第32話 戦況流転

 ◇◆◇


「──わかったよ。最悪の状況にならないことを祈ってる」


 その藤勢ふじせの警告は無駄に終わった。


 《魔帝領》に進行した《連合六カ国》のうち、《アレクスルーム王国》をのぞく五カ国が連合からの離脱を表明したのだった。

 これにより、実質的に《連合六カ国》体制は崩壊する。

 さらに、状況の混乱を深めたのは、離脱した五カ国が、旧《リグームヴィデ王国》全域を掌握しょうあくしようとしている《アレクスルーム王国》を包囲しようと動き始めたことだった。


「《魔王城》は勇者たちにより制圧されており、《魔帝領》の西半分の魔族たちも、軽々に我らの占領地域に進軍することはできない。その機を逃さず、独断専行どくだんせんこうが過ぎる《アレクスルーム王国》を討つべし!」


 五カ国の首脳陣は、連名で《アレクスルーム王国》を非難する声明せいめいを出した。

 曰く、このたびの《魔帝領》侵攻において、自分たち五カ国を魔族との戦いの矢面やおもてに立たせておいて、自国だけが漁夫ぎょふを得ようとしている、と。


 ○


「何を馬鹿なことを!」


 五カ国からの一方的な通達に、戦陣せんじんにある《アレクスルーム王国》の女王がヒステリックな叫び声を上げる。


「このおよんで、内輪うちわもめなどしている場合ではないというのに、他の国々は何を考えているのか!?」


 純粋な怒りに拳を振るわせる女王だったが、実際に《アレクスルーム王国軍》を指揮していた将軍や大臣たちは内心で舌打ちしていた。

 事実、五カ国の指摘は的を射ていたのだ。

 他国が魔族軍と激しい戦いを繰り広げているうちに、《アレクスルーム王国》は旧《リグームヴィデ王国》の領域を丸々手に入れていた。

 しかも、未開拓の地域が多い《魔帝領》と比して、《リグームヴィデ王国》は豊かな穀倉地帯こくそうちたいを有しており、どの国から見てものどから手が出るほど欲しい地域だったと言うこともある。


「……わらわたちに《リグームヴィデ王国》の領地を放棄して、国に戻れと申すか!!」


 女王の怒りは頂点に達していた。

 すでに、《アレクスルーム王国》本土に魔族軍が侵入して、混乱に陥っていることは知られているのだろう。

 それを踏まえて、他の国々は圧力をかけてきているのだ。


「女王陛下、いかがいたしましょうか」


 ひざまずいた将軍の一人が問いかけてくる。

 いかにも女王の面目めんもくを立てて、判断を受け入れるという態度だったが、女王にしてみれば、それこそわざとらしく見える。

 この状況を招いたのは、将軍や大臣たちではないか。

 それなのに、肝心なところで全責任を女王に押しつけてきたのだ。


「──むろん、ここから退しりぞくわけにはいきません」


 女王はキッと顔を上げた。


「せっかく手に入れた、新しい領土を放棄するなどもってのほか。それで、妾たち《アレクスルーム王国軍》を敵に回すというのなら、受けて立ちましょう!」


 そもそも、《アレクスルーム王国軍》は《連合六カ国》の中で盟主めいしゅつとめた大国であり、他の五カ国を敵に回しても対等以上に戦える戦力は持っている。

 他国が無作法ぶさほうにも力で訴えてくるというのなら、正面から弾き返すのみ!

 そう開き直る女王に、配下の者たちは視線を交わし合った。

 今度は大臣の一人が、おそるおそる発言する。


「女王陛下の御心みこころ、確かにうけたまわりました。我ら臣下一同、粉骨砕身ふんこつさいしんして五カ国──敵軍にあたりましょう。ですが、本国に侵入した魔族軍も放置できないと愚考ぐこういたしまする。なんらかの策を打たなければと……」

「そのようなこと、軍の一部を差し向ければ良いではないか」


 女王は将軍たちに向かって手を差し伸べた。


「五カ国軍との戦線を維持できる範囲で、別働隊を再編し、本国へと急ぎ向かわせるのだ」


 それよりも、重要なことがある、と女王が声のトーンを落とした。


「これは最優先事項である。《魔王城》で幽閉されているフジセ殿たち、我が国の勇者たちを急ぎ救出するのだ。勇者殿の武力は、これからの戦いで何を相手にするかに関わらず、絶対に必要な存在なのだから」


