

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