第30話 宣戦布告

 僕が右手を高々と挙げると、事前の打ち合わせ通り、城壁上から降り注ぐ矢の雨が止んだ。


「たかみねぇぇぇぇっっ!!」


 大澄おおすみが、怒号どごうを上げながら《防御障壁ぼうぎょしょうへき》を解除し、大剣たいけんを振るって複数の《衝撃刃しょうげきじん》を僕へと打ちつけてくる。

 だが、僕もあえて大澄の攻撃に正面から向き合った。

 《防御障壁》を解除して、大澄が放った《衝撃刃》を待ち受ける。


「はぁっ!」


 手にした《幅広の剣ブロードソード》に《勇者の力》をまとわせ、飛来してくる《衝撃刃》をすべて叩き落とした。


「《防御障壁》を展開するまでもないね。そんなヘロヘロな攻撃なんか、簡単に蹴散けちらせるよ」


 バカにしたような口調で、僕は大澄を挑発ちょうはつする。

 悔しさの余り、顔をみにくく歪める大澄。

 そんな彼の後ろで國立こくりゅうが焦りの声を上げた。


「大澄さん、ダメっす! ここは敵のど真ん中ッスよ!」


 そう叫ぶと同時に、國立は大澄と自分自身を守るように《防御障壁》を展開する。

 今まで守っていた《従軍神官じゅうぐんしんかん》が弾き出される格好になったが、もはや眼中がんちゅうにない。

 だが、勝手に《防御障壁》でかばわれたということが、大澄の逆鱗げきりんに触れたようだった。


「余計なことをするなっ!」

「──ぶふっ!?」


 大澄の拳が國立の頬にめり込む。


「これは、俺と鷹峯たかみねとの一対一の戦いだ、ジャマするんじゃねぇ!」


 國立の《防御障壁》が消滅し、大澄は再び大剣を構える。

 あわせて、僕も《幅広の剣》を両手で握った。


「今、僕が合図を出せば、大澄君たちに向けて矢の雨を降らすこともできるんだけどね」


 それを防ごうと《防御障壁》を展開しても、僕はそれを破壊することができる──


「──それで、この戦いも終わっちゃうんだけど」


 僕は、わざと嫌味いやみっぽく笑みを浮かべてみせた。


「でも、それじゃ、あっさり終わっちゃって面白くないよね。だから、あえて、大澄君の自己満足に乗ってあげるよ。それに──」


 ──それに、《リグームヴィデ王国》や《魔帝領まていりょう》の罪なき人々に対しての非道ひどうな仕打ち。


 そのむくいをくれてやるためにも、大澄の身体だけではなく、自信やプライドといった精神的な部分も粉々にして打ち倒してやる──限界まで頭に血が上ったのか顔を真っ赤にしている大澄へ、僕は剣先を向ける。


「さあ、はじめようよ。それとも、もしかしてついちゃった?」


 ○


 この時点で《城塞都市じょうさいとしカリスターン》に誘い込まれた《アレクスルーム王国軍》は壊滅状態におちいっていた。

 城外ではフローラたちの《魔法の息吹ブレス》による炎に追われて、《カリスターン》へと駆け込もうとする兵士たち。それに対し門内の兵士たちは、城壁上からの矢の雨に射られて、逆に外へ逃げ出そうとする。

 その双方が押し合いへし合いするところへ、さらに矢と炎が襲いかかり、死体の上に死体が積み重なっていく。

 後に判明したことだが、この戦いにおいて《アレクスルーム王国》王城奪還に派遣された王国軍が失った兵力は八割以上にも上ったという。


「フローラクス殿下、ラクスフルック殿下、ご無事でようございました!」


 城壁上で指揮をっていた《イオランテス将軍》が、城外のフローラたちのもとへと駆けつけることができたのは、王国軍の抵抗がほとんど無くなった頃合いだった。


「おう、将軍ではないか。持ち場を離れて大丈夫なのか?」

「城壁上の指揮は部下に任せております。このいくさの勝敗は決しました。ですが、不慮ふりょ事態じたいが起こらないとも限りませぬ」


 城外には、まだ少数ながら、物狂ものぐるいで《魔族軍》を突破して生き延びようとしている《王国軍》の兵士たちがいる。その決死のやいばがフローラたちに届いてしまう可能性もないとは言い切れない。

 フルックが、ふうっと息を吐き出した。


「将軍の言う通りかもしれませんね。こちらの軍の指揮権しきけんを将軍にお渡ししましょう。僕たちの仕事も終わったということで」


 さすがに《魔法の息吹》を吐きまくって疲れた、と、肩を叩くフルック。

 将軍が感慨深かんがいぶかいといった様子で空を見上げる。


「両殿下のご活躍、とても感服いたしました。《魔皇帝まこうてい陛下へいか、それに《魔皇子まおうじ殿下でんかと《魔皇妃まこうひ殿下でんかがご健在でしたら、さぞやお喜びになったことでし……」

「まぁ、そういうのはおいといて、じゃ」


 つっけんどんに突き放すフローラだったが、その頬はかすかに紅く染まっていた。


「この戦いの一番の功労者は、今、どうしておるのじゃ?」


 イオランテス将軍がコホンと咳払せきばらいをする。


「そちらも、そろそろ決着がつく頃と思われます」

「それじゃ、その瞬間を観に行っちゃいましょうか、姉上」


 フルックがフローラの手を取った。


「我らが《魔勇者まゆうしゃ》殿の勇姿、見逃す手はないでしょう!」


 ○


 ──ガキィィッ!!


