第39話 僕たち運命共同体

 ◇◆◇


「あ、鷹峯たかみね、また《柴路しばみちノート》読んでる」


 放課後の教室に一人残ってタブレット端末に視線を落としているすばるに、弓道部の部室から戻ってきたのか、袴姿はかますがた雪村ゆきむら せいが、呆れたように笑いかける。


「鷹峯は、よっぽど異世界転移が気になるんだね」

「悪い? っていうか、この学校に入学するヤツらなら、誰でも一度は読むでしょ」

「一度なら、ね」


 雪村が肩をすくめてみせた。


「確かに、《柴路ノート》の異世界転移話はこの学校──ボクたちの先輩たちの話だけどさ、だからって、同じようなことがそうそう起きるわけもないじゃない」


 椅子に後ろ向きに座って笑いかけてくる雪村に、昴はあっちに行けと手を振る。


「逆にこの学校が特異点とくいてんっていう可能性も捨てきれないだろ。しかも、《柴路ノート》と同じ一年A組になれたんだ、少しは期待したっていいじゃないか」

「あれから何回一年A組ができたと思ってるのさ、みんな無事平穏に二年に進級していったよ」

「……」


 不機嫌そうに沈黙する昴に、雪村がゴメンゴメンと謝ってみせる。


「……でも、そんなに異世界にいってみたいかなぁ」

「僕は、もうこの世界にウンザリしてるんだ」

「そっかぁ……」


 雪村が切なげな笑みを浮かべた。


「でも、この世界もそんなに捨てたもんじゃないと思うんだけどね……」


 ◇◆◇


「……夢?」


 僕は重い身体をゆっくりと起こした。

 辺りを見回すと、見慣れない部屋の中の簡易寝台の上だった。

 ゆっくりと記憶を整理し、僕は、昨日の戦の後、必要な作業を済ませて、早めに休ませてもらったことを思い出した。


「僕は立ち止まってられないんだ」


 毛布をのけて地面に降り立った僕は、制服と軽鎧けいよろいを身に纏い、最後に《幅広の剣ブロードソード》を腰にく。


 ──僕たち《魔族》連合軍は《魔王城まおうじょう》の奪還に成功した。


 《魔王城》を占拠していた《勇者》たちは散り散りに逃げ出していった。

 その際に、《魔族》連合軍も何人かの有力者や将軍が、逃げる《勇者》に討ち取られてしまう。

 ただ、痛手ではないといえば嘘にはなるが、それでも、フローラやフルック、イオランテス将軍、マースクルゥさんや《魔獣王まじゅうおう》といった最有力者は無事だったのは幸いだった。

 ちなみに、最後まで《勇者》たちに食らいついていったのは、遊撃隊ゆうげきたいを率いていたリオンヌさんで、その不死ふしの特殊能力で、《勇者》たちを散々苦しめたとのことだった。


「《魔王城》を我が手に取り戻したぞ!」

「《勇者》の一人も討ち取った! しかも他の《勇者》どもは尻尾を巻いて逃げ去ったぞ!」


 《魔族》連合軍の士気しきは急上昇していた。

 ただ、《魔族》側から《勇者》雪村ゆきむらの首を渡してほしいと申し出があったが、僕は、やんわりと、だがハッキリと拒絶した。

 もちろん、《魔族軍》に対する僕の信頼度を上げるためには、雪村の首も引き渡して、士気高揚の材料のひとつとするべきだったのだろうが、僕にはそれができなかった。


「まあ、よい。スバルにも、いろいろ思うところがあろう。それは尊重すべきじゃな」


 フローラが、不満げな《魔族兵》たちを説得してくれた。


「それで、この先の話じゃがな、スバルよ」


 勇者たちから取り返した《魔王城》の玉座ぎょくざの間で、僕はフローラ、フルックの姉弟きょうだいと、今後のことについて打ち合わせる。

 ちなみに、玉座の間と言ってもフローラたちは椅子には座らず、きざはしの前に行儀悪くあぐらを掻いて座って、僕と向き合ってくれていた。


「──僕たちが協力できる兵力は、イオランテス将軍の部隊くらいです」


 申し訳なさそうにフルックが頭を下げた。


「いや、フルックが謝る筋の話じゃないと思うよ、むしろ、イオランテス将軍を貸してくれるなんて、感謝したいくらいだよ」


 それは僕の正直な気持ちだった。

 これから、僕たちの国《リグームヴィデ王国》を取り返すにあたって、当然、兵力が必要になる。

 復帰したリオンヌさんが、《リグームヴィデ王国》の生き残りの義勇軍を率いてくれているが、兵力としては絶対的に足りない。

 そこへ、《魔族》側とは言え、名将と言えるイオランテス将軍によって、正規の訓練を受けている軍隊が合流するのだ。これ以上、心強い存在はない。


「そもそも、イオランテス将軍は《リグームヴィデ王国》方面の国境を守備していた将軍ですからね。建前としても、いろいろやりようがありまして」


 フルックが、床に広げた地図の上の駒を動かしつつ、説明してくれる。


「正直なところ、ここ《魔王城》を取り返したとはいえ、《魔帝領》はボロボロの状態です。クララねえの後援を受けて、マースクルゥさんや、《魔獣王》さんの力を借りないと、立ちゆかないというのが現状です」

不甲斐ふがいないということはわかっているのだが、こうなったら、一刻も早く《魔帝領》を立て直して、スバルに力を貸すというのが、一番確実かつ効率的じゃろう」


 その姉弟の説明に頷きつつ、僕は明るく笑い返した。


「その気持ちはもちろん嬉しいけど、無理はしないでね。足もとを固めるのが一番大事だよ。イオランテス将軍の軍だけでも、僕からみたらだからさ──それよりも」


 僕はゆっくりと立ち上がってから、フローラとフルックの姉弟に深々と頭を下げた。


「山の中で偶然出会っただけの僕たちに、これだけのことをしてくれてありがとう」

「な、何を言うか!?」


 フローラが慌ててガバッと立ち上がって、僕の両手を掴む。


「それを言うなら、いきなり樹の上から降ってきたわらわたちに、ここまで力を貸してくれたスバルの方がエラいじゃろう!」

「そうですよ、僕たちは、スバルに返しきれないほどの恩ができてしまいました。なので、これから少しずつでも返済しないといけない立場なんです──あ、多少利息分はまけてもらえると嬉しいですけど」


 同じように、笑みを浮かべながら、フルックも僕の両手に手を乗せてきた。

 フローラがおごそかな口調で続ける。


「わらわたちは、今となっては運命共同体といってもいい存在なのじゃ。なので、遠慮はらぬ。互いを利用し合って、それぞれの道を切り開くのじゃ」


 僕はたかぶる感情を押さえて、ゆっくりと頷く。


「ありがとう……そして、これからもよろしく」

「おうよ、こちらこそ、スバルの《勇者》の力、まだまだ利用させてもらうからの」

「ははは、お手柔らかに頼むね」


 こうして、僕はクラヴィルとリオンヌさん率いる《リグームヴィデ王国義勇軍》。そして、イオランテス将軍配下の軍隊を率いて《魔王城》を進発する。


「目指すは《リグームヴィデ王国》領! 今度こそ、あの平和な王国を《連合六カ国》の魔の手から取り戻し、解放する!」


 高々と《幅広の剣ブロードソード》を僕が掲げると、盛大なときこえが《魔王城》の門の内外うちそとに響き渡った。

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