第35話 想いと現実

 ──連合軍の侵攻。


 それは、もともと《アレクスルーム王国軍》に対しての攻撃を想定した動きだったが、僕たちに知るよしはない。

 結果として、僕たち《イオランテス軍》が《王国軍》を潰走かいそうさせたことにより、その矛先ほこさきがこちらを向くことになってしまったが、状況がこうなってしまった以上、僕たちは否応なく迎え撃つだけだ。


「それにしても、この《リグームヴィデ王国》は魅力的な国なんじゃのう。まさに、美味な果実に群がる小鳥のごとし──か」

「小鳥なんて可愛いモノじゃないですけどね」


 上手いこと言ったとドヤ顔になるフローラを、一刀両断する弟フルック。


「現実的な話をすると、この《リグームヴィデ王国》は《魔帝領》と《連合六カ国》を繋ぐ要衝ようしょうに位置しているんです。軍事的にも商業的にも重要な位置をやくしていて、さらには、豊かな穀倉地帯こくそうちたいでもある。おそらく、《連合六カ国》の首脳たちにしてみれば、喉から手が出るほどほしい土地なんですよ」

「ほえー」


 当の《リグームヴィデ王国》国民の一人、クラヴィルがポカーンと口を開く。


「そんなスゴい国だったの? うちの国。みんなそんなこと考えずにノンキにやってたんだけど……」

「まあ、それが《リグームヴィデ王国》の魅力でもあったんだよね」


 僕は、爽やかな風に髪をなびかせながら国の将来を語るパルナの姿を思い返していた。


「……もう、この国は誰にも渡さない」


 決意を固めた僕は、あらためてフローラとフルック、イオランテス将軍に頭を下げる。


「この国を、《リグームヴィデ王国》を立て直すために、どうか力を貸してください!」


 慌ててクラヴィルも、僕の横で同じように深々と頭を下げた。

 そんな僕たちに、フローラが叱咤の声をかけてくる。


「そう軽々けいけいに頭なぞ下げるものではない、わらわとスバルは対等なパートナーだと思っておる。そして、それ以上に、信頼できる友であろう」


 自分で言っておいて、急に照れてしまったのか、カアッと顔を赤くして視線を逸らすフローラ。

 そんな姉に呆れたようなため息をついて、フルックがフォローする。


「まあ、僕たちとスバルたちの関係性は姉上が存分に語ってくれたので、それはそれとして、僕は現実的な話をしましょうか」


 そう前置きしてから、フルックは、この《リグームヴィデ王国》を人間たちの国に渡すことは、絶対に避けたいと断言した。


「今、ここを僕たち──《魔族》の影響下に置くことができれば、《連合六カ国》の《魔帝領》侵攻ルートを脅かすことができますし、なによりも奪われた《魔王城》を孤立させることができます」


