第51話 精霊樹の輪舞曲

「それじゃ、僕たちもそろそろ動き出そうか」


 完全に回復した僕は、勢いよく椅子から立ち上がる。


「まずは、旧《リグームヴィデ王国》から、《連合六カ国れんごうろっかこく軍》を完全に叩き出す!」


 それは、互いに争い合う《人間》たちの六つの国──


 《アレクスルーム王国軍》

 《エターナヒストール大公国たいこうこく軍》

 《イクイスフォルティス騎士団》

 《ルナクェイタム神国しんこく軍》

 《商業都市シンティラウリ軍》

 《鉱山都市アクリラーヴァ軍》


 この六軍を撃破し、国境外に追いやるという宣言だった。

 後に《精霊樹の輪舞曲ロンド》と呼ばれる大連戦が、これから繰り広げられようとしている。


 ○


 ──まず、最初に僕たち《イオランテス軍》の牙にかかったのは、《鉱山都市アクリラーヴァ軍》だった。


 初撃粉砕しょげきふんさい──まさに、その表現がふさわしい一撃だった。

 精鋭せいえいで構成される《イオランテス軍》の前衛ぜんえいと、怒りに燃えるリオンヌさん率いる旧《リグームヴィデ王国》義勇軍ぎゆうぐんが同時に襲いかかり、ほんの一瞬で《アクリラーヴァ軍》の防衛線ぼうえいせんを突破してしまったのだ。


「今だ、一気に打ち砕け!」


 イオランテス将軍が右手を振りかざして、兵士たちを鼓舞こぶする。

 それを受けて、軍は一気に、動揺する《アクリラーヴァ軍》を粉砕していったのだ。

 僕は馬上から背伸びしてその様子をうかがい、さらに遠くを見る。


「将軍、東に布陣ふじんしている敵軍はどこの国?」

斥候せっこうの報告だと《エターナヒストール大公国》とのことです」

「オッケー、このまま順番に打ち破っていこう」


 腰から《幅広の剣ブロードソード》を引き抜き、僕は馬を走らせた。


「ここからは僕も前線に出るね。全軍の指揮は将軍に任せます」

心得こころえました」


 短くこたえるイオランテス将軍に軽く頭を下げてから、僕は視線を前方へと移す。

 そんな僕を追いかけるように狼戦士おおかみせんしグルクラと、僕直衛ちょくえいの兵士たちも続いてくる。


「よし、いったん軍から抜けて、左翼さよく側から迂回するように敵軍──《エターナヒストール大公国軍》の側面を突く、リオンヌさんや前衛ぜんえい軍とタイミングを合わせて突入するよ!」

「「「おうっ!」」」


 僕はさらに馬の速度を上げていく──


 ◇◆◇


「《エターナヒストール大公国》に続いて《イクイスフォルティス騎士団》も撃破された模様! 《商業都市シンティラウリ》に至っては、戦わずして逃げ出しているとのことです!」


