第46話 裏切りの代償

 ◇◆◇


 ──《勇者》スバルが何者かにより襲われ、瀕死ひんし重傷じゅうしょうを負った。


 そのほうは、《魔族軍》──イオランテス軍内に大きな衝撃をもたらした。


「とにかく、スバル殿の治療が最優先だ!」


 イオランテスはすぐさま陣の防御を固めて後退を指示する。


「《魔族》、たぶん《狼人族ろうじんぞく》だと思う、その刺客しかくがスバルを襲ったんだ」


 一人で作戦を練っていたスバルのもとを訪れていたのクラヴィル、その彼の報告で、《魔族軍》内は騒然そうぜんとなる。

 標的となったのはグルグラを筆頭ひっとうとする、《イオランテス軍》内にいる《狼人族》の兵士たちだった。

 もちろん、彼らは無実である。

 個人差はあれど、次々と疑いは晴れ、拘束こうそくは解かれていった。


「なにやら、様子がおかしい」


 ひととおり情報を確認したイオランテス将軍が、厳しい表情を浮かべる。


「もう一度、最初から見直さなければなるまい」


 将軍は、再度話を聞くためにクラヴィルを呼び出そうとした。

 だが、その時すでに、彼は陣中じんちゅうから姿を消していた。


『《リグームヴィデ王国》にいる医者を連れてくる』


 その言葉を残して、クラヴィルは姿をくらましてしまったということだった。


 ◇◆◇


「《魔族軍》が《ドラクラヴィスとりで》へと後退しただって?」


 《アレクスルーム王国軍》の陣中で、《勇者》たちのまとめ役──藤勢ふじせ 知尋ちひろがいぶかしげな表情を浮かべた。

 この状況で《魔族軍》が後退するなんて、普通に考えてありえない。

 強いて考えれば、今、内紛ないふんを起こしている《連合六カ国》の共通の脅威きょういとなり得る自分たち──《魔族軍》が自ら戦場から離脱することで、《連合六カ国》の内輪揉うちわもめをさらにあおるつもりなのかもしれないが。


「だからといって、スルーするワケにもいかないと思うんだけど」


 そう、一人呟きながら考え込む藤勢のもとへ、兵士たちが一人の少年を引き連れてやってきた。


「《勇者》フジセ殿──この少年がフジセ殿に会わせろと押しかけて参りまして」


 身体検査したところ、武器は持っていなかったので、とりあえず連れてきたとのことだった。


「誰? 見覚えないんだけど」


 冷淡れいたんに突き放す藤勢に、泥に汚れた少年は、必死の形相ぎょうそうで訴えかける。


「《リグームヴィデ王国》の捕虜ほりょだったクラヴィルだよ!」

「クラヴィル……《リグームヴィデ王国》の捕虜……ああ!」


 藤勢はポンと手を打った。


「ああ、確かにそんなヤツいたね。わざわざ大澄おおすみ君に痛めつけさせてお膳立てした上で、鷹峯たかみねのところへ送り込んだヤツだ。なのに、全然音沙汰おとさたもなくてさ。どこかで野垂のたんだとばかり思ってたよ」


 あざけるような笑みをクラヴィルに向ける藤勢。

 そんな彼に、クラヴィルは顔をしかめて声を押し出す。


「スバルを……スバルを殺してきた!」

「え?」

「だから、《魔族軍》の《勇者》スバルを、俺がこの手で殺してきたんだ!」


 悲痛に訴えかけるクラヴィルの様子に、藤勢の表情が困惑から歓喜へと変わっていった。


「鷹峯を……なるほど、だから《魔族軍》は撤退したのか!」


 うんうんと頷きながら、藤勢は陣の中を歩き回る。


「……これは好機だ、使えないヤツだと思ってたけど、このタイミングで最高の仕事をしてくれた、よくやった」

「だったら!」


 兵士たちに抑えつけられた格好のまま、クラヴィルは顔を上げた。


「──だったら、妹や弟たちを返してくれ! 約束だろ!!」

「そんなの知らないよ」


 藤勢は必死の形相ぎょうそうのクラヴィルに、冷たい一言を返す。


「だいたい、動くのが遅いんだよ。もう、捕虜はとっくに処刑したか奴隷商人どれいしょうにんに引き渡されたかのどっちかだよ」

「な、なんだよそれ……」

「君も、もう用済みだね。とりあえず、大仕事のご褒美に命と自由は保障してあげるよ。どこへでも行くがいいさ」


 そう言うと、藤勢はくるりとクラヴィルに背を向ける。


「──もっとも、祖国も失い、《魔族軍》も裏切り、そして、僕たち《連合六カ国軍》からも追い出された君に、行く場所なんてどこにもないかもしれないけどね」

「そんな……」


 両手を震わせて、クラヴィルは地面にうずくまってしまった。


「俺はなんのためにスバルを……」

「この薄汚いヤツを、この陣から叩き出せ」


 冷酷な口調で、藤勢は兵士たちに指示を出した。


 ○


 《魔族軍》の後退で《連合六カ国》の内紛は、さらに混乱に拍車はくしゃをかけた。

 これは藤勢の懸念けねんが当たった形になる。

 《連合六カ国》が再結集するための共通の敵である《魔族軍》が戦場から姿を消したことが、逆効果になってしまったのだ。


「──それに、そもそも、再結集できる状態にない」


 リグームヴィデ王国領の王都的存在だった《精霊樹》──その焼け落ちた巨樹の根元から広大な大地を見渡しながら、《アレクスルーム王国軍》から離脱した《勇者》佐々野ささの 結月ゆづきが一人呟く。


「再び盟約を結ぶには、どの軍も味方を殺しすぎたわ」


 佐々野の言うとおりだった。

 《アレクスルーム王国軍》の《勇者》藤勢を筆頭に、《連合六カ国》の再結集を促す動きも出てきたが、どれも結果は思わしくなかった。

 むしろ、それらの動きが逆に、各国の対立を煽ってしまった感すらあった。

 その点に関しては、佐々野も自らの動きを反省している。

 実際、佐々野も《ルナクェイタム神国軍》に正面から乗り込んで談判しようとしたのだ。


「でも、もう話すら聞いてもらえないなんて、末期症状まっきしょうじょうにもほどがあるわね」


 腕の包帯を巻き直しつつ、佐々野は今後のことを考える。

 《ルナクェイタム神国兵》の包囲から脱出するときに負った傷を早く治したい。

 《勇者》には《治癒の神器》もあるが、その効果については個人差があった。

 佐々野は《剣の神器》や《盾の神器》を扱える才能はあったが、《治癒の神器》は苦手だったのだ。


「とりあえず、比較的穏健な国──《エターナヒストール大公国》か《鉱山都市アクリラーヴァ》あたりにあたってみるしかないわね」


 そして、佐々野にはやらなきゃいけないことがあった。

 それは──


「鷹峯君に会って、この戦いの根本から終わらせる必要があるわ」


 一陣の強い風が、佐々野の髪を吹き散らした。

 もちろん、この時の佐々野は、昴が仲間の裏切りによって命を落とした──という話は知る由もない。


「おそらく、この戦いを主導しているのは鷹峯君。だったら、この戦いを終わらせるには、彼の力が絶対必要だわ」


 そう言い残すと、佐々野は近くに繋いでいた馬の紐を解き、身軽な所作で跨がった。


 ◇◆◇

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