第七章 スバル、ゴメン……でも、俺にも守らないといけないものがあるんだ──クラヴィル

第40話 次の戦いに向けて

 《魔王城まおうじょう》を進発した僕たち《イオランテス軍》は、とりあえず《リグームヴィデ王国》国境のとりで──《ドラクラヴィス砦》を奪還するために進軍していた。

 その中央部隊に囲まれた馬車の荷台の上で、僕はクラヴィル、それに馬で併走へいそうするリオンヌさんとイオランテス将軍とともに、今後の動きについて検討している。


 ──あらためて、現在の状況を整理しよう。


 この《サントステーラ大陸》は北西部を《魔族》たちの《魔帝領》が占め、残りの南東部を《人間》たちの《連合六カ国》が治めている。

 もともと、《魔帝領》と《連合六カ国》の勢力は拮抗きっこうしていたが、それが崩れ始めたのは、数年前──僕たちの前の世代の《勇者》たちが、《連合六カ国》側に召喚されたことによる。


「あの時の戦争は、結局、消化不良のまま終わった感じでね」


 肩をすくめながら、リオンヌさんが遠くの空を見上げる。


「オレたち《魔族軍》を率いていた《魔勇者》が、強制的に元の世界に送還されてしまったんだ──もしかしたら、スバルもそのあたりのことは知っていたりするのかな」

「うん、ネットの記事とか──いや、人づてに聞いた話だけどね」


 この異世界に転移した過去の《青楓学院高校せいふうがくいんこうこう一年A組》の面々は、《人間》と《魔族》の戦争に巻き込まれたあげく、多数の犠牲者をうしなって、生き残ったわずかな生徒だけが現実世界へと戻ることができた。

 ただ、その中に、一人だけ裏切り者──仲間殺しと後ろ指を指されていた少年がいた。

 その彼こそが、おそらく、こちらの世界での《魔勇者まゆうしゃ》なのだろう、と、僕は考えている。


「その《魔勇者》の人は、こっちの世界に戻ってきたの?」


 僕の問いかけに、リオンヌさんとイオランテス将軍は微妙な表情で視線を交わし合う。

 《魔勇者》と呼ばれる少年は、現実世界に戻ってきた後、卒業式の日に事故にって行方不明になっていた。

 行方不明と言っても謎が多い事故で、衆人環視しゅうじんかんしの交差点でトラックにはねられたにも関わらず、その姿が掻き消えてしまったという状況なのだ。

 おそらく、再び異世界に転移した──僕は内心でそう断定している。


「──《魔勇者》殿のことは今は忘れましょう」

「そうだな」


 イオランテス将軍の言葉に、リオンヌさんも同意してみせる。

 僕はさらに問いかけようとしたが、思いとどまった。

 二人が、この話にこれ以上踏み込まないようにと、暗に言っているような気がしたからだ。

 たぶん、話せるときが来たら話してくれる、今はその時では無いのだろう。

 その気持ちを汲み取って、僕は話題を変えた。


「それじゃ、《リグームヴィデ王国》の奪還についてってことで話を移すね」


 普通に考えたら、とりあえず《王都》とも言える《精霊樹せいれいじゅ》を確保して、そこを拠点に《連合六カ国》勢力を追い出していくというのがわかりやすい戦略だと思うんだけど……


「それだと、逆に《連合六カ国》全体に包囲されたあげく、袋だたきにされるって可能性も大きいんだよね」


 《連合六カ国》は盟主とも言える大国《アレクスルーム王国》と他の五カ国との不和から、連合も崩壊状態にあるとの情報だったが、そこに、僕たちが《リグームヴィデ王国》再興さいこうを掲げて入りこむと、再び、六カ国が手を結ぶ危険性もある。