 その女王の言葉に、将軍や大臣たちは音を立てて唾を飲み込んだ。


 ──勇者を抱えた軍隊同士の戦争。


 それがどのような未来を生むのか、この場にいる誰もが想像することができなかった。


 ◇◆◇


「──作戦を見直す必要があるかもしれない」


 各地からイオランテス軍へと届けられる情報を前に、僕は考え込んだ。

 当初の予定では、このまま《魔帝領》へと進み、《新興都市しんこうとしノーヴァラス》へと帰還するか、状況が許せば《魔帝領》の首都である《魔王城》奪還も視野に入れていた。


「とりあえずは、現在の状況を整理しましょう」


 各方面からもたらされた情報を紙に記して、フルックが台の上の地図に乗せていく。


「現在、《魔帝領》の東半分が人間たちの《連合六カ国》に侵略されてしまいました」


 《連合六カ国》の面々は北から順に《ルナクェイタム神国しんこく》、《エターナヒストール大公国たいこうこく》、《イクイスフォルティス騎士団領きしだんりょう》、《商業都市シンティラウリ》、《鉱山都市アクリラーヴァ》が《魔帝領》を西進する形で進軍している。

 そして、南方からは、旧《リグームヴィデ王国》領を抑えた《アレクスルーム王国》が、《魔帝領》の残り西半分を狙って動き出そうとしていた。


「もっとも、《アレクスルーム王国軍》は、僕たちの電撃作戦でんげきさくせんのせいで、それどころじゃなくなってしまったみたいですけどね」


 そのフルックの言葉に、僕たちは苦笑してしまう。

 狙い通りと言えばそうなんだけど、《アレクスルーム王国軍》の指導者たちは、パニックにおちいってるだろうな、と容易に予想できる。


「常識で考えれば、《アレクスルーム王国》本国を奪い返すために、全軍をもって引き返してくるでしょうな」


 イオランテス将軍が顎に手を当てて考え込む。


「そうなれば、彼我ひがの戦力差は大きいものとなりましょう。まともに当たるのは愚策ぐさくというものです」


 今、僕たちイオランテス軍がいるのは敵地のど真ん中、地の利に関しても不利としか言いようがない。

 僕は地図上に指を走らせる。


「おそらく、《アレクスルーム王国軍》は全軍で最短距離で本国へと向かってくるよね。なら、僕たちはそれを避けて、《リグームヴィデ王国》へと向かおう」


 本国へと帰還した《アレクスルーム王国》は、僕たちが陥落させた王都や城塞都市の立て直しに時間を割かれることになる。


「その間に、僕たちは《リグームヴィデ王国》を奪還する」


 静かに僕は言い切った。

 それに対し、フローラたちは真剣な眼差しで地図に視線を落とす。


「戦の流れに乗って地歩を固めるのは悪くないが、《リグームヴィデ王国》を確保したとしても、南に《アレクスルーム王国軍》、北に他の《五カ国軍》──双方に挟まれて厳しい状況に追い込まれると思うが」


 フローラは難しい顔で僕を見つめてくる。


「もちろん、《魔帝領》の《魔族》側としては、《リグームヴィデ王国》でわらわたちが《連合六カ国軍》を引きつけてくれれば、戦況は良い方向へと転がっていくのは間違いないが……」

「まあ、その狙いもあるんだけど」


 僕は地図上の、《連合六カ国軍》の駒、それぞれを指で弾いていく。


「そろそろ、敵も内部から崩れるとまではいかないだろうけど、綻びが出始めるころだと思うんだよね」

「綻び……ですか」

「うん、《連合六カ国》も《魔帝領》を侵略して奪うことが目的だけど、ここに来て戦線が停滞してるからね。こんなハズじゃなかったって、焦りはじめてもおかしくない」


 駒の一つを取り上げて、フルックへと放る。

 それを受け取ったフルックがニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 僕も同じように笑ってみせる。


「戦だけが戦争じゃないってことだよね。っていうか、フルックはこっちの方が得意そうだけど」

「否定はしませんけどね」


 声を立てずに笑う僕とフルックの姿に、クラヴィルが怯えの表情を浮かべて首を振る。


「俺、たまにスバルたちが怖くなることがある……」

「安心せよ、わらわもじゃ」


 フローラが、ポンとクラヴィルの肩に手を置いた。

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