第42話 剣と策謀

 戦況は混沌こんとんとしてきた──いや、混沌としているのは《五カ国軍》の方だった。

 僕たち《イオランテス軍》は、その混沌の戦場の海を切り裂くように、縦横無尽じゅうおうむじんに駆け抜けている。


退け、退けぃっ!」


 目の前にいる《エターナヒストール大公国たいこうこく》の指揮官が、顔色を変えて絶叫した。

 精鋭部隊せいえいぶたいともなった僕は、とにかく敵陣の中央を狙って突撃を繰り返している。

 結果、敵の指揮官とおぼしき士官に遭遇することにも成功した。

 だが、全ての指揮官たちは、僕の姿に気がつくと、戦うどころか逃げ出してしまうのだった。


「《勇者》スバル殿の勇名が広まりつつあるのでしょう」


 《イオランテス将軍》から借り受けた精鋭部隊の隊長──《狼人族ろうじんぞく》のグルグラがニヤリと笑う。


「勇名ね……もしかしたら、悪名かもしれないけど」


 逃げる《エターナヒストール大公国軍》の背後を討ちつつ、僕は前進を指示する。

 この時点で、《ドラクラヴィスとりで》前の戦いは決着がついていた。

 《五カ国軍》はさんみだして戦場から離脱し、砦の門へと殺到している。


「今が好機だ、全軍、敵の横っ腹を食い破れ」


 イオランテス将軍が、配下の軍に砦へと逃げ込もうとしている《五カ国軍》の横から突撃を敢行かんこうさせた。


「ええい、こうなったらやむを得まい、砦を放棄して旧《リグームヴィデ王国》の本軍と合流するのだ!」


 《イクイスフォルティス騎士団》の指揮官が派手な装飾を施した槍を振りかざして、転進を指示する。

 それを見た他国の軍も、次々と方向を変えて砦を後にしていく。


「勝ったね」

「そうですな」


 グルグラと共に残敵ざんてき掃討そうとうしつつ、イオランテス将軍との合流を目指す僕。

 正面からまともに戦っていれば苦戦は免れない状況だったが、《五カ国軍》の連携がボロボロだたことで、勝利を手にすることができた。

 そして、この状況になると、悲惨なのは砦に残されていた少数の守備兵たちである。

 僕はイオランテス将軍に、一つの策を提案した。


「──砦の敵兵どもを、できるだけ助命じょめいせよ、と?」

「ええ」


 短く頷く僕に、イオランテス将軍は考え込む素振りを見せた。


「敵兵を助命することはやぶさかではありませんが、理由をお聞かせいただけますか?」


 今、イオランテス将軍麾下きかの軍は、勝利の余勢よせいを駆って砦を一気に落とそうとしているところだ。

 その勢いを無理にでも止めるには、それ相応の理由が必要になる。

 でも、それ以上に、今後のことを見据えることが必要だと、僕は説明した。


「《リグームヴィデ王国》に駐屯している《連合六カ国》の連合に楔を打ち込む策につかいます。できるだけ、多くの捕虜ほりょを捕まえてもらえると嬉しいです」


 ○


 僕たちイオランテス軍が《ドラクラヴィス砦》を陥落させた──そのしらせは、予想以上の反響を《サントステーラ大陸》全土に及ぼす。


『今こそ好機ぞ! この由緒ある《魔帝領まていりょう》から、《連合六カ国》とか称する無礼者どもを叩き出すのじゃ!』


 《魔王城》のバルコニーから、《魔王姫》フローラクスが集まった《魔族》の兵士を鼓舞こぶしたとかなんとか、そういう話まで伝わってきた。


「まあ、確かに好機であることには間違いないんだけど」


 僕は、テーブルの地図に目を落としながら考え込む。


「とりあえず、《魔帝領》の中の敵はフローラたちに任せてもいいかな」

「……ということは、我々が目指すべきは《リグームヴィデ王国領》ということですか」


 《狼人族》の士官しかん──グルグラが意味ありげな笑みを浮かべる。

