第38話 とある勇者の死

 僕たち《魔族連合軍》は《魔王城》を完全に包囲下に置いていた。

 南方から、僕とフローラ、フルックとともにイオランテス将軍が率いる本軍が進み、西方はマースクルゥさん、東方は《魔獣王まじゅうおう》の軍隊が押さえており、残る北方は魔族の有力者たちの大軍勢がふさいでいた。

 ちなみに、リオンヌさんは《リグームヴィデ王国》の生き残り──義勇軍ぎゆうぐんを率いて、僕たち本軍の後方に控えている。


「全軍、攻撃開始!」


 《魔王城》は東西南北に大門だいもんを構えている。

 とりあえず、順当に僕たち《魔族連合軍》は、それらの大門に攻撃を仕掛ける。


「やはり、大門は一筋縄ひとすじなわではいかぬのう」


 フローラが悔しそうに歯がみする。

 もちろん、フローラとフルックの必殺ブレス《爆裂豪炎ばくれつごうえん》で一気に突破することも考えていたのだが、《魔族連合軍》の中から反対する声が上がったのだ。


「《魔王城》を守っているのは勇者たちと《連合六カ国》の寡兵かへい、とうてい大門を守護しきれる兵力には及ぶまい」


 そう笑ったのはマースクルゥさんだった。

 彼女の配下の中には、身軽な動きを得意とする魔族も多い。大門に兵力を集中して、敵を引きつける一方、その身軽な兵士たちが城壁を越えて、魔王城内部へと侵入していく。


「大門が開きました!」


 身を乗り出していたフルックが声を上げる。

 その視線の先では、重厚な鉄門が内側から音を立てて開いていく。

 フローラが興奮したように拳をちゅうへと突き上げた。


「よっしゃ、者ども一気に突入するのじゃ! 《魔王城》を一気に取り返すのじゃ!」

「「「おおおおーーーーーっ!」」」


 一斉に鬨の声を上げて、動き出そうとするイオランテス軍。

 だが、僕は、背筋に悪寒が走る感覚に体を震わせ、本能的にイオランテス将軍へ、指示を飛ばす。


「ちょっと待って! いったん、門の前から退いて、防御態勢を取って!」


 普通の将軍だったら、僕の指示に戸惑い、動きが鈍るところだろう。

 だが、イオランテス将軍は違った。

 とっさに、僕の指示に従い、門前の兵士たちを下がらせる。


 ──シュイン、シュイン、シュインッ!!


