第56話 血まみれの幕引き

「なんだよ、これ! こんなの聞いてないぞ!」


 丘下から追いかけてきた楠葉くすばが、動揺の色を隠せないまま、自らの《神器じんぎ》で僕とうずくまる佐々野ささのさんを守るように《防御障壁ぼうぎょしょうへき》を張る。

 ほぼ同時に、反対の丘の上から戻ってきたリオンヌさんが僕の横に滑り込んでくる。


「スバル! 受け取れ!」


 リオンヌさんが僕の《神器》、《幅広の剣ブロードソード》をすれ違い様に差し出し、僕はしっかりと自分の手で剣をつかみ取った。


「バカだ、バカだと思ってたけど、こんなにバカだなんて、本当にバカバカしすぎる!」


 この時の僕は怒りが限界を突破し、逆に気持ちが冷めていくのを感じていた。

 僕は受け取った《幅広の剣ブロードソード》を振り下ろして、刃を分割し展開させる。

 そこへ、続けざまに幾筋いくすじもの光条こうじょうが打ち込まれ、楠葉の《防御障壁》を粉砕した。


「そこかぁっ!」


 だが、そのわずかな時間で僕は光条が発射された場所──焼け落ちた《精霊樹》の上層部分を特定する。


 ──シュ、シュッ、シュインッ、シュイン!


 宙に舞う剣の刃から無数の光刃こうじんを撃ち出して、絨毯爆撃じゅうたんばくげきといった感じで《精霊樹》へと攻撃を加える。

 すると、慌てふためいた何人かの人影が足を滑らせて落下していく姿が、遠目に見えた。


「……もう、なりふり構っていられないってことみたいね」


 痛みに顔をゆがめて佐々野さんが声を押し出した。

 僕は念のため《防御障壁》を展開しつつ、リオンヌさんや楠葉の手も借りて、傷ついた佐々野さんの体を支えて丘を降りていく。


「確かに僕を殺せば一発逆転ってことだけどさ」

「ちょっと待てよ!」


 楠葉がブンブンと強く頭を振って否定しようとする。


「そんなこと、俺たちは考えてないぞ!」

「……まあ、藤勢君と一部の取り巻きの暴走でしょうね」


 痛みが酷いのか、そう呟く佐々野さんの顔には汗が幾筋いくすじも流れ落ちていく。

 だが、彼女は自分の痛みよりも気になることがあるらしい。

 僕に向かって顔を向けてきた。


「……それで、交渉決裂ということになったわけだけど、このあと、鷹峯たかみね君はどうするつもり?」

「そんなの決まってる」


 吐き捨てるように僕は声を出した。


「だまし討ちにしてきたのはあっちだ。だったら、それ相応のむくいを受けてもらう」


 黙ってやり取りを聞いていた楠葉が不安げに口を挟んでくる。


「鷹峯……その、全員が全員、鷹峯のことを……その殺すなんて考えてない……はず」

「そうかもしれない。でも、このまま黙って見てるなら同じことだよ」


 《魔族軍》全軍を持って、クラスメイトたちが立てこもる《精霊樹》を攻撃する。

 そう断言する僕に、楠葉と佐々野さんはそれぞれ複雑な表情を見せた。

 楠葉が視線を逸らしつつ言葉を押し出す。


「向こうには永武ながたけのヤツも残ってる、その……なんとか戦わずに済ませられないか……」

「無理」


 僕は短く切り捨てた。


「戦わないで済む方法を捨てたのはそっちなんだよ」

「……それは、鷹峯君の言う通りね」


 佐々野さんが低くうめく。


「……あとは、あの《精霊樹》に残ったみんな次第ね。どういう選択をするのか」


 ここまでは藤勢に率いられる形で、ある意味暴走してきたが、そろそろ、それぞれ個人が現実に向き合わないといけない局面に来ている、と佐々野さんは言う。


「……そして、今回の鷹峯君に対するだまし討ち、そして、失敗……我慢できなくなる人が出てくる頃合いかもしれない、私以外にも……」


 《魔族軍》の陣にたどり着いた僕は、心配そうな表情で出迎えてくれたイオランテス将軍に、手短に事情を説明した。

 同時に《神器の杖》を用いて、佐々野さんの傷を癒する。

 そして、戦闘準備が整えられた──


 ◇◆◇


「おい、藤勢! オマエ、いったい何をやってるんだよ!」


 《精霊樹》へと逃げ戻ってきた藤勢ふじせの胸ぐらを、待ち構えていた吉泰よしやす がねじり上げる。


「離せっ!」


 藤勢は吉泰の腕を力一杯払って、二、三歩後退してから、逆に相手を睨み返す。


「今は仲間内で揉めてる場合じゃないだろ! 鷹峯たちはすぐにでも攻めてくる、迎撃準備げいげきじゅんびを整えないと──!?」


 ──ボガッ!


 にぶい音を立てて、吉泰の拳が藤勢の頬を殴り飛ばした。


「それだって、自業自得だろうが!」


 吉泰は勢いよく手を振って、丘の下に布陣している《魔族軍》を指し示す。


「藤勢──オマエは間違ったんだよ、それも、だいぶ前から!」


 確かに《魔帝領まていりょう》の首都──《魔王城まおうじょう》を占拠したところまでは目論見通もくろみどおりだったのだろう。

 だが、そこをピークに急激に自分たち《勇者軍》は転げ落ちていってしまった。

 そう吐き捨てる吉泰を、藤勢がキッと睨みつける。


「それこそ、あの裏切り者の鷹峯のせいじゃないか!? だから、アイツを殺せばすべてが上手くいく──」

「いい加減に目を覚ませ、藤勢」


 さっきまでとはうってかわって、吉泰は哀れむような深いため息を吐き出した。


「もういい、オレたちは降伏する」

「降伏……?」


 呆然と呟く藤勢は、いつの間にか吉泰の他のクラスメイトたちが、ゆっくりと集まってくることに気づいた。


「藤勢くん……」


 さらに、教育実習生の水瀬みなせ織原おりはらが、旧《リグームヴィデ王国》の捕虜たちとともに歩み寄ってくる姿をみて、藤勢は泣きそうな表情を見せたあと、自嘲じちょうするような笑いを発した。


「ハハハッ……結局、こうなるのか。僕も兄さんと同じ……必死に頑張っても、結局みんなに裏切られる」

「それは違うわ!」


 水瀬が吉泰の横へと進み出てくる。


「藤勢くんがみんなのためを思ってやってきたっていうことは、クラスのみんなは十分わかってるわ。でも、なにごとも期待通りに上手く進むとは限らない、時には運の善し悪しだって関わってくるの──」

「──もう良いです、水瀬先生」


 藤勢は必死に説得しようとする水瀬の言葉を手でさえぎった。


「結局、僕は失敗した。そして、悪役の烙印らくいんを押されることになる」


 そう言うと、藤勢は手にした《神器》の剣を首筋にあてる。


「このまま鷹峯や《魔族》どもの顔色をうかがって生きていくのもイヤですしね。なら、せめて悪役らしく、ついでに生き残ったみんなが後味悪くなるように退場させてもらうかな」

「だめっ!」

「くそっ、そこまでやるかっ!」


 水瀬と、織原が剣を手にした藤勢を止めようと飛び出した。

 だが、その手が彼に届くことはなかった。

 血しぶきが宙に舞い散り、少年は自らの血だまりの中へと倒れ込んでしまった──


 ◇◆◇

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