 耳障りな音を立てて、大澄の大剣が吹き飛んだ。

 悔しさに満ちた表情で睨みつけてくる大澄に、僕は、あえて冷たい声で応じる。


「あれ、剣を拾いに行かないの? えっと、これで七回目……いや、八回目だっけ? まだまだ、つきあってあげるよ。それとも、負けを認めて命乞いでもする?」


 かつて、ボクシング部室でいじめを受けたとき、これと逆のシチュエーションがあったな、と思い返して、僕は思わず苦笑してしまう。

 すると、その態度にカチンと来たのか、大澄は地面に落ちた剣へと飛びつき、満面の怒りを浮かべて、僕に向かって飛びかかってくる。


 ──ガキィン!!


 もう何度目か、一刀のもとに、僕は大澄の大剣を弾き飛ばす。

 さすがに、体力を消耗してきたのか、おぼつかない足取りで大澄は大剣を拾いに行く。


「……調子に乗るのもそろそろ終わりにしようや」


 剣を拾い上げた大澄は、突然片頬かたほおをつり上げて笑ってから、僕に大剣を向けてきた。


「そうか、わかったぜ、鷹峯、てめぇ、人を殺せねぇんだろ。っつーか、ができてねぇな」

「……」

「そうだよな、この異世界の人間や魔族ならともかく、の俺たちクラスメイトを殺すなんて、まさにだもんな!」


 大剣を振りかぶって高笑いする大澄に、僕は問い返した。


「そう言う大澄君はどうなのさ」

「ああん? 何言ってんだよ、ここは《異世界ノクトパティーエ》だぞ。ここでてめぇを殺したって、なんの問題もねーよ。法律も警察も裁判所もないからな──っ!?」


 ──トスッ。


「──あ!? ぐぶぁっ!」


 次の瞬間、音を立てずに踏み込んだ僕は、手にした《幅広の剣》を大澄の胸へと突き刺していた。

 血に濡れた剣尖けんせんが大澄の背中から突き出ていた。

 一拍遅れて、口から血を吐き出す大澄。


「うわあああああああっ!?」


 大きな悲鳴を上げたのは、少し離れた場所にいた國立だった。


「て、てめ……ぇ……」


 苦痛に顔を歪めて睨みつけてくる大澄に対し、僕はキッと視線を返す。


「覚悟とか、オマエが言うな」


 僕はすでに、《ノーヴァラス》への逃避行中とうひこうちゅう、《アレクスルーム王国軍》の一部隊を相手に火攻めを仕掛けて、直接、間接的にたくさんの兵士をこの手にかけている。

 もちろん、そのことに対して、自責じせきねんに駆られたことも正直あった。

 でも、それ以上に、失われた《リグームヴィデ王国》や《魔帝領まていりょう》で無残に命を奪われた人たちの無念を晴らしたい。そして、それ以上に、これ以上同じ悲劇を広げたくない。

 僕は、その想いのために戦うと決めた──決めていた。


 そして──


「クラスメイトだって? アイツらこそ、この動乱の諸悪の根源じゃないか!!」


 確かに、同じ現実世界の住人だったアイツらを手にかけることに抵抗がないと言ったら嘘になる。

 だが、この醜い戦争を終わらせるために必要なら、そして、無念の内に殺されていった人たちの恨みを晴らすためなら──僕は自らの手を汚すことをいとわない。


 ──そう、決めている。


「お、おまえ、自分が何をしたか、わかってんのかよ!」


 声を上げたのは國立だった。


「はやく大澄さんから剣を抜けよ! 大澄さん、しっかりしてください、今、治療しますからっ!」


 もたつきながらも、治療用の《杖の神器しんき》を取り出して発動させようとする國立。

 だが、僕は大澄の身体から剣を引き抜き、そのまま、國立の手から《神器》を弾き飛ばした。


「ひぃっ!?」


 國立が腰を抜かして、地面にへたり込む。

 その鼻先に大隅の血に濡れた《幅広の剣》を突きつけた。


「オマエは見逃してやる。だから、みんなに伝えろ。僕は《遠距離思念通話えんきょりしねんつうわ》からブロックされてるみたいだし」


 本当は勇者間で共有されている《遠距離思念通話》で、堂々と宣戦布告するつもりだったのだ。

 だが、僕への情報流出を警戒したのか、早い段階で、こちらからアクセスしようとしても、なんの反応も無い状態が続いている。


「もしかして、鷹峯……おまえ……オレたちを全員殺すつもりなのか……」

「自分たちがやったこと、そして、今やっていることを棚に上げて、良く言うね」

「お、オレたちは《勇者》なんだぞ!」


 逆上したのか、國立は勢いよく立ち上がった。


「この世界を救うために戦う《勇者》なんだ、オレたちが正義なんだっ!」


 正義の名の下になにをやっても許されるんだ、と、國立は言い張る。

 それに対し、僕は、小さくため息をついてから、冷静に言い放った。


「──オマエたちが勇者というなら、僕は魔王にでもなってやる」


 僕の背後で、大きな炎が舞い上がる──

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