第41話 船頭多くして……

「とりあえず、国境の守備砦しゅびとりでを奪還しよう」


 ──仲間たちとの相談の結果、僕は、そう方針を定めた。


 《魔帝領まていりょう》の東半分は、いまだ《連合六カ国》の支配下にある。

 その中で、《リグームヴィデ王国》奪還の足がかりをつくるためにも、もともとイオランテス将軍の軍が駐留ちゅうりゅうしていた国境の《ドラクラヴィスとりで》を確保したいと考えたのだ。


「《ドラクラヴィス砦》は《魔帝領》東方国境の要衝ようしょうであることに間違いありません。奪還できれば《リグームヴィデ王国》だけでなく、《魔帝領》内にもにらみをきかせることができましょう」


 複雑な面持おももちでイオランテス将軍がため息をつく。

 もともとは、将軍が《ドラクラヴィス砦》を守り切れなかったことが、今回の《魔帝領》の惨状につながる原因の一つだ。

 不甲斐ふがいない思いを抱えると同時に、絶対に奪還して挽回してみせるという、強い意志も感じられる。


「今、《ドラクラヴィス砦》に駐留している軍隊は、どこの国の所属なんだ?」


 リオンヌさんが問いかけると、イオランテス将軍が、これまた複雑な表情になる。


「《連合六カ国軍》──ですな」

「え? 《連合六カ国》から、それぞれ部隊が派遣されてるってこと?」


 あんぐりと口を開けてしまう僕に、イオランテス将軍がうなずいた。


「じゃあ、最高指揮官も存在しなくて、いろいろ決めるのは合議制ごうぎせいってことなのかな」


 正直、呆れた。

 まあ、万事上手く行っているときは問題ないんだろうけど、いざ、敵襲を受けたりしたら、どうするつもりだったんだろう。

 というか、これからそういう状況に追い込むことになるんだけど。


「ま、いいや。僕たちにとってはやりやすい状況ってことだからね。じゃあ、奪還作戦を詰めようか」


 僕は付き人の《魔族兵》に頼んで、付近の地図を広げてもらった。


 ◇◆◇


「《魔族軍》が接近してきているとな」

「ああ、おそらく《魔王城》を取り返して調子に乗っておるのでしょう」

「愚かなことよ、この《連合六カ国》──いや精鋭せいえいが守る砦を落とそうなど、考えが浅はかすぎる」


 《ドラクラヴィス砦》の司令官室に集まった五人の指揮官たちが、余裕の笑いを浮かべている。

 彼らはそれぞれ、《アレクスルーム王国》を除いた五カ国から、この《ドラクラヴィス砦》守備のために派遣された軍隊の指揮官たちである。

 表面的には好意的な合議制を敷いているということになっているが、先般、《アレクスルーム王国軍》を排除したことで情勢は変わりつつある。

 水面下では、次に追放されるのはどこの国か、自国であってはならないという危機感から、様々な駆け引きに専念している様子だった。


「──して、斥候せっこうの報告だと、接近してきている《魔族軍》の兵力は寡勢かせいというではないか。迎撃のために全軍が出撃するのはいかがなものか」


 《商業都市シンティラウリ》の代表、私設傭兵団しせつようへいだんの団長が意味深いみしんな発言をする。

 そして、他の四人はその真意を察した、いや、察したと思った。

 ここに来て、敵との前線に立つことによる兵力の消耗を避けたいという思いである。

 むしろ、馬鹿正直に敵との戦闘にのぞんで、兵力を失うことが、どれだけバカらしいことか。

 兵力が少なくなったところへ、他の国の軍から圧力をかけられるようになるなど、決して避けないといけない事態だ。


「ここは勇名をせる《イクイスフォルティス騎士団》の戦いぶりを、是非拝見させていただきたいものですな。勇猛な騎士団の姿を前に、我が軍の士気も高まりましょうし、今後の戦の参考にさせていただきたい」

「いえいえ、我ら騎士団の戦いは、他人にひけらかせるようなものではございませぬ。ここは、むしろ由緒ある《エターナヒストール大公国》の軍に、王者の風格を見せていただきたく存ずる──」


 このような調子で、五カ国は互いに厄介やっかいごとを押しつけ合うような形で、無為な時間を過ごしていく。

 そして、こうした不毛なやり取りを続けた結果──


「それでは、全軍を以て出撃し、一気に敵兵を殲滅せんめつせん」


 といった、結論に至ったのだった。


◇◆◇


「敵守備軍、どうやら、全軍出撃してきているようです!」


 《イオランテス軍》が放った複数の斥候が、同じような情報を持ち帰ってくる。

 僕は手のひらに拳を打ちつけた。


「好都合だ、こちらにとって、一番有利な展開になりつつある」

「砦にもられるのが、一番厄介でしたからな」


 イオランテス将軍も、珍しくニヤリと笑みを浮かべる。

 僕たちは敵の斥候や伝令兵でんれいへいを捕らえたりして、相手の状況をある程度把握することができていた。


「敵の五カ国軍全部を相手にすることはないよね」

「ええ、とりあえず、敵の弱い部分から突いていくのが上策じょうさくかと」


 僕とイオランテス将軍は頷きあった。


◇◆◇


「《魔族軍》、一直線にこちらに向かってきます!」


 そう叫んだのは、《商業都市シンティラウリ》の傭兵団の副長だった。


「チッ、よりにもよって、うちんところに攻めてくるとは。アイツらもわかっててやってんのかな」


 指揮官会議の時とはうってかわって、砕けた口調の傭兵団団長は、それでも、テキパキと迎撃を指示する。


「それと、両隣の《ルナクェイタム神国》と《エターナヒストール大公国》に援軍の要請を出せ、この状況なら敵の《魔族軍》を包囲殲滅ほういせんめつできる、とな──」

「前線部隊激突します!」


 副長の叫びと同時に、前方から激しい剣戟けんげきの音が巻き起こる。


「……まずい、敵の勢いがハンパねぇ」


 団長が忌々いまいましげに舌打ちをした。

 《魔族軍》の勢いはすさまじく、百戦錬磨ひゃくせんれんまの傭兵団の前線を、怒濤どとうのように粉砕してのけたのだ。

 数分も経たないうちに団長は判断した。


「退け、退けっ! 砦内に撤退するぞ、これ以上、被害を増やしたら割に合わねえ!」


 それに、《魔族軍》が自分たちを追ってくれば、他の国の軍が後背を突くこともできる。この撤退に関しての言い訳はどうにでもなる。

 《商業都市シンティラウリ》の傭兵団団長は、そう自己正当化して、自ら率先して《ドラクラヴィス砦》へと駆けていく。


 ◇◆◇


「敵軍、後退していきます!」


 その報告を受けて、《イオランテス将軍》が僕へと問いかけてくる。


「次は左右、どちらへ!?」


 僕は馬を止めずに、《幅広の剣ブロードソード》を右前方へと向ける。


「このまま、《商業都市シンティラウリ》と《ルナクェイタム神国》の間を駆け抜けて、後方から敵左翼の《鉱山都市アクリラーヴァ》の軍を討つ!」

「承知した!」


 僕たちは勢いそのままに、敵陣の合間を駆け抜けていく。

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