第九章 オマエは間違ったんだよ、それも、だいぶ前から!──吉泰 隼道

第54話 怒り、理不尽、そして復讐

 ──戦闘は終わった。


 別働隊べつどうたいである《勇者》隊が撃破されたことで、《アレクスルーム王国軍》の士気はゼロどころかマイナスにまで落ち込んでしまい、半ば自壊じかいするように崩壊してしまった。

 王国兵たちは、まさに蜘蛛くもを散らすように逃げだし、追う《魔族兵》たちの刃の下へ次々と倒れていく。


「あまり深追いはさせるな、軍隊としての統制が取れなくなる」


 そのイオランテス将軍の指示で《魔族兵》たちは理性を取り戻し、指揮官達の命令に従って隊列に復帰していく。

 一方で、《魔族兵》たちよりも深い怒りに身を委ねていたリオンヌさん率いる旧《リグームヴィデ王国》の義勇兵達ぎゆうへいたち──彼らが冷静になるまでには、さらに時間が必要だった。


「もういいだろ、お前たち! そのくらいにしておけ!」


 一方的な殺戮さつりくが繰り広げられている戦場を駆け回り、声を枯らして叫ぶリオンヌさん。

 今、このタイミングで敵が組織だって反撃してきたら、狂乱している旧《リグームヴィデ王国》義勇兵たちは、あっという間に殲滅せんめつされてしまったかもしれない。

 もっとも、敵の《アレクスルーム王国軍》は、すでに軍隊のていををしていなかったので、その心配は杞憂きゆうだったかもしれないが。

 結局、義勇兵たちの体力が尽きるまで、殺戮の嵐は止まらなかった。


「……復讐、か」


 僕は、そんな義勇兵たちの姿を眺めながら呟いた。


「失われたモノの大きさもあるけど、それ以上に理不尽さに対する憎しみってヤツに身を委ねちゃうのさ」

「理不尽ですか」


 隣に馬を寄せてきたリオンヌさんに、僕は短く問いかける。

 もしかしたら、僕自身も《義勇兵》のみんなと同じように怒りに支配されているのかもしれない。

 そんな思いが、ふと脳裏のうりをよぎった。


 ◇◆◇


水瀬みなせ先生、織原おりはら先生っ!」


 《精霊樹》へと逃げ帰った《勇者》たちは、自分たちを出迎えてくれた意外な二人の姿に、歓喜の声をあげて駆け寄っていった。

 そんな彼ら彼女らを、養護教諭ようごきょうゆの教育実習生である水瀬は、やさしげな笑みを浮かべて受け入れる。


「みんな大丈夫? 怪我をしている人はいない?」


 そう慰めつつ、手にした《神器じんき》の力を発動させ、群がってくる生徒たちを癒していった。

 だが、全員が二人を歓迎しているわけではない。


「今まで駆けつけることができなくてごめんなさい」

「そうですよ」


 冷たい言葉が水瀬と織原二人に投げかけられる。

 その声の主は藤勢ふじせ 知尋ちひろだった。


「今さら何をしに来たんですか」

「ちょ……藤勢君」


 制止しようとする女子生徒の手を振り払って、藤勢は水瀬と織原に背を向ける。

 だが、そんな彼の態度も、実習生の二人は素直に受け入れる。


「そのとおりだ。肝心なときに側にいることができなかった。それについては何も言い訳できない」


 織原がゆっくりと藤勢へと歩み寄り、肩に手を置いた。


「だからこそ、ここから先はオレたちにも手を差し伸べさせてほしい。教育実習生だからとかじゃなく、この異世界へ転移したことがある先輩として──」


 しかし、藤勢は、その織原の手を音高く振り払う。


「おい、藤勢! なんだよ、その態度は!」


 声をあげたのは《勇者》──クラスメイトの一人、吉泰よしやす 隼道はやみちだった。

 勢いよく藤勢の胸ぐらを掴む。


「ぶっちゃけ、オレたちはもう詰んでるんだよ! オマエだって、それくらいわかってんだろ!? 生き残るためにも先生たちに頼るのもしかたないだろ!」


