第36話 英雄集結

「フローラクス様、ラクスフルック様、それにイオランテス将軍とスバルさんも、ご無事でなによりです!」


 《魔帝領》内、《新興都市しんこうとしノーヴァラス》。

 軍隊と《リグームヴィデ王国》の難民なんみんを率いて帰還してきた僕たちを、市長のパーピィさんが門の外、郊外の端まで出迎えてくれた。


「パーピィ! 戻るのが遅くなってすまぬ。それに、後方支援大義たいぎであった、とても助けられたぞ」


 フローラが嬉しそうに応えつつ、パーピィへと抱きついた。


「いえいえ、《魔王姫まおうき》殿下たちのご活躍は伝え聞いておりました。まさか、本当に敵の王都を陥落かんらくせしめるとは、《ノーヴァラス》の皆も驚いております」


 そう言うと、パーピィ市長は後ろの街を指し示す。


「ご覧ください、《魔王姫》殿下らの勇名を聞きつけて、《魔帝領》各地のお味方が駆けつけてくれましたよ」

「──なんだ、この大軍」


 僕の隣でクラヴィルが間抜けな顔で口を開けてしまう。

 似たり寄ったりの表情で、僕も辺りを見回した。


「これ、全部、魔族の軍隊か……」


 すると、パーピィの後ろから、三人の魔族の人が歩み寄って来た。

 その姿に気づいたフローラクスの表情がぱぁっと明るくなる。


「クララねえ! それに、《魔獣王まじゅうおう》のおっさんと、マースクルゥではないか! わらわを助けに来てくれたのか!」


 歓喜の声を上げるフローラに、三人の魔族の一人、フローラたちと同じ竜のツノを持つ美女が、扇で口元を隠しつつ、妖艶ようえんな笑みを浮かべる。


「フローラもフルックも久しく見ないうちに成長しましたね。人は苦難にうと、それに見合った経験を積むとは言いますが、それにしても見違えました」


 ──魔貴族まきぞくクラーラフロス、フローラやフルックと同じ一族に連なる公女殿下とのことだった。


 続いて、腰まで黒髪を伸ばした精悍な女剣士──マースクルゥが紹介された。

 パーピィがその実力に太鼓判を押す。


「師匠──いえ、マースクルゥ殿は《魔帝領》内外の反人間勢力の魔族を取りまとめている存在です。今回の戦いにも力を貸してくれることになりました」


 そう笑うパーピィに苦笑を見せてから、そのマースクルゥさんは、僕とクラヴィルの前に進み出てきた。


「《リグームヴィデ王国》の生き残りと、それを助ける人間の勇者よ。私の力及ばず、助けの手を差し伸べることすらできず、本当に歯がゆい思いをしていた。この通りびる」


 もともと、マースクルゥさんは、《魔帝領》の外、《連合六カ国》にも斥候せっこうを潜り込ませて情報収集や裏工作をしていたのだが、友邦ゆうほうたる《リグームヴィデ王国》の侵攻を察知することも止めることもできなかったことについて、頭を下げてくれたのだ。

 クラヴィルが慌てる。


「いや、俺たちに頭を下げることなんかないですよ! そもそも本来なら俺たちの国は俺たちでなんとかする筋の話だし……」


 そう言う彼の口調がすぼんでいく。

 自分でなんとかするのは筋だとしても、その力が今の自分たちにはない、そのことが後ろめたいのだろう。

 そんな僕たちの様子に、マースクルゥさんは小さく笑った。


「確かにそのとおりだな。私としたことが少々出過ぎたようだ。だが、それはそれとして、一つだけ詫びとして、そなたたちに返すとしようか」

「返す?」


 僕が首をかしげると、マースクルゥさんは辺りに響くような声を張り上げた。


「このバカ弟子がっ! いつまで、コソコソと隠れているつもりだ! とっとと、顔を出して詫びを入れるなりなんなりするがよい!」


 一瞬辺りが静まる。

 そして、後ろの人だかりの中から、一人の《魔人》の青年が姿を現した。


「よ、スバルにクラヴィル、無事でなによりだ」

「「リオンヌさんっ!?」」


 《リグームヴィデ王国》からの逃避行の中。僕たちを逃すために敵中に残ってくれたリオンヌさん、その彼が、今、無事な姿で僕たちの前に立っている。

 僕とクラヴィルは、その彼に抱きついた。


「お、おい、どうしたんだよ、二人ともいきなり……」

「リオンヌさん、良かった無事で!」

「そうだよ、俺たちとっても心配したんだからな!」


 リオンヌさんは、《アレクスルーム王国軍》から救出した捕虜ほりょとともに、各地を転々とした挙げ句、結局は、この《新興都市ノーヴァラス》を頼ってここまでたどり着いたということだ。


「もちろん、助けた皆も一緒だぞ、あとで顔を見せてやるといい」


 そのリオンヌさんの言葉に涙ぐみながら頷く、僕とクラヴィル。


「うむ、感動の再会というものはいつ見ても良いものだのう」


 言葉とは裏腹に、その良い雰囲気を吹き飛ばすかのように、最後の一人、虎頭とらあたまの巨大な獣人が、迫力のある声を張り上げる。


「まあ、いろいろあるとは思うが、それらは目の前の敵を叩きつぶしてからにしようぞ」


 その獣人は、《魔獣王まじゅうおう》と紹介された。

 主に《魔帝領》の辺境で生活する、強靱きょうじんな《獣人族》を率いる猛将もうしょうとのことだ。


「《魔王姫》と《魔王子まおうじ》のボンボンたちよ。ここまでよく野垂れ死にせずに生き延びたものよの」


 豪快に笑う《魔獣王》のすねに蹴りを入れるフローラ。


「おぬしこそ、《魔帝領》を蹂躙じゅうりんする人間どもを放置して何をしておった。もう老いが始まったのではないかと諦めておったぞ」

「おう、すまぬ。わしらにも事情があっての──それはともかく、おぬしらは、また人間の勇者をたぶらかしたのようじゃな。その《人たらし》ぶりはというところか」


 《魔獣王》がジロリと僕を見やる。

 そんな、虎獣人の横脛よこすねに、もう一度フローラが蹴りを入れる。


「勘違いするでない。スバル──この人間の勇者は、あいつと同じようにわらわたちにとってかけがえのない友じゃ。損得を論じるような間柄ではない。そのあたりはわきまえよ」

「ほう、そういうものか」


 クックックと笑う《魔獣王》。

 一通りの話がすんだのを見計らって、パーピィが皆を街へと案内する。


「とりあえずは、街に入ってお休みください。その上で、この先のことについてお話ししましょう。もっとも──」


 パーピィは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 同じように、クラーラフロスとマースクルゥ、《魔獣王》もそれぞれの表情をみせた。


「──《魔王城》奪還作戦の準備は整っております」

「相手は《魔王城》に立て籠もった勇者たちですが、怖れることはないでしょう」

「そうだな、こちらにも人間の勇者がついておる」

「往年の戦いの再現というわけだ、腕が鳴るわい」


 それらの期待の視線が、僕に一斉に向けられる。

 もちろん、僕は怯まない。

 いろいろ覚悟はできている。


「──確かに勇者と呼ばれるアイツらは、かつての僕の仲間だけど、今では、復讐の対象以外のなにものでもないんだ」


 僕は《幅広の剣ブロードソード》をゆっくりと引き抜いた。


「いろいろな人の想いとともに委ねられた、この剣と力──それに報いるためにも、僕は絶対に退かないし、負けない。だから、みんなも力を貸してください!」


 その僕の決意に、周りの皆はしっかりと頷き返してくれた。

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