第33話 死者の軍勢
僕たち《イオランテス軍》は
夜目が
暗闇の中を人間に気づかれずに移動できるほか、偵察などの情報収集も敵に察知される危険性を下げることができる。
「……リグームヴィデ王国に帰ってきたんだね」
一緒に馬車の荷台の上に乗っているクラヴィルがポツリと呟いた。
最近では、僕も含めて単独で馬に乗ることもできるようになってはいたが、夜の行軍中は危険なので、魔族の兵士が操る馬車に乗るようにしている。
「ああ、帰ってきたね」
僕も短く頷く。
《連合六カ国軍》──特に《アレクスルーム王国軍》に荒らされた《リグームヴィデ王国》の国土は、相変わらず
建物や畑は燃やされ、踏み荒らされたまま放置されており、無残に殺された住人たちの死体も雨風にさらされた状態で手つかずになっている。
「「みんな、ごめん……」」
不意に、僕とクラヴィルの声が重なった。
○
この時点で、僕たち《イオランテス軍》は、《アレクスルーム王国軍》の部隊をやり過ごすことに成功していた。
僕たちの目論見は外れ、《アレクスルーム王国軍》は全軍ではなく、本軍から一部の軍団を割いて、僕たちに差し向けてきたようだった。
「兵力の分散とは、愚かなことを」
敵軍に対して、
その決断は早かった。
「夜のうちに敵軍の後方に回り込んで、一気に夜襲をしかけます。今回は我が軍だけで十分です、フローラクス殿下とラクスフルック殿下、それにスバル殿たちは、後方にて待機願います」
僕は、その将軍の言葉に素直に従った。
今夜は月が出ていない。
そんな真っ暗な闇の中の戦闘に参加するのは、みんなの足を引っ張りかねない。
「わかった、僕たちはおとなしく待ってるよ。将軍たちも油断はしないでね」
「はっ、もちろんです」
そう言い残すと、イオランテス将軍は
──そして、《リグームヴィデ王国》の大地を朝日が照らし出した頃。
僕は、壊滅した《アレクスルーム王国軍》の無残な姿を丘の上から眺めていた。
隣に馬を進めてきたフルックが感嘆の声を上げる。
「さすがは、イオランテス将軍ですね。完全有利な状況を作り上げておいて、それでいて、完璧にことを進めることができるお方です」
地味な仕事を堅実にこなすことができる信頼できる将軍だ、と、フルックは嬉しそうに笑みを浮かべる。
さらに、フローラとクラヴィルも馬を進ませてきた。
「確かに見事な勝利じゃ。だが、これは始まりにしか過ぎぬ」
「どゆこと?」
首をかしげるクラヴィルに、僕が説明を引き継ぐ。
「敵──《アレクスルーム王国軍》は、この別働隊が、あっさり壊滅したなんて想像もしていないと思うんだ」
そんな今、後ろから僕たち《魔族軍》が攻めかかれば、どうなるか。
「おそらく、指揮官も兵士たちも大パニックになるじゃろうて」
フローラがフフンと鼻の穴を広げる。
「姉上、少しはしたないですよ」
そうたしなめるフルックだったが、フローラの発言自体は否定しなかった。
「まあ、奇襲の連続にはなりますが、今は僕たちに機がきてるということでしょうね」
「《アレクスルーム王国軍》本隊の位置も割れてるし、昼間は休んで、また、夜になったら進軍を開始しようか」
僕がそう締めると、三人はそれぞれの表情で頷く。
もっとも、クラヴィルだけが苦笑をみせた。
「これからは昼夜逆転かぁ、俺、睡眠時間は確保しないと調子悪くなるタイプなんだよね」
◇◆◇
──夜も更け、闇も深まる深夜の頃。丘の上に布陣していた《アレクスルーム王国軍》本隊の兵士たちは、激しい
「女王陛下! 大変です!」
「なにごとですか、こんな時間に」
揺り起こされた女王は、不機嫌さを隠そうともせず、
だが、その女兵士は怯むどころか、逆にものすごい
「陛下、落ち着いてお聞きください──敵襲です」
「敵襲──?」
この時、女王ははじめて、陣の外側から剣を撃ちかわす音や、
「敵襲ですって? どこの軍が襲ってきたのですか? 」
おそらくは《連合六カ国》の中の五カ国のどこか。
まだ、交渉を重ねている段階だというのに、あろうことか夜襲を仕掛けてくるなど、卑劣にもほどがある。
ならば、この際、返り討ちにして、我ら《アレクスルーム王国》が再び主導権を奪い返すまで、と、女王は意気込んだ。
だが、女兵士の報告に、その女王の
「敵軍は、《
「なんですって!」
鎧を纏った女王は、女兵士が指し示した《精霊樹》の方向に視線を向ける。
もちろん、闇夜の中、視界は限られている。
だが、闇の中に
「《精霊樹》から出てきた魔族の軍──まさか、死者が
「もしや、《リグームヴィデ王国》の民が、わたしたちに復讐するために、地獄から戻ってきたのやも……」
その女兵士の不安げな言葉に、女王も怯えたような表情を浮かべる。
そして、その彼女らの不安は、瞬く間に《アレクスルーム王国軍》の兵士全員に
◇◆◇
「《精霊樹》──みんなの恨みは、僕たちが晴らすから」
《精霊樹》の裏側から回り込むルートを提案したのは僕だった。
焼け落ちたとは言え、まだ、燃え残った部分は大きく、《アレクスルーム王国軍》に迫る、僕たちイオランテス軍の姿を隠してくれるからだ。
クラヴィルの案内の元、驚くべき速度で、僕たちは《アレクスルーム王国軍》へと迫っていく。
「それにしても、《アレクスルーム王国軍》の動きが鈍いような気がする」
偵察に出ていた兵士たちの情報を分析する中で、僕は不自然な点が気になっていた。
《アレクスルーム王国軍》は進軍するでも後退するでもなく、ただただ、なにもせずに、《リグームヴィデ王国》領内に留まっているのだ。
もちろん、これは《連合六カ国》内部の分裂による交渉中だったというのが理由なのだが、当時の僕たちには
「確かに敵に動きが無いことは気になりますが、逆に、好機でもあります」
イオランテス将軍が、全軍に
「敵は大軍なれど、動きは亀のごとし。洗練された我が軍の戦術をもって
「おおーーーーっっ!!」
《精霊樹》の後ろから飛び出し、少し離れた隣の丘に陣取る《アレクスルーム王国軍》本陣めがけて闇の中を突き進む《イオランテス軍》。
イオランテス将軍の指示の元、激しい声を上げて斜面を駆け下りていく僕たちの軍勢に、敵軍も反応を見せたが、その動きには戸惑いと恐怖が浮かんでいるように、僕には思えた。
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