 《アレクスルーム王国軍》の本陣ほんじんに、続々と戦況変化の報せが舞い込んでくる。

 忌々いまいましい《魔族軍》は《精霊樹》の丘を右手に、反時計回りで回り込む格好で旧《連合六カ国》の各軍を撃破しつつこちらへ向かってくる。

 順番的には、この《アレクスルーム王国軍》が最後になるが、他国軍が壊滅していくことを喜んでいるわけにもいかない。

 指揮官である騎士団長は、苛立いらだたしげに右足を地面に打ちつけた。


「他の国のヤツらもふがいない、もっと粘って、《魔族》どもを消耗させることすらできんのか!?」


 自分たちの《アレクスルーム王国軍》の他に健在けんざいなのは《ルナクェイタム神国軍》のみ。

 騎士団長は迎撃げいげきの指示を出しつつ、《神国軍》の動向も注視ちゅうししていく。


「あの退くことをしらない狂信者きょうしんしゃどもなら、なりふり構わず《魔族軍》にみついて、ある程度の損害を与えることができるかもしれん」


 そう考えて、騎士団長は少し落ち着いたようだった。


「まあいい、とりあえずは《勇者》殿の狙い通りというわけか……」


 騎士団長は口の中で呟きながら、左手の丘の上にそびえる《精霊樹》を見やった。


 ○


「おい、藤勢。《魔族軍》はオレたちを攻めてこないんじゃなかったのかよ」


 ──燃え残った《精霊樹》の中、旧《リグームヴィデ王国》の王座の間。

 そこに集まった《勇者》たちのうち、吉泰よしやす 隼道はやみちが、窓の外から見える戦場を指さして、リーダー格の藤勢ふじせ 知尋ちひろを問い詰める。


「《魔族軍》は頭に血が上ってしまったのかな。今までの反撃か、それとも、鷹峯たかみねが殺されたことに対する報復か──どちらにしても、利口りこうな振る舞いじゃないよね」


 他人事ひとごとといった様子で藤勢は言葉を続けた。


「まあ、この事態も想像していなかったわけじゃないけどね」


 藤勢が説明した内容は、《魔族軍》が《連合六カ国》各国と戦い、消耗したところへ、自分たち《勇者》たちが突入し、《魔族軍》を殲滅せんめつするという策だった。


「幸い、この戦闘の流れだと《アレクスルーム王国軍》が最後に残る形になる。すでに彼らとはこの状況下での連携についても打ち合わせ済みさ」


 そう言って、焦げ目が残る木製の大きなテーブルの上に、簡易的な《精霊樹》を中心とした地図を広げて藤勢は勢いよく指を走らせる。


「おそらく明日の未明あたりに、《魔族軍》は《アレクスルーム王国軍》と激突する。そのタイミングを見計らって、僕たち《勇者》全員で《魔族軍》を後輩から撃滅する」


 《魔族》が相手なら、後ろめたいこともないだろ? という藤勢の言葉に、複雑な表情を浮かべつつも頷くクラスメイトたち。

 満足げに頷く藤勢だったが、彼はここで大きな過ちを犯した。

 それは、他の場所で作業していたクラスメイトのために《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》を使用して、この作戦内容を共有したことだった──


 ◇◆◇


「ふーん、そう出てくるつもりなんだね」


 僕は慎重に思考を制御して、こちらの声が《遠距離思念通話》に乗らないように気をつけながら、クラスメイトたちの会話に注意を向けていた。

 クラスメイト──《勇者》たちは完全に僕が死んだと思い込んでいるらしい。

 会話を聞いていると、警戒心の欠片かけらもなく、安易に自分たちの内情や作戦行動について口にしている。


「……それは、スバル殿をおとしいれようとする狡猾こうかつな罠という可能性はありませぬか」

「いやー それはないと思う」


 一応、懸念してみせるイオランテス将軍に、僕は苦笑しつつ頭を振って見せた。


「もちろん、僕をだまそうとしてる演技っていう可能性は捨てないけど、アイツらはそこまで器用な人間じゃないと思うから」


 そして、漏れ聞こえてくる《遠距離思念通話》の内容から察するに、クラヴィルを利用して僕を殺そうとしたのも、このクラスメイトたち──おそらくはリーダー格の藤勢あたりの差し金だろう。


「あの人の良いクラヴィルが僕を殺そうとするまで追い詰めたこと──そのことは絶対に許さない」


 右拳を左手のひらに打ちつけて、僕はキッパリと断言する。


「この戦いで、まずは《アレクスルーム王国軍》を完全撃破して、《リグームヴィデ王国》から《連合六カ国軍》をすべて追い出す」


 そして、最終的に《勇者》たちを追い詰め、無力化させる。

 僕は《ルナクェイタム神国軍》の《神旗》を踏みつけたまま、進撃再開の指示をイオランテス将軍やリオンヌさんに伝えた。

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