第50話 勇者たち精霊樹に拠る

 僕はイオランテス将軍に頼んで斥候せっこう偵察兵ていさつへいを多めに出してもらっていた。

 刻一刻こくいっこくと変化していく戦況を逐次ちくじチェックし続ける必要があったのだ。


「敵はどうやら最終決戦の局面に入っているようですな」


 イオランテス将軍が考え込むように呟いた。

 僕は移動する馬車の荷台の上で、地図とにらめっこしている。

 その地図の上では、《連合六カ国れんごうろっかこく》──いや、今では《連合》は解消されているので、《人間国家》の六カ国になるか。

 その六カ国が《リグームヴィデ王国》内の広大な平野地帯でぶつかり合おうとしているところだった。

 イオランテス将軍と同じように、馬車に並んで馬を走らせるリオンヌさんが首をかしげてみせる。


「その状況下にオレたち《魔族軍》が進出していったら、それこそ《六カ国》がもう一回団結しちゃったりするんじゃないのか?」


 その指摘はもっともだと僕も思う。

 だけど、事態がここまで進んだことで、《六カ国》の士気はだだ下がりになっているとも思う。

 イオランテス将軍が重々しくうなずいた。


「──うむ、確かにここまで状況が泥沼化した以上、冷静に戦況を判断できる指揮官なら、強力な敵が新たに現れたら軍を退くことを選ぶでしょうな」

「まあ、ある意味、賭けみたいなものだけどね」


 戦闘になれば、もちろん僕たち《イオランテス軍》が勝つだろう。

 だが、勝ったとしても犠牲がゼロとはいかない。

 だったら、敵が逃げ出してくれるのが一番良い展開だということだ。


「ここから《六カ国》の戦場までどれくらいだっけ」

「少しだけ急いで三日ってところかな」


 そういって笑みを浮かべるリオンヌさんに、僕は頷き返す。


「じゃあ、引き続き情報収集と戦場の監視は続けるということで」


 僕の言葉に、リオンヌさんとイオランテス将軍は了解という仕草をしてみせた。

 こうして、僕たち《イオランテス将軍》は最短距離を通って、《魔帝領まていりょう》から《リグームヴィデ王国》の国境を越えていく──


 一方で、そのさなか、元《連合六カ国》と《勇者》たちの戦いは悲惨な様相を見せていたのだった。


 ◇◆◇


「《勇者》だ、《勇者》がいたぞ!」

を逃がすな!」

「あいつら反撃してくるぞ! 四方から押し囲んで一気に討て!」


 混乱する戦場──旧《連合六カ国》がぶつかり合う戦場の中に、もうひとつの勢力が生まれ、そして、追い詰められつつあった。

 それは、《アレクスルーム王国軍》に所属していた《勇者》──藤勢ふじせ 知尋ちひろ率いる《勇者軍》だった。


「なんで、こうなっちゃったのよ!」


 女子《勇者》のひとりがヒステリックに泣き叫ぶ。

 この戦いが始まるまでは、各国の英雄としてぐうされていた《勇者》たちだったが、藤瀬の指示の元、それぞれの国を脱出しようとした《勇者》たちは、《裏切り者》の烙印らくいんを押されてしまい、逆に各国から命を狙われる身となってしまったのだ。


「今さら、泣き言を言ってもはじまらないぜ!」


 剣から衝撃波しょうげきはを放って敵兵士を切り裂いたのは、《商業都市シンティラウリ》から《イクイスフォルティス騎士団》に亡命した後、《ルナクェイタム神国軍しんこくぐん》から、三人の女子《勇者》を救出した、吉泰よしやす 隼道はやみちだった。


「こうなった以上、オレたちは一刻も早く合流して、どこか拠点を確保しなければならないんだ。とりあえず、《精霊樹せいれいじゅ》とかいったか? あの巨大な枯れ木に向かうぞ」


 《勇者》と言っても全員が強大な攻撃力を持っているわけではない。

 近接攻撃、遠隔攻撃、防御、回復と、力のベクトルはそれぞれ異なり、その得手不得手えてふえても個人差がある。

 なので、攻撃に向かない《勇者》を中央にかばい、吉泰の的確な指揮の下、彼らは苦戦しつつも戦場からの離脱に成功した。

 だが、吉泰の目が届かない場所にいた《勇者》のうち、何人かは、この脱出戦において乱刃らんじんもとに命を失ってしまったのだった──


 ○


 旧《リグームヴィデ王国》で展開された、《連合六カ国》同士の激突は、各軍の継戦能力けいせんのうりょくに多大な影響を及ぼすほどの死傷者を出したあげく、それぞれの本国方面へと撤退していった。

