第二部 サントステーラ大陸大動乱

第六章 僕は同じ轍を踏むつもりはない、だからこそ裏切り者は抹殺する──藤勢 知尋

第31話 大動乱への導火線

 のちに、僕たち《都立青楓学院高校とりつせいふうがくいんこうこう1年A組生徒》の《異世界召喚》をきっかけとして広がった戦乱は、その異世界の大陸の名前から《サントステーラ大陸大動乱だいどうらん》と呼ばれることとなる。

 《サントステーラ大陸》は、僕たちが召喚された《連合六カ国れんごうろっかこく》、それに魔族まぞくたちの国である《魔帝領まていりょう》の他、いくつかの小国群で構成されている。

 そして、その大陸のほぼ全域が、激しい戦火に見舞われることになった──


 ○


 そんな、激動の渦中へと転がり落ちていく《サントステーラ大陸》の一角──《アレクスルーム王国》領内を駆け抜けて、僕たち《イオランテス軍》は、旧《リグームヴィデ王国》の領域内へと突入すべく軍を進めていた。


「このまま、《リグームヴィデ王国》の中を突っ切って、《魔帝領》へ帰ろう」


 僕は戦場用の簡易卓かんいたくの上に地図を広げて、フローラやフルック、それにイオランテス将軍と打ち合わせる。

 《新興都市しんこうとしノーヴァラス》から軍を発し、《城塞都市じょうさいとしラルブルム》、《アレクスルーム王国王都おうと》、《城塞都市カリスターン》と、僕たちは大陸の中央部に大きく円を描くように進軍している。

 後世こうせいの人たちから、《魔勇者まゆうしゃ満月突撃行まんげつとつげきこう》と称されることになることを、この時の僕たちは知るよしもなかったが、今、その大円の四分の三まで来ていることになる。


「《リグームヴィデ王国》内を最短距離で抜けるなら、《裏街道うらかいどう》が一番早いぜ」


 そう言って、僕の横から身を乗り出し、地図上に線を引いたのは、この国──《リグームヴィデ王国》出身のクラヴィルだ。

 僕はクラヴィルの説明を聞きながら、少し考え込む。


「……正直、ちょっと情報が足りないんだ。《リグームヴィデ王国》には敵の《アレクスルーム王国軍》が駐屯ちゅうとんしているはず。その動向がつかめれば策の立てようもあるんだけど」

「ならば、いったん軍をめましょう」


 イオランテス将軍が、部下たちを呼び集める。


いてはことをしそんじます。少し、時間をかけて情報収集を行い、あらためて戦略を練り直すべきかと思います」


 特に、現状は混沌こんとんとしていて、それだけに不安要素も多い。

 それらの問題点をできるだけ多く解消するように準備しましょう、と、将軍が表情を引き締めた。

 その将軍の言葉に、フローラとフルックが僕に向けてうなずいて見せる。


「確かに急ぎたい気持ちはあるが、焦りすぎても足もとをすくわれるじゃろうて」

「ええ、優先度から考えても、ここで情報収集は必要でしょう」


 僕も同意見だった。


「うん、そうしよう。最初は、敵軍に遭遇しないように《魔帝領》へ急ぐつもりだったけど、状況によっては、一戦仕掛けてもいいと思うし」


 重要なのは、常に主導権しゅどうけんを握ること、と、僕は強調する。

 先の《城塞都市カリスターン》の戦いで、《アレクスルーム王国軍》の一軍を壊滅に追い込んだこと、さらには《勇者》を一人討ち取ったことは、すでに大陸全土に広まりつつあるだろう。

 さらに、こちらから勝負を仕掛けて勝利を重ねることによって、《魔帝領》の首都《魔王城まおうじょう》の失陥しっかんによるマイナスポイントを挽回ばんかいできるかもしれない。


 ──だが、この時、僕たちはまだ知らなかった。


 その《魔王城》を中心に、戦乱の動静が大きく変化を見せようとしていたことを。


 ◇◆◇


「──さあ、今日から、この城は僕たちのものだ」


 《魔帝領》の首都である《魔王城》──その、最上部にある大きなバルコニーから、城下町を指し示したのは、《召喚勇者しょうかんゆうしゃ》の中でリーダーをつとめる藤勢ふじせ 知尋ちひろだった。

