第45話 裏切りの刃

 ◇◆◇


 《ルナクェイタム神国》による《浄火じょうかさばき》の話は、またたく間に、《連合六カ国》、及び《魔族軍》に伝わった。

 これは、《ルナクェイタム神国しんこく》が大々的に行った宣伝による結果でもあり、その影響は旧《リグームヴィデ王国》領内に駐屯ちゅうとんする各国の軍に広がっていく。


 ──《アレクスルーム王国軍》の本陣内ほんじんない


 もともと、召喚しょうかんされた《勇者》たちのリーダー格であった、藤勢ふじせ 知尋ちひろが、目の前の神官に対して刺々とげとげしい言葉を投げつけていた。


「だから、言ってるだろ! 早く《勇者》間の《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》を再開させるんだ!」


 だが、神官はひたすら恐縮するばかりで、藤勢の要請、というか命令を受け流す一方だった。


「そ、それが、《遠距離思念通話》を中継するために必要な水晶の《神具しんぐ》が何者かによって破壊されてしまいまして。急ぎ、本国に替わりの《神具》を送るよう早馬はやうまを出しましたが、それ以上のことはいかんともしがたく……」

「ちいっ!」


 《商業都市シンティラウリ》の《勇者》たちの《浄火の裁き》についてのしらせがもたらされた後、あきらかに藤瀬の表情から余裕の色は消えてしまっていた。

 表面的には恐縮の態度をみせたままの神官を追い払うように退出させた藤勢に、側で様子を見ていた他の《アレクスルーム王国》所属の《勇者》たちが不安げに声をかけてくる。

 その中でも、一際ひときわ批判的だったのは、長い髪の毛をうなじの辺りで留めた剣士風の少女──佐々野ささの 結月ゆづきだった。


「一刻の猶予もないわ、今すぐにでも手分けして、各国のみんなに戦場を離脱して合流するように伝えましょう」

「そんなの、各国の指揮官たちが許すとでも思っているのかい?」


 のこのこ他国の陣に乗り込んでいったが最後、なんだかんだと理由をつけて拘束こうそくされてしまうに決まっている、と、藤勢は吐き捨てるように一蹴いっしゅうした。


「拘束なら、まだマシな方だけどね。問答無用で処刑されるということもありえるよ。《ルナクェイタム神国》の凶行きょうこうを聞いただろう」

「だからといって、このまま何もしなかったら、事態はもっと悪化するんじゃないの?」


 厳しい佐々野の視線に、少しだけ怯みかける藤勢。

 だが、すぐにいつも通りの自信げな表情を取り戻す。


「誰も、何もしないとは言ってないだろ」


 今、僕たち《勇者》が直接動くのは下策げさくだ。

 とにかく、《アレクスルーム王国》の有力者のコネを通じて、各国に働きかけるように圧力をかける。

 そう説明する藤勢に、佐々野は失望の色をあらわにする。

 とりあえず、議論は一段落して、佐々野たち《勇者》は、それぞれの持ち場へ戻っていった──はずだった。


「大変! 結月が軍を出ていったって!」


 血相けっそうを変えた《アレクスルーム王国》所属の《勇者》の一人、坂之上さかのうえ さくらが、藤勢のもとへ駆け込んでくるまで、そう時間はかからなかった。


 ◇◆◇


「さてと、次はどう動くかな」


 僕は声がはずむのを抑えきることができなかった。

 事態は、予測していた状況より、遥かに派手な、かつ、早い展開をみせていた。

 裏切り者の《勇者》を処刑したとした《ルナクェイタム神国軍》は、そのまま、《イクイスフォルティス騎士団》へと攻撃を開始したのだ。


『《イクイスフォルティス騎士団》は、《シンティラウリ》の裏切り《勇者》の処刑を拒否し、さらには保護する姿勢をみせている。これは、自らの陣営に《勇者》を集め、我らを含む国々を討ち滅ぼそうとする意思の表れである』


 《ルナクェイタム神国》の指揮官たる大司教は《神旗》を陣頭に掲げ、大々的に宣言する。

 もちろん、これは《ルナクェイタム》の野心が暴走した結果ではあるが、その背中を押したのは、僕が仕掛けた策略の影響もあるだろう。


捕虜ほりょを通じて、敵軍中に噂をばらまき、疑心暗鬼ぎしんあんきの芽を育てていく──フルックが言ってたとおりになったなぁ」


 今回の捕虜を用いた策略は、《魔王城まおうじょう》から出撃する際に、《魔王子まおうじ》ラクスフルックから提案された内容だった。

 その策の内容を現場の状況に応じて検討、修正し、実行した結果が今の状況である。

 この時の僕は、思った以上に動いていく状況に夢中になっていた。

 なので、周りへの注意がれていたことは否めない。


「スバル……」


 そして、クラヴィルがいつもと様子が違うことにも気づくことができなかった。


「あ、クラヴィル、ちょっとこっちに来てみなよ、戦場が面白いことになってきたよ」


 《ルナクェイタム神国》が《イクイスフォルティス騎士団》に攻め込むと、他の《エターナヒストール大公国》と《鉱山都市アクリラーヴァ》も、《ルナクェイタム》に追従ついじゅうして《イクイスフォルティス騎士団》へと攻撃を開始したのだ。


「ちょこっと噂を流すだけで、こんなに戦況が動くだなんて正直思わなかった。でも、この流れなら《アレクスルーム王国軍》も含めた《連合六カ国軍》全体を壊滅させるのも時間の問題だよ」

「……スバル、本当にごめん」

「え?」


 ──トスッ。


 背中から僕のお腹の中に冷たいモノが潜り込んでくる感触。

 そして、間髪入れずに痛みが爆発する。


「うぐっ……クラヴィル……? なん……で?」


 痛みに耐えきれず地面にうずくまる僕から、クラヴィルは短剣を引き抜き、昏い瞳で僕を見下ろしてきた。


「スバル、ゴメン……でも、俺にも守らないといけないものがあるんだ……」


 コツンと小さな音を立てて、クラヴィルが手にした短剣が地面に落ちる。

 その刃は、僕の赤い血に濡れていた。


「クラヴィル……僕、《リグームヴィデ王国》を……」

「うん、わかってる……わかってるんだ……でも……ゴメン!」


 その言葉を最後に、クラヴィルは身をひるがえして駆け去って行く。

 策の立案に集中したいから一人にしておいてほしいと周囲に頼んでいたことが、完全に裏目に出た。

 いや、そもそも、クラヴィルがこんなことをするなんて想像すらできない。

 僕は身体が急速に冷たくなっていくのを感じた。


「……これで、ゲームオーバーなのかな」


 視界が暗くなっていく。


「……クラヴィルにこんなことさせるなんて、誰だろうと……絶対に……許さない……」


 クラヴィルが自分の意志でこんなことするはずはない──僕はそう確信していた。

 今まで、一緒に苦難を乗り越えてきた仲間……親友なんだ……絶対になにかワケがある。


 ──だが、その僕の強い意志とは裏腹に、意識は闇の中へと落ちていった。

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