第53話 最後の抵抗

 ◇◆◇


「──全員攻撃停止、《精霊樹せいれいじゅ》へ戻る!」


 《勇者》部隊を率いるリーダー──藤勢ふじせ 知尋ちひろが手にした剣を振り上げて、周囲の《勇者》たちを怒鳴りつける。

 戦場の狂乱の中、《魔族兵まぞくへい》を右に左になぎ倒していた《勇者》たちは、その指示に耳を疑った。


「なに言ってるの? このまま敵を撃破するんじゃ──」


 だが、苛立ちを隠さず、藤勢はそれらの反論を一蹴いっしゅうする。


「後ろの防衛部隊が崩れているんだ、見殺しにはできないだろ!」

「後ろが!?」


 前衛部隊の《勇者》たちに動揺の色が走る。

 ここに来て、藤勢は味方に一人の犠牲も出さないという戦いの厳しさを痛感つうかんしていた。

 いつの間にか遠距離部隊えんきょりぶたいからの支援攻撃も途絶とだえている。

 おそらく、後方部隊を攻めたてている《魔族軍》の別働隊べつどうたいに撃破されてしまったと考えるべきであろう。


「とにかく、防御部隊ぼうぎょぶたいを救助して、そのまま丘の上に全力で戻るんだ!」


 藤勢は周りのクラスメイトたちに指示を飛ばす。

 だが、戦闘中に進行方向を変更する難しさまで、想像することはできなかったようだ。

 後方へ向かおうと身をひるがえす《勇者》たちは背後をガラ空きにしてしまう。

 もちろん、それを《魔族兵》たちは見逃さなかった。


「うがぁあっ! う、腕がぁっ」

「きゃああっ、やめて、誰か助け……」


 何人かの《勇者》が《魔族兵》の乱刃らんじんの下に沈んでしまう。


「ちぃっ!」


 激しく舌打ちをする藤勢。

 そんな彼に、不意に横合いから声がかけられた。


「久しぶりだね、藤勢くん──それにみんな」


 ◇◆◇


 僕は乱戦の中を突っ切って、一気に、敵《勇者》たちの中へと馬を踊らせる。


「「「うわぁっ!?」」」


 悲鳴を無視して、僕は馬上から冷たく声を放った。


「久しぶりだね、藤勢くん──それにみんな」

鷹峯たかみね!?」

「鷹峯君!?」


 僕の姿に気づいた元クラスメイトたちが、驚愕の声を上げる。

 その中でも、一番動揺の色を見せたのは、藤勢だった。


「なんで、鷹峯がここに……アイツが殺したはずじゃ!?」

「やっぱり、藤勢くんのがねだったんだ」


 声が低くなる僕。

 《幅広の剣ブロードソード》を一振りして、距離を詰めてこようとする数人のクラスメイトたちの足もとを光刃こうじんえぐる。


「まあ、今さら言われなくてもわかってたけどね、みんなで楽しそうに《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》内でもしゃべっていた内容だし」


 そうなのだ。

 藤勢をはじめとするクラスメイトたちは、復活した勇者の能力《遠距離思念通話》内で無防備に情報をやり取りしていた。

 僕が死んだと思い込んで、完全に油断していたのだろう。

 ほぼすべての情報が筒抜つつぬけになっていたことにようやく気づいた藤勢たち──彼らの顔に焦りの色が浮かぶ。


「と、いうワケで、キミたちにもむくいを受けてもらうから」


 僕は大きく腕を振りかぶって、《幅広の剣ブロードソード》を振るう。


 ──シャギシャギシャギッ!