 そのバルコニーには、藤勢を含めて三十三人の《勇者》──《都立青楓学院高校1年A組》の生徒たちが集合していた。


「さっき、正式に《連合六カ国》すべての国から、僕たちがこの城と街を管理することを認める決議が承認された」


 藤勢はそう言うと、手にしていた書類をクラスメイトたちに広げて見せた。

 だが、実のところ《召喚勇者》たちは、この《異世界ノクトパティーエ》の住人と会話はできるものの、文字の読み書きはできない。

 何人かの生徒は、積極的に文字を学習していたりもするが、そんな彼らでも、まだ実用には、ほど遠い状態だった。

 そのことは、当然、藤勢も理解しているので、書類の末尾に押されている《連合六カ国》それぞれの印を指さして、各国に認められた正式な書類であることを強調する。


「と、いうわけで、すぐにでもこれからのことを決めるミーティングを開きたいんだけど……?」


 そう会議室に移動するように促す藤勢だったが、その時、他のクラスメイトたちの様子が、いつもと違うことに気づいた。

 そして、次の瞬間、クラスメイトたちの大半──《アレクスルーム王国》所属以外の生徒たちが、一斉に《神器しんき》を引き抜き、藤勢をはじめとする《アレクスルーム王国》所属の生徒たちを取り囲んだ。


「これはどういうことなんだい?」


 平静を装う藤勢に、髪の毛をポニーテールにした活動的な少女──《エターナヒストール大公国》所属の浦神うらかみ 和香わかが歩み寄って手を差し出した。


「とりあえず、その書類はわたしたちが預かるわ。藤勢君たち《アレクスルーム》の人たちは、当面の間、行動を制限させてもらいます」


 続けて、《アレクスルーム王国》所属の坂之上さかのうえ さくら、佐々野ささの 結月ゆづき玉澤たまざわ 楓花ふうか床嶋とこしま 奈々枝ななえの四人が《神器》を奪われて拘束される。

 浦神がさとすように話しかけた。


「無駄な抵抗はしないで、あなた方に危害を加えるつもりもないし、裁くつもりもない。むしろ、守りたいと思っている。でも──」


 《連合六カ国》のうち、《アレクスルーム王国》を除く五カ国が、最近の《アレクスルーム王国》の動きに不信感を抱き、この《魔帝領》侵攻から排除する決定をした。

 そのため、まずは旧《リグームヴィデ王国》領に駐屯ちゅうとんしている《アレクスルーム王国》の王女に対し、本国への撤退てったいを要請すべく圧力をかけることになったという。


「それで、僕たち《アレクスルーム王国》所属の《勇者》を切り離したってわけ」


 感情を押し殺した様子で淡々と語る浦神に対し、藤勢は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。


「そう、なので、藤勢君たちの外部との接触は絶対に禁止です──そして、もうひとつ」


 浦神が顔を上げる。


「藤勢君たちにも懸念けねんがある──大澄おおすみ君と、國立こくりゅう君のことについて、きちんと説明してもらいます」


 すると、浦神の後ろから、《鉱山都市アクリラーヴァ》所属の楠葉くすば かい歩み寄って来た。


「そうだ! 大澄が鷹峯たかみねに殺されたって、どういうことだよ!」


 ひとりだけ《連合六カ国》に所属せず、行方不明になっていた《はぐれ勇者》鷹峯たかみね すばるの手によって、《アレクスルーム王国》所属の大澄が殺された、と、昨夜、《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》内に悲痛な叫び声が響きわたったのだ。

 その叫び声の主は、同じ《アレクスルーム》所属の國立こくりゅう 隼太はやただった。

 だが、彼は完全にパニックに陥っており、誰の問いかけにもまともに答えようとはしなかった──いや、できなかったのだろう。


「一方的に《遠距離思念通話》を停止させたのは藤勢だよな! しかも、なんの説明もなく!」


 食ってかかってくる楠葉に、藤勢がため息をついてみせる。


「國立くんは、完全に取り乱してしまっていたからね。状況を聞くにしても、落ち着いてからと思ったんだ。もちろん、そのことも含めて、このあとキチンとみんなと相談しようと思ってたんだよ」


 さらに、藤勢に詰め寄ろうとする楠葉を浦神が制した。


「とにかく、藤勢君たちは、それぞれ自室で謹慎きんしんしてもらうわ。それと《遠距離思念通話》の権限についても、あとで話してもらいます。わたしたちが直接國立君と話をするために、そして──」


 ──そして、鷹峰君からも事情を聞くために。


 浦神は口にこそ出さなかったが、その場にいる誰もがそう受け取った。

 ひとつため息をついてから、浦神が合図をすると、それぞれ事前に役割分担を決めていたのか、生徒たちは手際よく藤勢たちを部屋へと連れていく。

 去り際に、藤勢が全員に対して声をかけた。


「前にも言ったよね、このままだとクラスメイト同士で殺し合いになる、って」

「ええ、忘れてないわ。だからこそ、これはそうさせないための措置だと思って。藤勢君ならわかってくれると思うけど」


 浦神が正面から藤勢を睨みつけた。

 そんな彼女から藤勢は自然に視線をらす。


「わかったよ、最悪の状況にならないことを祈ってる──」

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