第37話 魔王城へ集結せよ

 ──《魔王城》奪還作戦。


 僕たちは《新興都市しんこうとしノーヴァラス》に帰還後、数日を休暇に充てただけで、すぐに軍の編成と出撃準備に移行した。


 目指すは、《魔帝領》の王都《魔王城》。

 そして、今、その《魔王城》を支配しているのは僕の元クラスメイトである《勇者》たち。


「勇者の力は強力だけど、限界もある」


 それは、戦線せんせんの維持だ──と、僕は指摘した。

 確かに勇者の力の前では、魔族軍も苦戦をいられるだろう。

 だが、それが野戦やせんとなれば、物量で押し込めば、勇者たち全員でも戦線の全体はカバーできない。

 合間を突破し、《魔王城》に突入すれば、僕たち魔族軍の勝利となる。


「だが、そんなこと、ヤツらとしても百も承知ではないのか」


 フローラが《魔王城》の地図を前に考え込む。

 姉に続いて、フルックも低く呟く。


「ですね、おそらく、敵の勇者どもは籠城戦ろうじょうせんを選択すると思います。少数とは言え、強力な勇者たちに要衝ようしょうを押さえられると、簡単には攻め落とせません」

「いや、そうでもない」


 僕はゆっくりと顔を上げる。


「城に立て籠もってくれた方が、僕としてはやりやすい。正面から乗り込んで、ひとりひとり倒していけばいいんだから」


 さながら、ロールプレイングゲームのラストダンジョンだ、と、内心で呟く僕。


「なんにせよ、とりあえずは《魔王城》の包囲を目指そう。万一、勇者たちが打って出てきたら、各個撃破かっこげきはを目指して、勇者たちを隔離する路線で」


 キッパリと言い放つ僕の言葉に、フローラを始め、その場に集まった首脳陣が同意を示す。


「そして、勇者たちが《魔王城》に立て籠もるというなら、周りを包囲して、そのあとは僕がトドメを刺すよ」


 ◇◆◇


 ──《魔帝領》の中心に位置する《魔王城》。


 今、その《魔王城》は勇者たちの支配下にあった。

 もっとも、その情勢も危うくなろうとしている。


藤勢ふじせ君、無事かしら?」


 個室に軟禁なんきんされていた、藤勢ふじせ 知尋ちひろの元へ、クラスメイトの佐々野ささの 結月ゆづきたち四人が姿を見せた。全員が同じ《アレクスルーム王国》に所属する勇者たちだ。


「……君たちがここに来たと言うことは、情勢が変わったということだね」

「ええ──と、言っても、藤勢君も窓から外を見ていたのなら気づいているでしょう?」

「ああ、信じたくないけどね」


 藤勢は肩をすくめて首を振って見せた。

 チラリと視線を向けた窓の先には、《魔王城》を包囲する魔族の大軍がひしめいている。


「なんで、こうなるまで放っておいたんだい?」

「そう言われても、私たちもさっきまで軟禁されていたから、なにも言えないわ」

「それはそうだね」


 藤勢は苦笑しつつ、大会議室へと向かう。

 すると、その部屋にはすでに他の国に所属する勇者たちが集まっており、一様いちようこわばった表情を見せていた。


「なんで、こうなるまで放っておいたんだい?」


 もう一度、今度は侮蔑ぶべつの色もあらわにして、大会議室に集まったクラスメイトたちに藤勢は言い放った。

 藤勢たち《アレクスルーム王国》所属の勇者排除を主導した、浦神うらがみ 和香わかが、唇を噛みしめながらも、かろうじて口を開く。


「それは、こんなことになるなんて思わなくて……それに、会議で皆で話し合ったんだけど、結論も出すことができなくて……」


 責任の押し付け合いに終始するの様子を、容易に思い描くことができて、藤勢はくらい笑みを浮かべた。


「ということは、ここから先に関してもノープランっていうことなんだ」

「……とりあえずは、脱出しましょう」


 浦神が顔を上げる。


「だから、藤勢くんたちの軟禁も解いたの。置いていくわけにはいかないし、なによりも力を合わせて脱出しないと!」

「《魔王城》──この僕たちの城を捨てるってこと?」

「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ!」


 ヒステリックな声を上げる浦神とは対象的に、あくまで藤勢は冷静な態度を崩さなかった。


「まあ、逃げるという策は否定しないけど、ただ逃げるだけじゃ、《連合六カ国》に対して会わせる顔もないよね」

「どういうこと?」


 同じく冷静に問いかける佐々野の言葉を受けて、藤勢は指を立ててみせる。


「どうせ逃げるために敵軍を突破するなら、敵将の首のひとつやふたつ、手土産に持って返ろうっていうことさ」


 そう言うと、藤勢は全員をバルコニーの上へとつれだした。


「ほら、見てわかるだろう? 敵将がいる場所にはたくさんの旗が立っている。分担して、そこを狙おう。そして、そのまま敵将の首を取ったら、戦場を離脱。あとは、合流地点を決めておいて、必ずそこに集まること」


 絶対に、勝手に自分の所属国に逃げ帰ったりしない、それだけは約束しよう、と藤勢は語気を強める。


「僕たちはまだ負けていない。むしろ、逆転の目はすぐそこにあるんだよ」


 ◇◆◇


「あれが、《魔王城》……」


 僕は本陣の中央から、遠目に高くそびえる《魔王城》を眺めていた。

 隣に座るフローラとフルックも感慨深い表情を浮かべている。


「……一度は放棄し、奪われてしまった玉座。だが、今こそ取り返すときがきた」

「ええ、姉上。あの時の僕たちには力が足りなかった。でも、今となっては違います」


 《魔王城》を包囲する魔族の大軍は、攻撃の合図を今か今かと待ち構えている。

 本陣にはイオランテス将軍、左翼にはマースクルゥさん、右翼には《魔獣王》、名だたる将軍が精兵を率いて布陣している。

 さらには、後方では《魔貴族》クラーラフロスさんとパーピィさんが万全の支援体制を構築してくれていた。


「戦いは戦闘の前に勝敗は決してるっていうけど、今回の戦いも、そう思っていいみたいだな」

 僕の後ろから声をかけてきてくれたのは、《リグームヴィデ王国》の生き残り──義勇兵たちを率いてくれているリオンヌさん。

 さらに、横に立つクラヴィルが、僕の背中を軽く小突く。


「やっぱ、スバルはスゴいや。俺、スバルの友達やってて誇らしいよ」

「なんだよ、それ」


 僕は苦笑しつつも、クラヴィルの拳に、自分の拳を打ちつける。

 今回の戦い、《魔王姫》フローラクスと《魔王子》ラクスフルックの連名で、僕が総指揮官に任命されていた。

 最初は、人間である僕が指揮を執ることに難を示す魔族が多いのではないかと思っていたが、実際には目立った抵抗は見られなかった。

 フローラ曰く、人間の勇者のもとで、魔族たちが戦ったのは、これがはじめてでは無いとのことだ。


「《魔勇者》……」


 その称号が、あちらこちらから漏れ聞こえてくる。

 だが、僕は首を振って雑念を払う。

 今は、目の前の《魔王城》を取り返すこと。

 そして、その先の道は《リグームヴィデ王国》奪還へとつながっている。


 ──僕はキッと前方を睨み据えた。


「全軍突撃! 勇者どもから《魔王城》を取り返すんだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る