「だったら、どうするん?」


 のほほんとした口調とは裏腹に真剣な表情で問いかけてくるクラヴィルに、僕は小さく手を振って見せた。


「理想は、《連合六カ国》の国々を争わせて、力が弱ったところを僕たちが討つってところなんだけどね」

「──漁夫ぎょふ、というやつですな」


 イオランテス将軍が《魔勇者》から教わったと笑った。


「そう、そのためにも、進軍すると同時に敵国への謀略ぼうりゃくっぽいことも必要なんだけど」


 僕は天を仰いだ。


「でも、そーいうの難しいんだよねー」


 だが、僕たちにはこういう面に関して、頼りになる仲間がいる。


『僕たち《魔帝領》としても、敵である《連合六カ国》が内紛を起こしてくれればメリットしかありませんしね。こちらで、いろいろ動いてみますよ』


 そう邪悪な笑みを浮かべて見せたのは《魔王子》フルック。

 露骨ろこつに引いている姉の《魔王姫》フローラをよそに、フルックはいくつかの離間策りかんさくを、僕に披露してくれた──


「そんなカンジでフルックたちも動いてくれてるから、僕たちはどんな状況に遭遇しても即応できるように準備はしておこう」


 その僕の言葉に、クラヴィルやリオンヌさん、イオランテス将軍が、それぞれの表情で頷いた。


 ◇◆◇


 ──アレクスルーム王国軍《魔帝領》遠征軍本陣。


「フジセ殿をはじめ、《勇者》の皆様方がご帰還なされました!」


 《アレクスルーム王国》に所属している藤勢ふじせ 知尋ちひろと四人の少女《勇者》は、戦塵せんじんに汚れた姿で本陣内を進んでいる。

 助かった、と、安堵あんどの表情を浮かべる少女たちとは異なり、藤勢だけは苛立ちを隠せない様子だった。


「あれだけ言ったのに、結局、みんなバラバラに行動してしまった」


 藤勢がいきどおっていたのは、《魔王城》から脱出する際、最終的にクラスメイトの《勇者》たちが集結しなかったことにある。

 今後の目論見もくろみとして、自分たち《勇者》が団結し、一勢力として《連合六カ国》と交渉するつもりだったのだ。


「《勇者》の勢力としてなら、《連合六カ国》とも対等に渡り合えたのに、それぞれが国に戻ったら、《勇者》という存在は《連合六カ国》各国の配下──よくて傭兵ようへいという立場になってしまうのに……」


 悔しげに呟く藤勢を、少女《勇者》の一人、女剣士風の佐々野ささの 結月ゆづきが醒めた目で見つめている。


「もう、この辺りが引き時なんじゃないかしら」


 各国の《勇者》──クラスメイトたちに《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》で連絡を取って、この一連の戦争から身を退いて、辺境のどこかで穏やかに暮らすという選択肢もある。


「そうすれば、これ以上、仲間が死ぬこともないだろうし、鷹峯たかみね君とも和解できるかもしれない──」

「──なにを今さら」


 藤勢は佐々野の提案を冷たくあしらう。


「僕たち《勇者》が辺境に引きこもったって、《連合六カ国》が放っておいてくれるわけないじゃないか」


 《勇者》はいわばジョーカーだ。

 味方の手札にあれば、これ以上の強力な切り札はないが、それが、敵の手に渡れば、大変なことになってしまう。


「だからこそ、僕たち《勇者》は団結して、一カ所に集まっていないといけないのに」


 無意識のうちに藤勢は親指の爪を噛んでいた。


「なんとかして、《アレクスルーム王国》本国に戻った女王に会って、こちらの体勢を立て直さないと……」


 だが、その藤勢の狙いは空振りに終わる。

 本国の女王から、藤勢たち《勇者》に対し、指示が残されていたのだ。


 曰く──


『フジセ殿を筆頭とする《勇者》殿たちに以下のことを要請します』


 ひとつは、《アレクスルーム王国軍》遠征軍に指揮官の一人として留まること。

 そして、もうひとつは、遠征軍を指揮して《魔帝領》の現在の占領地と、旧《リグームヴィデ王国》の領土を確保すること。


「……最悪だ」


 藤勢は目眩めまいを感じて、手近な椅子に腰を下ろしてしまう。


◇◆◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る