第58話 平和への代償
《サントステーラ大陸
僕たち《リグームヴィデ王国》の生き残りは、燃え落ちた《
「──
《精霊樹》の入り口前に建て直した役場庁舎兼僕の自宅の広間で、僕は大テーブルの上に無造作に拡げられた《リグームヴィデ王国》の地図を見つめる。
「問題は農耕地の復興だ。畑を修復するだけじゃなくて、苗や種、肥料も手配しないと」
畑作業に関しては、軍務から離れた義勇兵や、元《勇者》たちが日々厳しい労働をこなしている。
特に、もともと農作業に従事していた元義勇兵の面々はともかく、《むこうの世界》で普通の学生生活を送っていた元《勇者》たちにとっては苦しすぎる日々だとは思うが、内心はどうあれ、表面的には《リグームヴィデ王国》の民の指示に従って、従順に労働に就いていた。
「それでも、やっぱり人手が全然足りない──」
「──その願い、解決できるかもしれないぞ」
その言葉とともに入室してきたのは、リオンヌさんだった。
後ろにはイオランテス将軍の姿もあった。
「《ノーヴァラス》の妹──パーピィから連絡があった。近いうちに復興支援団と移住希望者たちを手配するってさ」
そうリオンヌさんが親指を立ててみせると、イオランテス将軍も
「フローラクス殿下とラクスフルック殿下からも同様の書簡が届いております。もちろん、《魔帝領》内の復興も並行しているので、そのあたりの事情は理解して欲しいとのことでしたが」
「そんなこと……」
思わず僕は言葉を詰まらせてしまう。
「助けの手を差し伸べてくれるだけでも嬉しいのに、文句なんて言ったらバチが当たるよ」
「まあ、あまり気に病むことはないからな」
リオンヌさんがバシバシと僕の背中を叩いてくる。
「フローラやフルック、それにパーピィも近いうちに直接ここへやってくるからな」
「え? わざわざ出向いてくれるの?」
「ああ、復興の現状を見ておきたいという理由もあるけど、もうひとつ、相談しなければならないことがあるんだと」
そう言うと、リオンヌさんは真面目な表情になって、イオランテス将軍と視線を交わした。
──《連合六カ国》との和平交渉のテーブルに上がった要求の一つ。
リオンヌさんが小さく息を吐き出した。
「この世界に召喚された《勇者》全員を元の世界に送還することを要求する、とか言い出しやがったからな──」
○
「──そのような妄言、話にならぬわ!」
フローラクス──フローラが
焼け残った《精霊樹》内の小広間に、《魔帝領》から
もちろん、僕の他にリオンヌさんとイオランテス将軍も同席してくれている。
「まあ、それはそうだよなぁ」
フローラの怒声に、リオンヌさんも肩をすくめて見せる。
「《勇者》を全員送還するってことは、スバルも含まれているってことだもんな」
使者がもたらした《連合六カ国》の連名による和平交渉の書状──その、第一項目に挙げられていたのが、僕を含むすべての《勇者》をこの世界から、元の世界へ送還するという内容だった。
フルックが皮肉っぽい口調で笑った。
「自分たちが召喚した《勇者》たちだったのに、《大動乱》の結果、すべての生き残りが《リグームヴィデ王国》の手の内に落ちてしまいましたからね」
自分たちの武器として召喚した《勇者》たちが、今度は敵が持つ刃となって、自らの
リオンヌさんが僕を焚きつけてくる。
「だったら、あちらさんの心配通り、囚われの元《勇者》たちの力も使って、《連合六カ国》を攻め落としてしまうのはどうだ? 元《勇者》たちも、自分たちを良いように使ってきたヤツらに仕返しできるとなれば、話に乗ってくる可能性はあるんじゃないか?」
「そんなことはしませんよ、今のところは」
深くため息をつきつつ、僕は首を左右に振った。
「今はこの国──《リグームヴィデ王国》を建て直すことが最優先なんだ。他国に侵略する余裕はさすがにないよ。それに、《連合六カ国》を攻め滅ぼすことはできるだろうけど、そのあと、その領土を維持することは現状では不可能だよ」
「とりあえず、今のところは、ね」
ニヤニヤとリオンヌさんが意味ありげな笑みを向けてくるが、僕は苦笑しつつスルーする。
「それはともかくとして、《勇者》の送還なんですが、実際できるものなんですか?」
そう僕が問いかけると、みんなの視線がフローラへと集中する。
「うむ──この《
フローラは胸元から鮮やかな赤の光彩を放つ宝石を取り出した。
「この《魔神玉》を用いて、人間どもの《送還の儀式》を行うことで、今回召喚された《勇者》全員を元の世界に帰すことができる」
「それについてはオレが保証する、というか、オレたちが生き証人みたいなモノだからな」
壁際に控えていた織原先生が肩をすくめて見せる。
その様子に苦笑した水瀬先生が言葉を続けた。
「わたしたちは一度、その儀式でこの世界から元の世界に戻された経験があります。二度目も上手く行くとは限らないですけど、成功する確率は高いと思います」
部屋の中に沈黙が降りる。
しばらくしてから、フルックが思い切ったように口を開いた。
「──正直なところ、現状の話ですが、人間たちの《連合六カ国》と戦闘を継続する余裕はこちらにもなかったりします」
そのため、《魔族軍》としては、できるだけ有利な条件で《連合六カ国》と停戦に持ち込みたい──フルックはそう説明する。
だが、フローラはその言葉に首を激しく横に振った。
「いや、やっぱりダメじゃ。今、わらわたちはスバルを失うわけにはいかない。あの過ちを繰り返すわけには──」
──過ち。
僕はその単語に反応する。
「それって──もしかして、僕たちの前に召喚された《魔勇者》って呼ばれていた人のこと?」
再び、部屋の中に沈黙が降りた。
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