第49話 数多の思惑絡まり合って

「スバル、もう動けるようになったのか──よかった」


 リオンヌさんが全身で安堵あんどの息を吐き出した。


「ありがとう、リオンヌさんやイオランテス将軍、それに他のみんなにも心配かけてごめんなさい」


 僕はゆっくりとした足取りではあったが、でも、確実に指揮卓しきたく椅子いすに自分の足で座った。

 さっと目の前の机の上に広げられた地図に目を落とした僕は、イオランテス将軍に問いかけた。


「これが今の戦況ですか?」

「ええ、最新の情報を反映させております」


 《ルナクェイタム神国軍しんこくぐん》を撃破した《イクイスフォルティス騎士団》だったが、今度は、その《騎士団》が《鉱山都市アクリラーヴァ》、《商業都市シンティラウリ》、《エターナヒストール大公国たいこうこく》、そして、再び《リグームヴィデ王国》領域内に軍を押し出してきた《アレクスルーム王国》の軍に包囲されてしまっている。


「《イクイスフォルティス騎士団》は《ルナクェイタム神国軍》を撃破し、《勇者》たちを強奪ごうだつしたそうです」

「《勇者》の身柄みがらの奪い合いか……」

「ええ、人間どもの《連合六カ国れんごうろっかこく》にとって、《勇者》は強力な切り札ですからな。ただ、今度は、その強大な力が我ら《魔族》ではなく、味方だった人間に向けられることになったわけです」


 イオランテス将軍の説明に、リオンヌさんが深くため息をついた。


「力は人を狂わせる──すでに《勇者》たちの何人かは、同じ《勇者》の手によって殺されているという情報も入ってきている」


 部屋の入口付近で様子を見ていた水瀬みなせ先生が、意を決したように一歩進み出てきた。


「生徒──いえ、《勇者》たちにとって、仲間を殺すということは、とても重い心理的負担になっているはずです」


 イオランテス将軍やリオンヌさんは、僅かな困惑を見せる。

 そんな雰囲気の中、水瀬先生は口調を強めた。


「わたしは《勇者》たちの暴走を止めたい。もちろん、あなた方《魔族》の皆さんにとっては許しがたい敵だということも理解しています」


 でも、それを承知の上で、自分は《勇者》たちを救いたい──水瀬先生は、キッパリと口にした。


 ──部屋の中に沈黙が降りる。


 水瀬先生の主張は《魔族》としては、到底受け入れることはできない。

 だが、瀕死の僕を治療してくれたことへの恩義と感謝もある。

 そのため、無下むげに断ることもできない──そんな困惑だった。


「水瀬先生……」


 僕はゆっくりと、だが、しっかりと声を押し出して、先生たちへと視線を向ける。


「僕たちの目標──《リグームヴィデ王国》の奪還と復興に変わりはありません。そして、その前に立ち塞がる敵は誰であろうと容赦はしません」


 壁にもたれかかっていた織原おりはら先生が小さく笑う。


「じゃあ、鷹峯たかみねたちの邪魔をしなければ問題ないってことだよな」

「僕の発言をどう取るかは先生たちの問題です」

「なかなか大人びた物言いをするじゃないか」


 そう言って笑う織原先生に、リオンヌさんが刺々とげとげしい視線を向ける。


「スバルを助けてもらったから見逃してやってるけど、本来ならオマエたちは拘束されてもおかしくない立場なんだからな」

「それはありがたいことだな。って、納得いかないのなら、あの時の再戦といくか? 今度は正々堂々と一騎打ちで──」

そうちゃん、そこまで」


 りんとした水瀬先生の声が、織原先生の挑発ちょうはつを叩き伏せた。


「鷹峯くん、ありがとう」

「別にお礼を言われる筋合いはありませんよ」


 水瀬先生と織原先生は、これから戦場に向かい、助けられる《勇者》は全員助けるつもりとのことだった。


「助けた後のつぐないに関しては、また、その時に相談させてもらいます。できれば命のやり取りは避けたいから──」


 そう言い残して退出していった二人を、僕は無言で見送った。

 イオランテス将軍もリオンヌさんも何か言いたそうではあったが、僕の心境を察してくれたのか、あえて異議を挟むことはしなかった。

 僕は再び地図に目を落としてから、指示を出す。


「それじゃ、もう一度《リグームヴィデ王国》領内へ向けて進撃開始! 次こそ、この戦いを完全に終わらせる!」


 ◇◆◇


 《リグームヴィデ王国》領内の戦いは泥沼の様相ようそうを示していた。

 《魔族軍》から解放された捕虜ほりょたちをきっかけに、《五カ国》の間に芽生えた疑心暗鬼ぎしんあんきは、激しい勢いで成長していった。

 さらに、そこへ一旦は退いていた《アレクスルーム王国軍》も主導権を奪還しようと軍を押し出してきたこともあり、それぞれの国の軍は対応に苦慮する状況となっている。


「良い機会だ、このタイミングでクラスのみんな、《勇者》たちを回収──じゃない、救出しよう」


 《アレクスルーム王国軍》の本陣で、《勇者》たちの元リーダー──藤勢ふじせ 知尋ちひろが、従軍している神官に指示をする。

 すると、その神官は背中に背負っていた背嚢はいのうから大きな水晶玉を取り出して、何やら呪文のような呟きを発する。


 ──《勇者》同士の《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》。


 その力が、久しぶりに復活した。


『あーあー、みんな聞こえるかな?』


 藤勢は、いつもと同じ穏やかな口調で脳内に呼びかけを発する。


『──この声!?』

『藤勢くん!?』

『遠距離思念通話が戻ったんだ!』

『おい、この状況どうしたらいいんだよ!』


 間髪入れずに《勇者》──クラスメイトたちの悲痛な叫びが思念通話内に響く。

 藤勢は、みんなの声が一段落したタイミングを見計らって、言葉を続けた。


『みんな、大変だったよね。これまで連絡できなくてすまない。でも、ここからはみんなで団結して乗り切っていこう』


 そう言ってから、藤勢は一息置いた。


『……というわけで、みんな、それぞれの軍を脱して、僕のところ《アレクスルーム王国軍》に集まるんだ』


 自信に満ちた口調で断言する藤勢に、困惑の気配が思念通話の中にどよめく。


『え、そんなことして大丈夫なの……』

『そもそも、《アレクスルーム王国軍》が俺たちを敵扱いする可能性だって……』


 動揺するクラスメイトたちに、藤勢は自信満々に断言する。


『大丈夫、君たちが責任を問われることはない。それは僕が保証する。それに、万一、《アレクスルーム王国軍》が嘘をついて、僕たちをだますようなことがあるなら──』


 ──その時は、僕たち《勇者》が《アレクスルーム王国軍》を制圧して乗っ取り、他の国々の軍も討ち滅ぼしてやればいい。


 その異様な迫力に満ちた藤勢の言葉に、クラスメイトたちは息を呑んだ。


『僕たち《勇者》の力を一方的に利用しようと虫の良いことを考えていたんだろうけど、僕たちだってこき使われるだけじゃ割に合わないからね』


 藤勢のくらい笑いが思念通話の中にくぐもった。


 ◇◆◇

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