 それに釣られて、僕も笑ってしまう。


「うん、本来の目的が《リグームヴィデ王国》解放だからね。僕たちはそっちに専念しよう」

「国を取り戻す、か……」


 そう呟いたのはクラヴィルだった、心なしか表情が暗いように見えたが、口調はいつものままだったので、あえて突っ込まなかった。

 多少、体調が悪いのかもしれないが、本人はいたって普通に振る舞っているので、僕がどうこう指図さしずするのも気配りが過ぎるというところかもしれない。


「なんか、実感はわかないけど、これで、生き残ったみんなも国に帰ることができて、また、平和にノンビリ暮らすことができるようになるってことなんだよな」

「うん、僕たちはそのために戦ってるんだし」

「そうだよな、うん、そうなんだよな」


 クラヴィルは気合いを入れ直すように両手で頬を叩いた。


「ごめん、ちょっとボーッとしてた。気合い入れ直したから、もう大丈夫」

「そっか」


 実はこう見えても、クラヴィルは剣も兵士並みに扱えるようになっている。

 僕の護衛役といった形で、同行することが増えてきたが、それ以外にも、特に後方支援作業の方で活躍することも増えている。

 最初は守るべき存在の一人だったが、今や、隣に立つ仲間という存在になったといっても過言かごんではない。


「じゃ、さっそく、《リグームヴィデ王国》へ進軍──と行きたいところだけど」

「行きたいところだけど?」

「このまま素直に進んでいったら、《連合六カ国》をもう一回団結させた上に、こちらが袋叩きになりかねないからね」


 フローラが言う邪悪な笑みを、僕は浮かべる。


「ちょっと《連合六カ国》の捕虜たちのところへ行ってくる──グルグラさん」

「さん、づけは無用と言っているではありませんか……で、それはそれとして、なにか?」


 続けた僕の言葉に、グルグラさんとクラヴィルの顔に困惑の色が浮かぶ。


「捕虜のほとんどを解放しちゃうけど、僕に任せてくれるかな」


 ◇◆◇


「なんと、捕虜どもが帰陣きじんしただと!?」


 《商業都市シンティラウリ》の本陣に陣取る髭面ひげづら傭兵団ようへいだん隊長があんぐりと口を開ける。

 ちなみに、《シンティラウリ》は自前の常設軍じょうせつぐんを持たない国だ。

 その代わりに、各地からスゴ腕の傭兵団を雇っており、今回の《魔帝領》侵攻に関しても、傭兵だけで構成された遠征軍を派遣している。

 そのため、《シンティラウリ傭兵団》は、他の国の軍隊と比べて、損得で物事を判断する傾向が強い──


「捕虜が帰ってきたとなれば、こちらとしても貴重な戦力が回復したということで万々歳ばんばんざいだが──」


 その捕虜たちは自分たちの力で脱出してきたのか? との問いに、副長は肩をすくめて見せた。


「それが、どうも要領を得ないのですが、なんでも我々傭兵団首脳部が、《魔族軍》と話をつけた結果、解放された──との話が広まっておるようでして」

「なんだと……」


 一瞬考え込んだ傭兵団長だったが、すぐさま、何かに気づいたように顔を上げる。


「マズイ! これは《魔族軍》の罠だ! 急いで軍の防御を固めさせろ!」

「わざわざ捕虜を解放しておいて、それなのに《魔族軍》が攻めてくるってことですか?」

「馬鹿野郎っ!!」


 傭兵団長が副長を殴り飛ばす。


「攻めてくるのは《連合六カ国》、いや、《五カ国》のヤツらだ! これは《魔族軍》の罠だ!」


 その傭兵団長の叫びに、《商業都市シンティラウリ》の傭兵団はにわかに活気づいた。


 ◇◆◇

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