第34話 弔いの炎が天に舞う

 ──《精霊樹せいれいじゅ復讐戦ふくしゅうせん


 この戦いは、後にそう呼ばれることになる──


 夜の闇の中で繰り広げられた激しい戦いは、激しいが一方的な展開を見せた。


「一気に敵軍の中枢を討つ!」


 夜目の利を活かしたイオランテス将軍率いる《魔族軍》は、一直線に《アレクスルーム王国軍》の本陣へと突き進んでいく。

 それに応じて、《王国軍》も《魔族軍》を包囲しようとするが、夜の闇と混乱に包まれて思うように動けない。

 そして、そこへ襲いかかるフローラとフルックの《魔法の息吹ブレス》攻撃。

 さらには、僕も《神器しんき》を振るって、左右の敵をなぎ倒し、ついに《王国軍》の本陣を制圧してしまう。


「わ、わらわをどうしようというのか!?」


 本陣の中央部、白銀の鎧に身を包んだ女性がヒステリックに叫ぶ。

 困惑する魔族兵たちの合間を縫って、僕が彼女の前に進み出た。


「とりあえず、殺しはしません。身の安全は僕の責任で保証します」

「そなた……その服、勇者の一人ではないか!? なぜ、魔族と行動をともにしておるのじゃ!?」


 愕然とする女性に、僕は念のため身元を確認する。


「あなたのお名前とこの軍での立場を教えてください」

「──クリステルーラ・ミスル・

、ということはもしかして……」


 僕が問い返すと、クリステルーラと名乗った女性は開き直ったように、両手を広げた。


わらわこそが偉大なる《アレクスルーム王国》の統治者なるぞ!」


 その言葉を受けて、僕が周りの《アレクスルーム王国軍》の兵士たちに視線を向ける。

 剣を突きつけられ、地面にひざまずかされていた兵士たちは、一様に肯定の頷きを見せた。

 イオランテス将軍が、周りの魔族兵たちを叱咤する。


「急ぎ守りを固めよ! 敵が女王を奪還しにくるぞ!」


 暗闇の中でも、将軍の指示に従い整然と行動する魔族兵たち。

 一方、それと対象的にパニックに陥った王国兵たちは、女王の救出に打って出てくるどころか、蜘蛛くもを散らすかのように、戦場から次々と逃げ出していく。


「追いますか?」


 短く問いかける副官に、イオランテスはいったん首を振りかけてから、思い直したように突撃を指示した。


「部隊の一部を割いて、後方から襲いかかるのだ。深追いの必要は無いが、敵の戦意を完全にくじいておこう」

「はっ!」


 ──これで、《精霊樹》復讐戦の勝敗は決した。


 《アレクスルーム王国軍》は《イオランテス軍》の夜襲を受け、本陣が壊滅。

 軍の指揮官どころか、国家元首であるクリステルーラ女王までもが囚われの身となり、往年の大国は、逆に存亡の危機にまで叩き落とされることとなる。

 全軍崩壊状態となった《アレクスルーム王国軍》だったが、それでも、一部の軍が国境付近に留まり、《イオランテス軍》へと交渉を申し出てきた。


「女王たちの身柄の返還を申し出てきていますが、条件はどうしましょうか」


 《アレクスルーム王国》からの文書を片手に、フルックが僕へと問いかけてきた。


「それは……」


 珍しく、僕は言葉に詰まった。

 それは、フローラやフルック、イオランテス将軍たち《魔族》のみんなに対する遠慮からくるものだった。

 それを見透かしたように、フローラが僕の肩を叩く。


「今、スバルが考えておることを正直に申せ。このに及んで遠慮なぞ不要じゃ」

「フローラ……」


 僕はゆっくりと頭を振ってから、全員の顔に視線を向ける。


「女王の身柄と引き換えに、この《リグームヴィデ王国》の領土全部を要求したいと思います」

「スバル……」


 クラヴィルが驚きの表情を見せた。

 それに笑顔で応えてから、僕はフローラたちに語りかける。


「魔族のみんなが頑張ってもぎ取った勝利なのに、結果、僕たちが美味しい思いをしてしまうなんて、虫が良すぎる話だとは思うんだ。でも、今が、千載一遇せんざいいちぐうの好機であることは間違いないわけで……」

「みなまで言うな、スバルよ」


 フローラが肩をすくめて笑ってみせる。


「スバルが今まで、どれだけ魔族軍の勝利に貢献してきたと思っておるのじゃ。自己評価が低いにも程があるぞ。国の一つくらい、報酬で受け取っても、誰にも文句は言わせんわ」

「そうですよ」


 フルックも、同じような笑顔で僕の背中を叩いてきた。


「もちろん、《リグームヴィデ王国》の他に、軍の食料や武器、金品も要求させてもらいますが、それくらいの価値は敵も認めてくれるでしょう。なんといっても、こちらは女王の身柄を押さえているのですから」


 あ、なんか、笑顔は笑顔でも邪悪さが浮かんでる気がする。

 それはともかくとして、イオランテス将軍も同意してくれたこともあり、正式に、この方針で《アレクスルーム王国軍》と交渉することとなった。


 ○


「パルナ、みんな、本当にゴメン……今日まで何もしてあげられなかった……」


 《精霊樹》の根元にいくつもの大きな木製の櫓が組まれ、次々と火が放たれる。

 それは、《精霊樹》の内部と近辺に放置されていた《リグームヴィデ王国》の人々を送る葬送の炎だった。


「スバル……俺……」


 隣に立つクラヴィルが僕の袖の裾を掴んでくる。

 無言で僕はその手を握り返した。

 僕たちは、パルナたちの遺体を直視することはできなかった。

 《リグームヴィデ王国》が戦火に覆われてから、だいぶ時間が経ってしまった。

 その間、放置されていた遺体の損傷は激しく、どうしても向き合うことができなかったのだ。

 そんな僕たちをおもんばかってくれたのはイオランテス将軍と、その配下の魔族兵士たちだった。


「我らが丁重に弔わせていただくゆえ、お任せいただきたい」


 その申し出に、僕とクラヴィルは深く深く感謝した。


「絶対に平和な《リグームヴィデ王国》を取り戻してみせる」


 僕はキッと顔を上げ、燃え残った《精霊樹》を見上げる。

 クラヴィルも同じ思いを心に抱いているのだろう。僕と同じように視線を上に向けていた。


 ──だが、状況は僕たちに感傷に浸る時間を与えてはくれなかった。


 フルックが息を切らせて、僕たちの元へと駆けてくる。


「大変です! 敵が動き出しました!」

「《アレクスルーム王国軍》が約束を破ったのか!?」


 女王を返還した《アレクスルーム王国》に鎮魂ちんこんの想いを踏みつけられたように感じた僕の声が刺々とげとげしくなる。

 だが、フルックがもたらした報せは、さらにタチの悪いモノだった。


「いえ、違います。動いたのは、《アレクスルーム王国》以外の国──残りの五カ国が、この《リグームヴィデ王国》を奪おうと、動き始めたらしいです!」

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