 放たれた光刃が、藤勢たちが展開した《光の防御障壁》へと食い込んでいく。


「くっ、このままじゃ保たないっ!」


 クラスメイトの誰かが僕の攻撃に耐えきれず、悲鳴を上げる。

 動揺が拡がり、《光の防御障壁》が崩れかけた。

 だが、そこから二人の人影が飛び出してくる。


「なにビビってんだよ」

「そうだよ、鷹峯一人に怯えすぎ」


 戦意喪失せんいそうしつしかけているクラスメイトたちを鼻で笑うような仕草しぐさを見せたのは、葉沢はざわ兄弟きょうだい──淳樹じゅんき淳哉じゅんやの二人だった。

 僕の両側から同時に攻撃を仕掛けてくる兄弟に対し、僕は展開させた《幅広の剣ブロードソード》で応戦する。

 その様子をみた藤勢は、《遠距離思念通話》で戦場内に散り散りになった《勇者》たちに指示を飛ばす。


『葉沢君たちが鷹峯を引きつけてる間に、僕たちは後退して体勢を整えるんだ!』

『ふーん、仲間を見捨てて、自分たちだけ助かるつもりなんだ』


 あえて、挑発的な口調で僕が煽ると、《遠距離思念通話》内のクラスメイトたちの動揺がハッキリと伝わってくる。

 だが、その雰囲気を一蹴したのは、当の葉沢兄弟たちだった。


『べつに、問題なくね?』

『そうだよ、オレたちが、鷹峯をればいいだけの話じゃん』


 再び同時に襲いかかってくる葉沢兄弟。

 僕は小さく舌打ちをして、《幅広の剣ブロードソード》の展開範囲を縮め、逆にスピードを上げる。

 葉沢弟──淳樹が、戦場には似合わない歓喜の声を上げる。


「その《神器じんき》面白いよね、鷹峯を殺したら、ボクが使わせてもらおうかな」

「あ、オレだって欲しいよ、その《神器》。勝手に決めるなよな」


 続けて、葉沢兄──淳哉が剣を振りかぶって反対側から斬りかかってくる。


「くっ……やりにくい」


 僕の《神器》、《幅広の剣ブロードソード》は複数の敵を相手にすることを苦にしない。むしろ、多数の敵を相手にしたときこそ真価を発揮する。

 だが、葉沢兄弟の連携は、こちらの予想を上回る動きを見せることが多く、対応するのが一苦労なのだ。


「あれ? 鷹峯、もしかして、ボクたちの動きについてこられてない?」

「あは、やっぱり、オレと淳樹のこの力って特殊なのかな」


 二人の斬撃を弾いた僕は眉をひそめる。


「特殊な力?」


 すると、葉沢兄弟は自慢げな笑みを浮かべた。


「そう、オレたち、なぜかお互いの考えてることとかわかっちゃうんだよね」

「《共感能力シンパシー》とかいうらしいじゃん? 《勇者》の力の中でも珍しい力らしいよ」


 そう話しながらも、僕に対する攻撃の手を休めようとはしない二人に、僕はガードを固めつつ、隙を探る。


「ほらほらほらっ! どうしたんだよ、防戦一方かよ!」

「しょせん鷹峯だもんな、ちょっと強い力もらったからって調子に乗ってただけなんだよ!」


 葉沢兄弟が攻撃の圧を強めてくる。

 右から弟の剣が打ち込まれ、反撃しようとしたところへ、今度は後方から兄の攻撃が叩きつけられる。

 そんな二人から距離を取ろうと、分割した刀身から光の矢を放つが、葉沢兄弟は素早い動きで躱していく。


「ホント、その《神器》ウザイよね」

「だよね、アイツがちゃんと鷹峯を殺していれば、こんな苦労しなかったのにさ」


 弟のそのセリフに僕は反応した──反応せざるをえなかった。


「それって、クラヴィルのこと? 無事なの!?」

「知らないよ、名前なんて」


 葉沢弟の笑みが深くなる。

 さらに、兄の方が剣を振りかぶった。


「自分のことを助けてくれた恩人を裏切って殺すようなヤツだからね。オレたちが思いっきり遊んでやったよ」

「そうそう、一度裏切ったヤツなんて、きっとまた裏切るじゃん? だから処刑してやろうと思ってさ」

「だけど、アイツ、しぶといんだよな。どんだけ痛めつけても死なないんだ」

「結局、ボクたちの出撃まで耐えきったけど、さすがに今ごろゴミ溜めの中でくたばってるんじゃない?」


 そんな葉沢兄弟の言い草に、僕の怒りが沸騰する。


「オマエら! どれだけ腐ってるんだ!」


 僕は怒りに身を任せて、《幅広の剣ブロードソード》の回転を爆発させる。

 同時に光刃を周囲に連続で放ち、驚きの表情を浮かべる兄弟達を追い込んでいく。


「オマエらが、クラヴィルのなにをわかってるって言うんだ!」


 体勢を崩す葉沢兄、その眼前に僕は飛び込んだ。

 《幅広の剣ブロードソード》を元の形に戻し、右上から一閃させる。


「うぎゃあああっ!」


 音を立てて、葉沢兄の左腕が地面に転がる。


「兄さんっ!!」


 後ろから飛びかかってくる葉沢弟。

 だが、僕はその動きを読んでいた。

 振り向きざまに剣を払うと、手に重い手応えが残る。


「ぐああっ、足がぁっ……誰か、助けて!!」


 地面に転がって泥まみれになりつつ、葉沢弟が仲間に助けを求める──が、この時、周りに他の《勇者》たちはいなかった。


「え……みんな、逃げ……た……そんな……」


 僕はそんな葉沢兄弟に背を向けて、剣についた血を払った。


「や、やめ……たすけ……て……」

「た、たかみね……たのむから……たすけ……」


 弱々しく命乞いのちごいする兄弟だったが、僕は振り返りもしなかった。

 背後で、多数の《魔族兵》たちがうずくまる葉沢兄弟に群がり、手にした武器を突き下ろす音が鈍く繰り返される──

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