 そんな、吉泰の手も、藤勢は強く振り払う。


「僕は織原先生も水瀬先生も信じることはできない」

「それはオレたちが、オマエの兄貴を見殺しにしたからか? 以前の転移事件の時に──」


 いつもと変わらない織原の口調──だが、その内容に、水瀬以外のその場にいた全員の視線が、織原と藤勢に集中する。


「ああ、そうさ!」


 キッと織原を睨みつけて、藤勢は吐き捨てるように言葉を続ける。


「先生……いや、お前たちは兄さんを見捨てて、自分たちだけ助かろうとしたんだ! そのことを僕たち兄弟は絶対に忘れない!」


 さらに藤勢はクラスメイトたちへと向き直ってつのった。


「いいか、みんな! この人たちは、たぶん《魔族》──鷹峯たかみねに降伏しようって話を持ちかけてくる」


 その場に集まっていたクラスメイトたちが息を呑む。


「確かに降伏すれば命は助かるかもしれない。でも、その先に待つのは奴隷として扱われる屈辱と苦難の日々なんだぞ、しかも、その生活がいつまで続くかもわからないんだ」


 その藤勢とクラスメイトたちの視線を向けられて、さすがの織原も少し怯んだ。

 代わりに水瀬が説得を試みようとする。


「藤勢君の言うとおりかもしれません。でも、今のこの状況を脱するためには、鷹峯くんの助力を得る必要があります。絶対に、みんなの悪いようにはしません。ここは、私たちに任せてはもらえませんか?」


 だが、クラスメイトたちは互いに顔を見合わせるだけで、結論を出せずにいた。

 そこへ、藤勢が割り込んでいく。


「──僕に策がある。難しいことじゃない、鷹峯を誘き出して殺せば良いだけだ」

「藤勢君!?」

「とりあえず、先生たちの《神器》は取り上げて……あ、《治療の杖》は持たせておいても良いかな。捕虜ほりょたちと一緒に閉じ込めておくんだ」


 その藤瀬の指示に、戸惑いつつも従うクラスメイトたち。


「オマエ、いったい何をするつもりだ?」


 そう問いかける吉泰だったが、振り返った藤勢の顔に浮かぶくらい笑みに絶句してしまう。


「何って、鷹峯を殺す──って、いったよね、僕」


 ◇◆◇


「──《勇者》たちからの使者がきたって?」


 《精霊樹》をのぞむ丘の下で作戦を練っていた僕の元へ、リオンヌさんが駆けつけてきたのは夕日が地平線へと沈む頃合いだった。

 本陣へ戻ると、そこには顔も服もボロボロに汚れた虎頭とらあたまの獣人が座り込んでいた。


「あなたは──!」


 僕は驚きの声をあげた。

 以前《リグームヴィデ王国》で僕に農作業を教えてくれた住人の一人だった。


「スバル。頼む!」


 力の無い声だが、それでも必死の形相で僕に訴えかけてくる。


「《精霊樹》にいるみんな──《リグームヴィデ王国》の生き残りを助けてやってくれ!」


 すると、 タイミングを見計らったように脳内に聞き覚えのある嫌味いやみな声が響いてきた。


『そろそろ、こちらからの使者が到着した頃合いかな』


「藤勢──っ!」


 《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》を用いて声を届けてくる藤勢に、僕はあからさまな敵意を向けた。

 だが、藤勢は淡々と自らの要求を伝えるだけ伝えて《思念通話》を打ち切ってしまう。


 曰く──捕虜たちの命が惜しければ、僕ひとりで《精霊樹》の麓へ出向いて休戦交渉に臨むこと。


 僕は虎頭の獣人を労りつつ立ち上がると、リオンヌさんやイオランテス将軍に向き直った。

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