 そして、そのためには、この《リグームヴィデ王国》を反《連合六カ国》勢力として、独り立ちさせる必要がある。

 フルックはそう言って、僕の瞳を直視してきた。

 その視線に込められた意志を悟って、僕は音を立てて唾を飲み込んでしまう。


「──僕にこの《リグームヴィデ王国》をっていうこと?」

「はい、その通りです」


 もちろん、今の《リグームヴィデ王国》は国として機能しておらず、完全に崩壊してしまっている。

 それをゼロ、いや、マイナスの状態から立て直す必要があるのだ。

 その困難さは、容易に想像できる。

 でも──


「誰かがやらないといけないんです」


 キッパリとフルックが言い切った。


「もちろん、この《リグームヴィデ王国》を放棄して、いったん《魔帝領》へと退くという選択肢もあります」


 そうすれば、《連合六カ国》の国々が、この《リグームヴィデ王国》を奪い合って、仲間割れをはじめるかもしれない。

 それはそれで、魔族側にとって美味おいしい状況になる。


「でも、そうなったら、《リグームヴィデ王国》はもっと酷い状況になってしまう……」


 《連合六カ国》の軍隊に、国土は踏み荒らされ、罪のない国民たちも、さらに蹂躙じゅうりんされてしまうだろう。

 僕は拳を握りしめた。


「……やる。僕がこの国を守る」

「スバル……」


 心配そうに見返してくるクラヴィルに、僕はしっかりと頷いて見せた。


「最終的に国王になるとか、そういう話は置いておいて。とりあえず《リグームヴィデ王国》が国として立ち直れるように、僕が戦う」


 ◇◆◇


 ──こうして、サントステーラ大陸を巡る動乱は、新たな局面を迎えた。


 《連合六カ国軍》は、その連合状態を解消し、占領した《魔帝領》東部の土地を確保しつつ、《リグームヴィデ王国》の領有権を巡って互いに牽制けんせいし始める。

 一方で、《魔帝領》の魔族側も混沌とした状態に陥っていた。

 依然として勇者の手に落ちたままの《魔王城》を奪還しようと動く魔族が出てきたものの、実際のところは勇者の力に怖れをなしたのか、包囲するに留まっている。

 こちらの魔族側も複数の実力者が互いの様子を窺う格好で、自ら主導権という名の火中の栗を拾いに出る者はいなかったのだ。


 それぞれが互いの様子を探り合う中、結果として、戦乱は一時落ち着いたように見える。


 もちろん、それは、あくまで嵐の前の静けさといったところだが──


◇◆◇


「なんじゃ、スバル。その酷い顔は!?」

「いや、顔が酷いんじゃなくて、目の下に大きなクマができてるだけですよ」


 朝、戦地用の簡易寝台から起きだしてきた僕に、フローラとフルック姉弟が、呆れたような声をかけてきた。

 いや、まあ、呆れられてもしかたない。

 僕は《リグームヴィデ王国》の今後のことをアレコレと考えた結果、一晩、眠れずに過ごすことになってしまったワケで。

 フローラが腰に手を当てて、僕の顔を覗きこんでくる。


「それで、結論は出たのかの?」


 一瞬の沈黙、そして、僕は髪の毛を搔き回しながら、そのまま地面へと座り込む。


「ダメ、ぶっちゃけ詰んでる。今の状態から《リグームヴィデ王国》を復興させるなんて、どう考えてもムリゲーすぎる」

「……まあ、そうですよねぇ」


 昨日、アレだけ煽ってきたフルックが他人事のようにため息をつく。


「周りは全部敵だらけ、それでいて、街も村も畑も燃やされ、生き残った住民たちも四散してしまっている──ここから国としての体裁ていさいを取り戻せたら、ハッキリ言って奇跡以外の何物でもないですよね」


 そんな彼の感想に、僕は言いたいことが山のように溢れ出てきたが、不毛なのでいったんは飲み込む。

 その上で、僕は夜通し考えたことを再整理しつつ、口に出していく。


「クラヴィルや、この国の皆には悪いけど、いったん皆で《魔帝領》に戻ろうと思う」

「そう来ましたか」


 フルックが考え込むように顎に手を当てた。

 僕は頷き返し、言葉を続ける。


「うん、まずは《魔帝領》の方を落ち着かせようよ。フローラとフルックが、本来の影響力を取り戻す方が優先だと思うんだ」


 フローラとフルックが《魔王姫まおうき》と《魔王子まおうじ》として、《魔帝領》の支配権を確立する。

 そうすれば、影響力は格段に強化され、その力を背景に、僕が再度《リグームヴィデ王国》奪還に立ち上がる。


「結局他力本願で情けないし、生き残った《リグームヴィデ王国》の皆にも、さらなる苦労をかけることになって申し訳ないんだけど……」

「でも、それがフルックが言う『現実的』とかいうヤツなんじゃろう?」


 フローラが、バシッと僕の背中を叩いてきた。


「なにをウジウジしておる! 寝ずにそう考えた結論なのじゃろ? ならば、もっと自信を持て!」


 なぁに、戦いに立ち向かう順番が前後しただけじゃろ。

 フローラは、そう胸を反らせて高笑いしてみせる。

 やれやれ、といった態で、フルックが首を振った。


「姉上は単純で、本当に羨ましい。まあ、でも確かに、スバルの言うとおり、ここで《リグームヴィデ王国》を立て直すのは無理筋だと思ってました。なかなか、言い出せなくて困ってはいたのですが、スバルが開き直ってくれて助かりました」

「おい」

「まあ、悪い話ではないと思いますよ。《リグームヴィデ王国》にとっては災難が続くことになりますが、この地をあえて、人間たちの《連合六カ国》の前に放り出すことによって、ヤツらの疑心暗鬼ぎしんあんきを招き、さらには武力衝突にまで発展させられるかもしれません」


 その間に、自分たちは《魔帝領》に戻り、急ぎ、国を掌握すること。

 それを為すことによって、軍事だけでなく、国の復興のための人員や物資も手配することができるようになる。


「物事には順番が重要です。僕たちは感情に身を任せて、それを失念していたんです」


 その代償が、僕の目の下のクマだと、フルックが苦笑した。

 釣られて、僕も笑ってしまう。

 フローラも呆れたといったような笑みを浮かべた。


「ならば、こうしてはおれまい。急ぎ、イオランテス将軍を呼んで、作戦行動を練り直さねばなるまいて」

「そうですね、こうなってくると時は宝石よりも貴重です。急いで動きましょう」


 僕たちは一斉に頷いた。

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