 このおよんで、《魔帝領》侵攻はおろか、旧《リグームヴィデ王国》の領土切り取りに固執こしつする動きを見せる軍はいない。

 むしろ、このあと、軍隊の弱体化につけこんだ他国の圧力を警戒しないといけない状況になってしまったのだ。

 最悪、この旧《リグームヴィデ王国》領内で起きた《六カ国》同士の戦争が、今度は本国方面で起きる可能性がある──


 そして、《六カ国》に所属していた《勇者》たちもまた、何人かの仲間を失いつつも、生き残りの合流には成功し、焼け落ちた《精霊樹》に集結していた。


「生き残ったのはこれだけか……」


 元《アレクスルーム王国》所属で《勇者》たちのまとめ役だった藤勢ふじせ 知尋ちひろがため息をついた。

 そのため息は、亡くなったクラスメイトの仲間たちをいたむものだったが、戦場の殺伐さつばつとした空気の中を生き延びてきた一部のメンバーたちにとって看過かんかすることができない態度だった。

 その雰囲気に背中を押された吉泰が、藤勢の胸ぐらをグイッと掴む。


「なに、他人事のように言ってるんだよ。そもそも、これはオマエの指示にみんなが従った結果なんだよ、わかってるのか?」


 だが、藤勢はフッと小さく笑って肩をすくめて見せた。


「僕を責めたい気持ちもわかるけどね、でも、ここで声を荒げて、それで事態が改善するのかい?」

「くっ……」


 藤瀬の顔を殴りつけようと拳を握った吉泰だったが、いったん目を閉じて息を吐き出してから、突き放すように手を離した。


「……で、我らがリーダー様は、どうやってこの状況を改善させるつもりなんだ」


 嫌味混じりの口調で問いかける吉泰に、藤勢は余裕の表情を浮かべてみせる。


「とりあえず、ここを僕たちの拠点にする」

「ここって、このボロボロになった《精霊樹せいれいじゅ》か?」

「そう、ボロボロっていうのは、まあしかたないけどさ」


 そう言いつつ、藤勢は《精霊樹》を見上げる。


「確かに《精霊樹》は焼け落ちてしまったけど、根元部分を中心に、まだ使える部分はあるという話なんだ」


 実際に、旧《リグームヴィデ王国》の難民が住みついているらしい、と、藤勢が説明する。


「そして、僕たちはここを拠点に、独立勢力として旗揚はたあげするんだ」

「旗揚げって……」


 さすがに吉泰が呆れたような表情で頭を振る。


「こんな何もないところで、しかも、オレたちだけで何ができるっていうんだよ」

「もちろん、《アレクスルーム王国》の支援は取りつけてあるよ。それに、この《精霊樹》に集まっている旧《リグームヴィデ王国》の難民たちを集めて使役し、最終的には一つの国として独立するんだ」


 もう、これ以外に自分たち《勇者》が生き残るすべはない、と、藤勢は断言した。


「それに、《魔族軍》の脅威は考えなくていい」

「どういうことだよ、《魔族軍》にはアイツ──鷹峯たかみねのヤツが……」

「鷹峯は死んだよ」


 深い笑みを浮かべる藤勢の言葉に、《勇者》たち──クラスメイトたちは困惑の表情を浮かべる。


「鷹峯が死んだ──?」


 彼ら《勇者》たちの最大の脅威である存在──裏切り者の《勇者》が命を落とした。

 詳細について藤勢は語らなかったが、確実な情報だと断言する。


「だから、《魔族軍》は脅威にはならない。僕たちを攻めてくることはないだろうし、万一、攻めてきたとしても裏切り《勇者》がいない《魔族軍》は敵じゃない」


 いっそのこと、ここ《精霊樹》に拠って体勢を整え直した後、再び《魔王城》を奪い取ることも考えても良いかもしれない。

 そう語る藤勢に、吉泰以下、生き残りの《勇者》たちは薄ら寒そうな表情を浮かべていた。


 ◇◆◇

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