第八章 僕は、すでにクラスメイトをこの手で殺しています──鷹峯 昴

第47話 先代の勇者

 ──暗い、冷たい、痛い。


 僕は真っ暗闇の中、冷たい水の中に沈んでいるような感覚の中にいた。


「これが死んじゃうってことなのかな……」


 何も見えない、周りには誰もいない──そんな孤独な状態で、身体は沈み続けていく。

 まさか、クラヴィルにやいばを突き立てられるなんて、想像もしていなかった。


 ──絶対に何か理由があるはずだ。


 なぜか、クラヴィルに対する怒りは湧いてこなかった。

 むしろ、僕を刺した後、そのあとクラヴィルがどうなったのか、そのことばかり心配している。

 そう──心配と言えば、《魔族軍まぞくぐん》や《リグームヴィデ王国》のことも気になる。


 ──このあと、みんなどうなってしまうのか。


 急速に不安が爆発する。

 ここで、このまま僕が退場したら、クラヴィルやリオンヌさん、イオランテス将軍にフローラ、フルック姉弟きょうだい……みんなはいったいどうなるのだろう。


 ──たぶん、僕がいなくても、みんなはみんなの意志で進んでいく。でも……


 僕の不安は搔き回され、得体えたいのしれない恐怖へと変化していった。

 このまま僕という存在が消えても、みんなは自分の足で歩いて行く。

 そのことに対する寂しさが、さらに死への恐怖をあおり、僕はのどが詰まるのを感じた。


 ──死にたくない。


 重くなった腕を必死に持ち上げる。


 ──ダメだ、まだ、死ねない。


 たとえ、それが自分ひとり置いてけぼりになってしまう恐怖からの感情だとしても。


『……かみね……くん……たか……ねくん……しっか……して』

『そう……まだ……たばる……は……はやい……』


 不意に視界の先に白く輝く巨大な星が見えた。

 僕は本能的に重い手を伸ばし、その光を掴もうとする。


 ──僕は、まだ、死ねないんだ!