 刹那。

 門の前に空いた空間に、幾条もの光の槍が降り注いだ。


「勇者の力かっ!?」


 イオランテス将軍が声を上げる。

 僕は急いで軍の前へと走り出し、勇者の防御の力を展開する。

 巨大な光の盾が広がり、敵の勇者の遠隔攻撃を弾き飛ばしていく。


「あれ? それって、勇者の力じゃん」

「って、ことは、鷹峯たかみねがいるってことじゃん?」


 門の前から逃げ遅れた魔族兵を光の剣で薙ぎ払いながら、二人の少年が進み出てくる。

 それは元クラスメイトの勇者──葉沢はざわ 淳樹じゅんき淳哉じゅんやの兄弟だった。


「え? 鷹峯くん……」


 葉沢兄弟に続いて、弓の《神器しんき》を手に駆け出してきたのは雪村ゆきむら せいだった。

 呆然と僕を見つめてくる。

 さらにその後ろからは、浦神うらかみさん、漆山うるしやまさん、飛騨ひださんといった女子生徒が姿を現す。


「……鷹峯君、なぜこんなところに?」


 浦神さんも薙刀なぎなたのような《神器》を出現させた。

 だが、僕が応える前に葉沢兄弟がからかうような口調で笑ってみせる。


「なぜって、《魔王城》を奪還するために決まってるだろ」

「なら、ちょーど、イイじゃん」


 《幅広の剣ブロードソード》の《神器》を構える僕に、葉沢兄弟が笑みを歪ませる。


「ここで鷹峯を殺して首を《エターナヒストール大公国》に持って帰れば、褒めてもらえるんじゃねーの?」


 そう言うなり、葉沢兄弟たちは、問答無用とばかりに襲いかかってくる。

 僕は《防御障壁ぼうぎょしょうへき》を自分の周囲に張り直して攻撃を防ぎ、隙を突いて、《幅広の剣》を振るい、光の刃を飛ばす。


「ね、ねえ! やめようよ! ここでクラスメイト同士で殺し合いだなんて!」


 雪村が必死に懇願こんがんする。


「浦神さんたちも、止めてよ! ダメだよ、こんなことしてたら!」

「……」


 必死の雪村の願いにも関わらず、浦神さんたち女子陣も、僕の方へと武器を構えたまま、表情を強ばらせている。

 一方で、葉沢兄弟たちの攻撃は激しさを増す一方だった。

 一人を相手にするだけでも面倒なのに、兄弟ということもあってか、微妙に息の合った攻撃がやっかいで、隙を見出すにしても、なかなか攻撃に転じることができない。


「鷹峯もなかなかやるじゃん!」

「でも、ボクたちの動きにどこまでついてこられるかなっ!」


 ちなみに、葉沢兄弟は双子ではない。

 兄の淳樹が四月生まれ、弟の淳哉が早生まれの三月生まれという、約一年差の兄弟だ。

 まあ、そんなことはどうでもいいけど。


「調子に乗るのもいい加減にしてよね」


 僕は《幅広の剣》の刃を分割して、刃のムチへと展開させる。


「「なんだよそれ!」」


 突然の攻撃パターンの変化に、戸惑いを見せる葉沢兄弟。

 僕は大きく刃のムチをしならせて、空中の全方向から、光の刃を二人に降り注がせる。


「「うああああっっ」」


 必死に剣を振り回して、光の刃を弾きまくる兄弟に、僕は突進した。

 刃のムチから剣へと形を戻して、兄の淳樹の胸へと突き立てる──いや、突き立てようとしたとき、光の矢が僕の足もとに弾けた。


「鷹峯くん、止めて!」

「雪村……」


 僕が顔を横に向けると、そこには光の矢をつがえた《神器》を手に、雪村がこちらを狙っていた。

 雪村が必死な声を上げる。


「葉沢くんたち、早く逃げて!」


 その声に、一瞬、戸惑うように顔を見合わせた葉沢兄弟だったが、小さく頷きあってから駆け出し、雪村の後ろ、浦神さんたちの元へと合流した。


「鷹峯くんは、ボクが押さえているから、早く行って!」


 さらに声を高める雪村に頷いて見せると、浦神さんたちは葉沢兄弟たちを促し、この場から離脱していく。


「逃がすな、追え!」


 イオランテス将軍が、逃げる勇者たちに追っ手を差し向けるが、僕は雪村に相対したまま、動くことができなかった。


「雪村……本気でやるつもりなのか……」


 僕は《幅広の剣》を再び刃のムチへと変化させる。

 確かに僕はクラスの中で孤立していた。

 でも、その中でも比較的良好な関係を築いているクラスメイトもいた。

 その一人でもある雪村は弓矢の《神器》を今、僕に向けている──


「ねえ、鷹峯くん、今からでも遅くないから、みんなのところへ戻ろ──っ!?」


 突然のことだった。

 複数の剣先が雪村の胸や腹から突き出てきた。


「雪村ッ!?」


 僕は刃のムチを手にしたまま、前のめりに斃れる雪村へと駆け寄り、体を支えた。

 その後ろでは、雪村の血に濡れた剣を手にした魔族の兵士たちが、複雑な表情を浮かべて佇んでいる。

 そんな兵士たちにイオランテス将軍は歩み寄り、「よくやった」とねぎらってから、僕に向けて小さく頭を下げてきた。


「イオランテス将軍……」


 魔族の兵士たちにとって、勇者は許すことはできない存在だ。

 だが、僕自身は勇者であるクラスメイトたちに、複雑な人間関係からの絡み合った感情を抱いているが、そんなこと、魔族の兵士たちにとっては知ったことではない。

 だが、そのあたりの忖度も含めて、イオランテス将軍が上手く収めてくれた──


「……雪村」


 僕は耳元にそっと囁きつつ、勇者の《治癒の力》を発動させる。

 だが、その力をもってしても雪村の傷は塞がらず、着ている制服に赤黒い染みが次々と広がっていく。


「……ボク、死ぬのかな……イヤだな……死ぬの……痛いし……怖いよ……」


 涙を流しながら言葉を押し出す雪村の頭を、僕はそっと撫でた。


「この世界での死は、もしかしたら、現世に戻るということかもしれないよ」

「そんなこと……《柴路しばみちノート》に書いて……なかったじゃん……嘘つき……」


 雪村の身体が、ぐっと重くなった。


「……ねえ……できたら……死ぬのは……ボクだけで……終わりに……」


 その言葉を最後に、彼は事切れた。

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