第55話 丘の上の休戦交渉

 休戦交渉きゅうせんこうしょうなんてバカバカしい──


 《精霊樹せいれいじゅ》の丘のふもとに陣を敷いたイオランテス軍内部では、強硬派きょうこうはの声が多数をめた。

 実際、《精霊樹》にっているとはいえ、勇者たちは追い詰められている状態に変わりない。

 このまま、包囲を続ければ心身ともに疲弊ひへいし、自滅してしまうことは明らかだし、もしくは、犠牲を覚悟の上で強攻策に打って出てくるという選択肢もある。


「──だが、アイツらは旧《リグームヴィデ王国》の住人たちを人質に取っているんだ」


 意気上がるイオランテス軍の将兵たちに、リオンヌさんが冷静な口調で指摘する。


「《勇者》たちが飢えれば、その前に人質のみんなが餓死してしまう。かといって、こちらが休戦交渉を無視して攻撃を続ければ、人質の安全も危うくなる」


 その言葉に、《魔族兵》たちは複雑な表情を浮かべた。

 確かに《リグームヴィデ王国》の民は《魔帝領》と友好的な関係を構築していたが、あくまで他国民であり、守るべき同胞どうほうというラインからは外れている。

 そんな微妙な雰囲気の中で、僕は決断した。


「僕、行ってくるよ」


 ざわつく将兵を、イオランテス将軍が制する。


「スバル殿の決断を尊重したいとは思いますが、単純に危険ではありませぬか?」

「ああ、十中八九じゅっちゅうはっくこれは罠だろう」


 リオンヌさんも同意する。

 そして、もうひとつ問題があると、リオンヌさんが言葉を続けた。


「それに、休戦交渉というが、それはこちらも譲歩する必要があるということだ」

「うん、それはそうだよね」


 小さくため息をついてから、僕は自分の考えも整理しつつ、ゆっくりと説明していく。


「まず、向こうの要求としては助命は絶対ラインで、おそらく、どこか自分たちの拠点になる城や街をよこせって言ってくるとは思う」


 でも、助命はともかく、本拠地を与えるなど論外だ。


「百歩譲って、僕たちの監視下の元、《リグームヴィデ王国》の復興作業にあたらせるというあたりが落とし所じゃないかな」


 イオランテス将軍が低くうなる。


「……甘い、と言いたいところではありますが、現実的に考えると妥当なところかもしれませんな」


 リオンヌさんも小さく頭を振る。


「まあ、そんなところになるんじゃないかと思ったが、複雑なところだな。あとは向こうがこの条件を呑むかどうかだが……」

「そうだね、アイツらが身の程をわきまえてくれていることを祈りたいところだね」


 僕は丘の上に佇む焼け落ちた《精霊樹》を見上げた。


 ──その後、僕はイオランテス将軍とリオンヌさんとの間で短く打ち合わせをしてから、次の日の朝一番で《精霊樹》を訪れると《遠距離思念通話》で《勇者》側に伝えたのだった。


 ○


 ──そして、夜が明けた。


 僕はリオンヌさん一人をともなって、《精霊樹》へと丘を登っていく。

 途中で視線を横に向けると、荒廃した平地が広がっているのが見える。

 かつては、豊かな穀倉地帯こくそうちたいだった大平原──その光景を思い出し、僕の胸が小さく痛む。


「パルナ、今度こそ帰ってきたよ……」


 そう呟いてから、僕は腰にいていた《幅広の剣ブロードソード》と、防御用の《指輪》、治療用の《杖》といった《神器じんぎ》をリオンヌさんに預ける。

 非武装での会談が条件だったのだ。

 丘の上には、すでに藤勢ふじせが姿を見せている。


「それじゃ、先に行くぞ」


 リオンヌさんは僕へ向かって頷いてみせると、一人で先に丘の上へと向かう。

 お互い、武器を持っていないことを確認するためだ。

 替わりに一人の元クラスメイト──勇者が、リオンヌさんとすれ違い、僕の元へとやってくる。


鷹峯たかみね……」


 複雑そうな暗い表情で声をかけてきたのは、楠葉くすば かいだった。

 かつて、友好的なつきあいをしていた数少ないクラスメイト──

 しかし、同じ仲間一人の雪村ゆきむら せいの死によって、その関係性も凍りついてしまったように思える。

 僕は素手であることを示すために、両手を軽く広げて楠葉に向き直った。


「さあ、早くチェックして。そのために来たんでしょ」

「ああ……」


 楠葉は僕の身体の何カ所かを軽く叩いて、武器を身につけていないか確認していく。

 その途中、不意に小声で問いかけてきた。


「鷹峯……その、雪村は最期さいごになにか言ってたか……?」


 突然の質問に、僕はさすがに戸惑ったが、いったん息を吐き出してから、静かに答える。


「殺すのは自分を最後にしてくれ──って、言ってたよ 」

「……そうか」


 深くため息をつく楠葉に、僕はそれ以上声はかけなかった。

 視線を上げて、丘の上の藤勢に向かって足を踏み出す。

 隣ではチェック終了の合図で、リオンヌさんが手を振っている。


 そして、僕と藤勢は二人だけで、丘の中腹で対峙した──


「直接会うのは久しぶりだね、鷹峯君。僕たちをここまで追い詰めるなんて、その冷酷な手腕、正直見くびっていたよ」


 先に口火を切ったのは藤勢の方だった。

 もちろん、僕も黙ってはいない。


「藤勢君たちも、よくこの場所に逃げ込んできたよね。周りのこの光景が見えるだろ? この荒れ果てた姿──全部、キミたちの愚かさが招いた結果だ」


 一陣の風が僕と藤勢の間を吹き抜けていった。


「……まあ、僕たちもここまでするつもりはなかったんだよね。あわよくば、この国を僕たちのものにできれば──と思ってたんだよ」


 あっけらかんとした様子の藤勢に、僕は思わず声を失ってしまった。

 だが、藤勢は肩をすくめつつ、斜に構えた笑みを浮かべてみせる。


「だから、おとなしく降伏すれば、こんなことにはならなかったんだよ。それを、あのがさ──」


 ──パルナが降伏を拒否し、《勇者》スバルの身柄引き渡しを強く要求したこと。


 それが、《リグームヴィデ王国》壊滅の引き金になった──藤勢はそう笑ったのだ。


「──じゃあ、前置きはここまでで、本題に入ろうか」


 余裕の笑みを浮かべる藤勢の前で、僕の怒りはピークに達しようとしていた。

 あとから思い返せば、僕は、この時完全に藤勢の思惑に乗ってしまっていたのだ。

 藤勢は腰の後ろに手を回して、ゆっくりと僕の左手側へと足を踏み出す。


 ──その瞬間。


「危ないっ!!」


 激しい衝撃とともに、僕は身体ごと跳ね飛ばされた。


「佐々野さん──っ!?」


 回転する視界に、黒髪を伸ばした剣士風の女子──佐々野ささの 結月ゆづきさんの姿が割り込んでくる。

 そして間髪入れずに打ち込まれてくる幾筋かの光線。


「うぐっ」


 手にした《神器》の剣で光線を打ち払う佐々野さんだったが、そのうちの一筋が肩の付け根あたりを打ち貫いた──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る