 勢いよく星の光を掴んだ手が、まばゆい閃光せんこうを放った。


 ○


「やったぞ、気がついた!」


 僕は朦朧もうろうとした意識の中で、その声の主の存在に気がついた。


「……織原おりはら先生?」

「ああ、そうだ。オレのことがわかるんだな」


 次第にハッキリしてくる視界の中にいる織原おりはら 壮史そうし先生──若い教育実習生の先生が満面の笑みを浮かべる。

 そして、隣で必死に《勇者》の《神器じんぎ》を僕にかざしている女性の背中を、勢いよく叩いた。


「それに……水瀬みなせ先生……」


 僕を治療してくれていたのは、養護教諭ようごきょうゆの教育実習に来ていた水瀬みなせ みどり先生だった。

 二人ともこの世界に転移してくる直前、僕たちのクラスと同じバスに乗っていた。

 転移した後は行方がわからず、頭の片隅で気にはなっていたが……


「よかった──とりあえず、峠は越したみたいね。まだ、油断は禁物だけど……って、そうちゃん、背中叩くの止めて、痛いから!」

「ここは……?」


 顔を横に向けると、そこは見知った部屋だった。

 短期間しか滞在しなかったが、その殺風景さっぷうけいな風景に見覚えがある。


「──《ドラクラヴィスとりで》ですぞ、スバル殿」


 報告を受けて、慌ただしく駆けつけてきたのか、息を切らせた《イオランテス将軍》が、顔をしかめながら、僕の枕元に歩み寄って来た。


「一命を取り止めたこと、非常に喜ばしい限りです。そして、先代の《勇者》お二人にも、あらためて感謝と謝罪を」

「……先代の《勇者》」


 将軍の言葉を受けて、僕がボソリと呟くと、織原先生と水瀬先生は困ったように苦笑して顔を見合わせる。


「まあ、そのあたりの話はおいおいするとして、今は回復に専念するんだな」


 織原先生の説明によると、水瀬先生の《勇者》の力──《治療回復術ちりょうちょうかいふくじゅつ》は超強力らしい。

 他にも《防御》の力も先代の《勇者》の中でも随一だったそうで、こと回復と防御に関してはスペシャリストと言ってもいいレベルにあるそうだ。

 そんな織原先生の自慢げな口調に呆れたような表情を浮かべる水瀬先生だったが、僕に対しては優しげな笑みを向けてくる。


「とりあえず、身体の外と内部の傷口が完全に塞がるまでは《回復術》を続けるので、このまま安静にしていてね。傷口さえ塞がれば食事も取れるようになるから、もう少し頑張って」


 その言葉に僕は素直に頷いた。

 そして、疑問に思っていたことを問いかける。


「……先生たちは、どうしてここにいるの?」

「それは……」


 口ごもる水瀬先生、その様子をみた織原先生は、少しだけ考え込んでから口を開いた。


「オレたちは辺境の地──《魔帝領まていりょう》の荒野地帯に飛ばされていたんだ」


 治療の間の暇つぶしになるだろう、と、織原先生は椅子の背もたれを抱えるようにして僕の横に座り、ゆっくりと話し始めた──


 ○


「オレと水瀬が目を覚ました時、気づいたら辺境の《魔族》たちに囲まれていたんだ」


 ──この《神器》がなければ、この世界に戻って早々にゲームオーバーだったよ、と笑いながら織原先生が手に嵌めた《神器》を僕の鼻先に突きつけてきた。


「これは以前、オレたちがこの世界に来たときに使っていた《神器》なんだ──って、鷹峯たかみねは、オレと水瀬が昔、一度この世界に来たことがあるって知ってるんだっけか」


 その織原先生の問いに、僕は黙って頷いた。

 《柴路しばみちノート》で知った、とある高校の一クラスの異世界転移譚いせかいてんいたん──そのクラスが、今、僕たちが通っている学校、当時の《青楓学院高校せいふうがくいんこうこう一年A組》だったということ。

 そして、そのクラスには、その時高校一年生だった織原先生と水瀬先生が在籍していたことも知っていた。


「まあ、生徒の名前は伏せられていたとはいえ、ちょっと調べればわかっちゃうよな」


 肩をすくめて織原先生は笑ってみせた。

 同じように、治療を続ける手は止めずに、水瀬先生も笑みを浮かべた。


「そうね、わたしも壮ちゃん……いえ、織原先生と同じように隠すつもりもないし。ただ、内容が非現実的だから取り合ってもらえなかっただけなのよね」

「でも、その異世界は、こうして現実に存在していた……」


 僕が呟くと、織原先生は困ったような表情で髪の毛をき回す。


「正直、オレたちはみんなに謝らないといけない」

「なにを……?」

「たぶん、今回の異世界転移は、過去に転移したオレたちが引き金になって、鷹峯たち《一年A組》全員を巻き込んでしまったんじゃないか、って」


 同じように考えているのか、水瀬先生も沈痛ちんつうな面持ちを浮かべる。

 だけど、僕はゆっくりと頭を振った。


「……それは違うよ、先生」


 以前、《アレクスルーム王国》に出向いたときに聞かされた話では、《連合六カ国》の国々が多数の《勇者》を召喚する儀式を行ったということだった。

 むしろ、織原先生と水瀬先生は、逆に僕たちに巻き込まれたんじゃないか、と、僕はゆっくりと話していく。


「じゃあ、やっぱり、こちらの世界に召喚された《勇者》って、鷹峯くんだけじゃなく、《一年A組全員》なのね」


 真剣に問いかけてくる水瀬先生に、僕は小さく頷く。

 そして、僕には告げないといけないこともある。


「……僕は、すでにクラスメイトをこの手で殺しています」


 その告白に、織原先生と水瀬先生の表情が少しだけ硬くなった。

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